君が愛するワンダー・ワンダー! おまけ

空港から一時間ほどドライブした先。どーんと大きな建物に私は瞳をぱちくり、千空くんはキラキラ。そして車から降りた先生が私をエスコートしながら車から連れ出せば、すぐに目的地を口にした。

「ようこそ、NASAスペースセンターへ!君たちを歓迎するよ」

Dr.千空には物足りないかもしれないが、と付け足す先生に「唆りまくりだわ!」と本日一番の声を上げて喜びを言葉に乗せる千空くん。そんな横顔が微笑ましくて「ふふ、」と頬を緩ませるとそれに気づいた千空くんが「んだよ」とすぐさま悪態をついた。

「小学生の頃パパと来なかったの?」
「あん時はソッコー日本帰ったからな。観光してる暇なんざなかったわ」
「ふーん…」

目の前にある建物はどうやらゼノ先生のお仕事関連の施設で、観光地になっている場所のようだった。入口前にはどーん!と大きいジェット機、その上にはスペースシャトルが乗っていて私達を歓迎している。そんな入口に千空くんが瞳を輝かせてるってことは宇宙関連…スペースセンターって言ってたし博物館みたいな場所かな?と見当をつける。とにかく、初めて来た場所にしどろもどろキョロキョロと建物を見渡す他ない。
一方普段はクールな弟はニマニマと口元をニヤケさせていた。小学生の頃に一度、パパのクレカを奪いにアメリカを訪れたときは一切観光をせずにとんぼ返りしてきたらしい。びっくりするくらい早く帰ってきた弟を姉ながらドライだ…と思ったのをよく覚えている。そういえばゼノ先生と千空くんがやり取りし始めたのがそのあたりで…。

「名前?どうかしたのかい?」

思い出やら記憶をひっくり返しながら黙り込んでいるとそれを不思議に思ったのか先生が声をかけてくれる。「なんでもないよ」と返事をしてにぱっと笑ってみせたけど、そんな私の顔を見て先生の表情が少し曇った。

「やっぱりつまらないかな、こんなところ」
「え、違う違う!私あんまり科学得意じゃないけど宇宙とか好きだし!先生とならどこでも嬉しいし!」

黙りこくった私にそんな不安を抱く先生に拙い英語で必死に言い訳じみた言葉をぶつける。不満や文句があったわけじゃないことを身振り手振りを駆使して伝える私は先生の目にどう映ったんだろう。

「それに千空くんが嬉しそうだから。連れてきてくれてありがとう、ゼノ先生」

先生の選択に不満なんてなにひとつない。なんならここに来るまで私達が喜んでくれるか悩んでいたのは先生のほうだ。
だから私の考え事を悪いほうに捉えちゃって、そんな不安そうな顔をする。そんなところも好きだな、なんてぴっとり先生にくっつく。そんな私の指先を遠慮がちにつついたあと、彼の指が絡まれば誤解なんてすぐにとけた。

「案内してくれるんでしょ?先生」
「もちろん」

ぱっちり目があった先生の瞳が柔らかく私を映している。それが嬉しくって「ふふ」と声を漏らすと緩みきった頬を先生の指がつっついた。

「可愛いね、愛しているよ」

私も愛してる、そう伝えようとした瞬間。後ろからぐいっと肩を押されて呆気なく先生との距離が離れてしまう。強引に私達の間に割って入った煙草臭い男は「アンタら常にイチャついてねーと死ぬん?」と最もこの場が白ける言葉を吐いた。離れた指が名残惜しくて唇を噛む私を笑っているスタンリーはあっさりゼノ先生を私から奪う。がっちり先生の肩を組んで「早く案内してくれよ、セーンセ」なんてからかえば先生の興味はすぐにスペースセンターに向いてしまった。ぐぬぬ、スタンリーめ。先生の扱い上手いんだから。

「楽しい楽しいオベンキョの時間じゃんな」
「スタンが乗り気じゃないことはわかっているよ」
「今日はガキ共のお守りって決めてっかんね。文句はねーよ」
「私ガキじゃないもん」
「酒飲めるようになってから言いな」

ぐりぐりと乱暴に頭を撫でられて髪を乱される。それに「やめてよー!」と抵抗するも背が高いスタンリーに勝てるわけがない。それを止めるわけでもなんでもなくニコニコ笑いながら見ている先生にぐぬ…と喉が鳴った。
先生、スタンリーに甘すぎ!
そんな文句のひとつも口に出せないままぐちゃぐちゃになってしまう髪。それを手櫛で整える私を置いて三人がスペースセンターに向かって歩き出してしまう。先生はちょっぴり私を気にしながら、それでもスタンリーに肩を組まれているからか歩くのを止めない。そして千空くんは私を一瞥もしない。薄情な弟め。

