君が愛するワンダー・ワンダー!

リクエスト内容:千空のお姉さん夢主がゼノとスタンリーとアメリカで遊ぶ話。 ゼノの彼女でスタンリーのお友だちの夢主ちゃんが千空に二人を紹介する的な仲のいいほのぼの系


テキサス州の大都市、ヒューストンにあるジョージブッシュ・インターコンチネンタル空港。そこでとある人と待ち合わせをしていた私は、私とまったく同じ、ちょっぴり特徴的な髪色を視界の端に捉えた。

「千空くん!」

存外大きい荷物にラフな格好。私の呼び止める声に「うるせえよ、バカ」と言わんばかりに唇の端を上げた男の子がくるり方向を変えてゆっくり近づいてきた。
真っ赤な瞳にお揃いな緑の髪。顔は残念なことに全然似てないけど笑った顔がちょっぴり似てるってパパは言ってくれる。不揃いに見えて深い繋がりを持つ、いつの間にか私の身長を抜いてしまった彼が私を見下ろしながらニィ、と唇の端を上げた。

「おーおー、久しぶりじゃねえか」
「久しぶり、千空くん!」

そう思いっきり飛び付いてやるとうわっと目の前の人物…私の大切な弟が驚きの声を上げる。そして「やめろ目立つ!はなせ!」とじたばた暴れはじめた。

私がアメリカの大学に留学して半年。
日本にいることを選択した可愛い弟と半年ぶりの再会。そんなシチュエーションに気分が高ぶって腕の中にいる千空くんにぎゅうう、と抱きついてしまう。そんな私の行動に観念したのか千空くんは暴れるのをやめてハァ、と盛大なため息をついた。

「熱烈な歓迎とってもおありがてえが目立つからヤメロ」
「照れちゃって」
「テメー半年で日本語忘れたのかよ」

頑なに離れようとしない私をぐいぐい押し返す弟。仕方ないな、と姉弟の感動的な再会のハグを緩めるとその隙に腕から逃げられてしまった。照れ屋さんめ。

「で?ご丁寧にわざわざアメリカまで呼びつけてなんの用だよ」
「早速本題入る?入っちゃう?」
「めんどくせーな、とっとと結論言いやがれ」

耳に指を入れながら唇を突き出して「めんどくさい」を隠さない千空くん。再会してたった数分で今回の旅行の本題を聞き出そうとする我が弟は相変わらず合理性の塊だ。そんな千空くんに「どーしよっかなー!」とからかうような、焦らすようなことを言ってみるとくるり踵を返して「日本帰るわ」と歩き始めてしまった。

「ごめんごめん!冗談冗談、ちゃんと言うから帰らないでぇ!」
「たりめーだバカ、いきなりアメリカ来いつっといて本題言わねえバカがどこにいんだよバカ」
「バカって三回も言った…パパに言いつけてやる」
「親父味方につけても意味ねえことくらいいい加減覚えろバカ」

相変わらずパパの扱いが酷い弟に苦笑いしながら必死に引き止める。千空くんなら例えアメリカに着いたばかりだとしてもすぐとんぼ返りをやりかねない。そんな行動力百億点満点な弟に「こほん」と咳払いをひとつ。

「実は千空くんに報告があります」
「んだよ改まって。成績悪すぎて大学追い出されんのか?」
「ち、違うよ勉強がんばってるもん!今日はね、私の彼氏を紹介しようと思って千空くんに遥々アメリカまで来てもらいましたー!」

わー!とパチパチ、セルフ拍手をしていると千空くんの表情が瞬時に歪んだ。今にも「うげえ」と言い出しそうなくらい眉間に皺を寄せて口の端をひくひくひきつらせている弟は、数秒私を信じられない生き物を見るような目で眺めたあと盛大なため息をつく。あ、あれ?こう、ワッと盛り上がる話題じゃないの?私なら千空くんに彼女紹介されたらクラッカー鳴らすけど?!

「日本帰るわ」
「なんで?!」

本日早くも二回目の「日本に帰る」宣言。大きいリュックを私に向けて空港の搭乗口に逆戻りしようとする弟にひしっとしがみつくように引き留めると千空くんが存外大きな声で私を咎めはじめた。

「どこの世界に姉貴の彼氏が見てえっつー物好きがいんだよ!」
「で、でも、千空くんも知ってる人だし!彼も千空くんに会いたいって言ってくれてるし!それにいつか千空くんのお兄ちゃんになるんだよ?!」
「出・た・よ!テメー彼氏できたらすーぐ俺の兄貴にしやがって。テメーのせいで血の繋がってない兄貴が何人いると思ってんだ!」
「今回は本気なの!」
「ほーん、二年前も同じこと聞いたぞ」

確かに毎回彼氏ができるたびに「千空くんのお兄ちゃんになるからね」とは言い続けてたけど!前の彼氏の時も同じ事言ったけど!でも今回は違うの!と必死に千空くんを説得する。このまま日本に帰られてしまっては次に会えるのがいつになるかわからない。彼氏云々を差し引いたとしても、他愛ない話だってしたいわけで、とにかく大人しく千空くんを日本に帰すわけにはいかなかった。
ちょっとだけ!ちょっとだけ会ってみて!と必死に説得すること数秒、千空くんがふと「…テメーさっき、俺も知ってるヤツつったか?」と私の発言を掘り返した。それにきょとんと目をまんまるにして「そうだよ」とこくこく頷くと千空くんが首を傾げてしまう。

「…アメリカに知り合いなんざいねーぞ」
「いるでしょ、ずっとずーっと頼りにしてた人」
「待て、嫌な予感がする。マジで帰らせてくれ!」

私を引きずる勢いで空港に歩を進めようとする千空くん。これじゃ埒があかない、と近くにいた彼氏にアイコンタクトをする。すると「やれやれ、大丈夫かい?」と言わんばかりに唇の端を上げた彼がゆっくりこちらに近づいてくるのが見えた。こうなりゃ強制お披露目会だ!

「千空くん紹介するね!」
「無理やり話すすめんな!」
「私の彼氏、NASAの中の人、Dr.X先生ことゼノ先生でーす!」

そう大々的に紹介すると千空くんから「あ゛ぁ~…」と喉の奥からひねり出したような声が聞こえた。今ここで会うのは違うだろ、と言わんばかりにひねり出された声は無情にもすぐに空港の喧騒にかき消されてしまう。そして私を引きずるのをやめて、ようやく諦めたのか彼…ゼノ先生と対面した。何年も続いていた師弟関係の初顔合わせがこんな形で