「もう、みんな待ってよ」
「髪なんか整えなくてもカワイーって」
「おお、スタン。あまり僕の前で名前を口説かないでくれないか?」

私のことを可愛いと言いながらケラケラ笑っているスタンリー。そんな彼にムッとしたような声を上げたのはスタンリーに肩を組まれたままの先生だった。じと…とスタンリーを咎めるように睨むゼノ先生に「ヒュウ」と唇を鳴らして降参するように片手を上げる。そして「俺にまで妬くなよ、セーンセ」といつもの調子で諌めた。

「名前は本当に可愛いからね…君とはいえ見過ごせないな」
「俺こんなちんちくりん趣味じゃねーの」
「私も顔面ハリウッド女優はちょっと」

私の発言を聞いてスタンリーが組んでいた肩を放して先生をゆっくり解放する。そしていきなり笑いかけてきたかと思いきやそのままヌッ…と腕が伸びてきて頭を鷲掴みにした。その指先に力が入れば頭蓋骨にとんでもない痛みが走る。

「いだだだだだだ」
「誰が顔面ハリウッド女優だって?」
「褒めたのに!褒めたのに!!」

ちんちくりんって言ったほうが悪いのに!と喚いていると一部始終を見ていた千空くんが呆れたように、そして私に聞こえるように大きなため息をついた。
え、待ってお姉ちゃんがいじめられてるのにその反応は酷くない?
今弟の脳内を占めるのは私の安否なんかじゃない。千空くんは今、姉がいじめられていることよりも早くスペースセンターに飛び込みたくて仕方ないわけだ。

「テメーら揃いも揃ってメンドクセーな全員置いてくぞ」

ほらね。
いつも通り無情な弟に思わず苦笑いすると私をガッチリ捕まえているスタンリーが「ハハッ」と短く笑う。そして私を解放してすぐにおでこをトントンッと小突いた。

「弟クンのがしっかりしてんじゃん」
「それはそう」
「あ、認めるんだね…」

千空くんのほうがしっかりしてるなんて千空くんが小学生の頃から言われてたからそんなの今さら。なんのダメージもない。
それよりも先程から私の心をざわつかせるのはこのスペースセンターの場所。隣には大きくて広い、見覚えのある…そう、パパの職場であるNASAの所有物。ジョンソン宇宙センターが堂々とそびえ立っている。
今までのデートでもパパに目撃される可能性があるからと避けてきた場所。そこに千空くんと二人ならともかく先生やスタンリーと一緒にいるところを目撃されたとしたら面倒だと先生の服の裾を掴んだ。

「先生。ここ、パパの職場だよね?デートしても大丈夫かな…?」
「そこは抜かりないよ。彼は今日別の施設で訓練があるからね!鉢合わせる可能性はない」
「そうなの?!パパ一ヶ月くらいその訓練しててほしいね!」

私が考えつくことなんて先生はお見通し。私も知らないパパのスケジュールを完全に把握している彼に驚いた声を上げると先生の唇の端が上がった。

「心配しなくてももうすぐ宇宙飛行士たちはサバイバル訓練を控えている。僻地に飛ばされている間はヒューストンどころかアメリカにも不在だよ」
「やったー!」
「いよいよ百夜泣くぞ」

パパの不在に今にも飛び上がりそうなくらい喜んでいると千空くんの冷静なツッコミが聞こえてきた。だって今までパパに見られるかもってデートはゼノ先生の家ばかり。出かけるときはうんと遠出しなきゃいけないし、移動で時間を使っちゃってデートの時間はいつも短め。そんな理由もあって先生とお外デートなんか滅多にできない。ずーっとコソコソしてきた私にとってパパの不在は寂しいを通り越してチャンスでしかないわけだ。

「僻地に飛ばされるのは可哀想だけどパパならなんとかするでしょ」
「あ゛ー…百夜だからな」
「でしょ?だから私はパパを信じて先生とイチャイチャします」
「無情すぎんだろ」

スタスタスタと私が追いつけないスピードで歩き始めた千空くんのほうが無情だ。この状態の千空くんには何を言っても無駄。それが分かっている私はその背中を追いかけることを半分諦めてしまう。
けれど、一番年下の千空くんが一人歩き出したこともあって大人組…とくに千空くんのことをよくわかっていないスタンリーは「ガキが一人で行動すんな!」とすぐに千空くんを追いかけるために早足になってしまった。それにチラリ、ゼノ先生に目配せをすると「僕たちも行こうか」と微笑んでくれる。
その口元が嬉しくって「うん!」と顔を綻ばせてしまう。千空くんとスタンリーがいるとは言え久々のデート。楽しまなきゃ損だよねとそのまま先生の腕に勢い良く飛びついた私を「おっと、元気がいいね」と全身で受け止めた。

「今日は絶対離さないからね、先生」
「覚悟しておくよ、ハニー」

こうなったら千空くんもスタンリーも放っといて先生と二人でスペースセンター回っちゃお!なんて邪心を抱きながらデートを全力で楽しむためにぎゅうう、と先生の腕を強く抱きしめた。

「そう思ってた頃もあったんですよ」
「あー…ムリムリ、ゼノセンセは科学の前じゃ止まんねーよ」
「うん、分かってた。知ってた。千空くんも同じタイプだし置いてけぼりにされることなんてわかってた。わかってたよ」
「アンタも苦労してんね」

ゼノ先生とスペースセンターデートを楽しむと意気込んでたった数分。中に入ってすぐ、先生は千空くんと意気投合してスペースセンターの奥へ奥へ早々に消えてしまった。
一方置いていかれた私とスタンリーはよくわからない写真パネルの前で「これだから科学者は…」とため息を吐き出していた。スタンリーも伊達にゼノ先生の幼馴染をしているわけじゃない。私が言わんとすることを汲み取って隣で私の愚痴に似た嘆きを聞いてくれてるわけだ。

「まさか千空もそのタイプとはね」
「ゼノ先生と何年もやり取りしてた子だよ、完全に同種じゃん」
「そりゃご立派な科学屋なこって」
「でしょ、自慢の弟」

手をひらひらさせながらちょっぴり呆れたようにボヤいた私に「ハハッ」と笑ったスタンリー。その笑顔が憎たらしくてじとー…とスタンリーを睨むと、施設内に入ったせいで煙草を奪われたスタンリーの顔がずいっと近づいてくる。そして「俺じゃ不満かよ」と憎たらしいほど綺麗な顔をいたずらに緩ませた。

「不満しかないけど仕方ないじゃん」
「ここまでハッキリNOって言われんのウケんな」

これでも女にフラれたことねんだけど、と私に不満をぶつけてくる。それに頬を膨らませながらふいっと顔を反らしてやると「可愛くねぇ女」と厭味ったらしい言葉が聞こえてきた。
ゼノ先生以外に可愛いって言われても意味ないもん。あーあ、先生と居たかったな。千空くんが楽しそうだからいいけど、と変に大人ぶった聞き分けの良い言葉で自分に言い聞かせるけどモヤモヤと複雑な気持ちが募ってしまう。…それに先生が私といてもあんなに楽しそうにしてくれる自信もない。科学からっきしな私より千空くんと居たほうが先生も楽しいわけだ。ぐうの音も出ない。だから「一緒にいたい」って我儘は言えない。

「アンタ相当変わってるよな、そんっなゼノのこと好き?」
「大好き」
「即答じゃん」

好きじゃないと付き合ってない、とますます頬を膨らませる。そんな頬をつんつんと指先で突いて私の口角を無理やり上げようとする。好き勝手されてたまるか、と顔に力を入れるとスタンリーが愉快そうな笑い声を上げた。

「よし、オニーサンがひと肌脱いでやんよ」
「スタンリーもうオジサンなんだからお兄さん自称しないほうがいいよ」
「アンタの愛しのダーリンも毎朝ヒゲ剃ってるただのオッサンだかんな?」
「先生はヒゲ剃ってるところも格好いいからいいの!」
「俺もヒゲ剃ってるトコカッコいーよ!」

宇宙船の写真の前でそんなくだらない会話を重ねる。スペースセンターに唆られる組と唆られない組で分断された今、唆られない組の私達は写真の前で時間を潰すだけ。シュールだ、ものすごくシュールだ。なんで観光地でスタンリーと並んで写真眺めてんだろ。

「で、ひと肌脱ぐってなにするの?」
「ま、見てなって」

そう言ってちょいちょいっと指招きをして移動を促す。行き先は千空くんと先生が吸い込まれていったスペースシャトルの模型が展示されている場所。インディペンデンス…って名前なのかな?よくわからないけど、実際にあったスペースシャトルの実物大模型らしい。そこに入ってすぐの場所で千空くんと先生を見つけた。
スペースシャトルを見上げながらツラツラツラとマシンガントークをしている二人は観光客と呼ぶにはあまりに浮きすぎている。楽しそうにニマニマ笑って聞き取れないくらいの早口を披露しながら私とスタンリーが近づいたことにも気づかない。そんな二人にスタンリーが「Hey」と声をかけた。

「おお、スタン!遅かったね」
「遅かったねじゃねーよ置いていきやがって」
「今からロケットパーク行ってサターンⅤ見に行っぞ!」

振り向いた千空くんの表情が今までにないくらいキラキラしているいてその緩みきった頬、星が入った瞳に思わず笑ってしまう。ゼノ先生と科学トークが相当楽しかったのか、いつも大人っぽくてクールな千空くんくんが年相応の男の子に見える。ワクワク科学少年してる千空くんを見るのは久々でクスクス笑っているとスタンリーに肩を小突かれてしまった。

「だーからロケットパークだのサターンうんたらだの言われても俺らにはわかんねーんだって」

そう呆れたようにぼやいたスタンリーがそのまま千空くんの肩を捕まえる。そして明らかに千空くんに耳打ちをした。耳打ちってもっとこっそりするものじゃない?とツッコミを入れる前に千空くんが存外大きな声で「あ゛ぁー、」と口元を上げながらスタンリーと視線を合わせる。そして

「しゃーねーなぁ!スタンリーがどうしても俺に案内してほしいっつーからちょっと説明しまくってくるわー!」

と、わざとらしすぎ且つ説明臭いことを言い出した。

「テメーらは二人で仲良くロケットパークでもなんでも行ってこいよ」
「あとで車集合な、じゃ」
「え、ちょ、待って待って!」

私の制止を一切聞かずにスタンリーと、スタンリーに肩を組まれたままの千空くんが足早にエリアから出ていってしまう。
え、ひと肌脱ぐってこういうこと?こんな脱ぎかたある?!ちょっと強引すぎない?!

「…おっと、千空が拐われてしまったね」
「お、追いかける?」

残された先生と私。スタンリーの強引な行動にぱちぱちとまばたきをする先生をおそるおそる見上げた。千空くんと科学トークで盛り上がってただろう先生は少し残念そうに千空くんが消えてったドアを眺めている。そうだよね、まったく科学わかんない私より千空くんと居たほうが楽しいよねと「追いかける?」なんて心にもないことを聞いてしまう。そんな、少し落とした私の肩にそっと腕を回して抱き寄せた先生がふわりと優しく微笑んだ。

「いいや、せっかくだからデートしたいな。気になる施設があるなら案内するよ」
「いいの?」
「もちろん!」

明らかに顔色を明るくした私の反応がおかしかったのか先生が小さく喉を鳴らす。そして「すまない、Dr.千空と意見を交わすうちに君を置いてけぼりにしてしまったね」とさっきまでの先生の行動について小さく謝罪を口にした。

「でも先生、千空くんと話してたほうが楽しいでしょ?」
「君も僕の人生を彩ってくれる大切な人だよ」

ゼノ先生が微笑みながらそんなことを真っ直ぐ伝えてくるものだから頬にピリリッと熱が走った。科学話ができない私でも隣にいてもいいと言ってくれる。そんな彼が好きでたまらない。スタンリーと千空くんには悪いけど、先生の言うとおり二人きりでデートしてやろうとちょっぴり興味がある場所に行きたいと我儘を呟いた。

「じ、じゃあロケットパーク行ってみたいな」
「いいね。見終わったらダイナーで甘いものでも食べようか」
「うん!」

「エスコートするよ」と肩に回った腕を抱き直す。その指先を「エスコートもいいんだけどね、」とぎゅう、と握ると先生の瞳がまあるくなった。

「手、繋いで歩きたいな」
「…おお、困ったな。こんなに可愛らしい君を少しでも一人にしてしまったことを悔いても悔やみきれないよ」
「一人じゃないよ、スタンリーも一緒」
「僕が幼馴染に心の底から嫉妬していると言ったらどうする?」

置いてったのは先生なのに!
科学のことになると周りが見えなくなる可愛い恋人にもう!と頬を膨らませる。スタンリーが強引に二人っきりにしてくれてなかったら今も千空くんと科学トークしてただろう科学者に憎まれ口を叩きたくってむう、と少しだけ怒りを含めた声で先生を咎めてやった。

「先生が手離すのが悪いんでしょ」
「もう離さないよ、覚悟してくれ」

手のひらに先生の指が滑る。そのまま絡まる指が私の怒りをいとも簡単にとかせば自分が単純な女だと突きつけられた。
それが悔しいやら嬉しいやら、複雑な胸中を渦巻かせながら先生が手を握る強さよりも強く指先に熱を込めた。私はとっくに先生から離れるつもりないのに。覚悟が足りないのは先生のほうだよ、なんて生意気な言葉を飲み込んで唇に乗せるのは先生への目一杯の愛情でいい。

「ふふ、先生だーいすき」

そう笑って絡めた指を、絶対に逃さないでね先生。

公開日:2021年7月26日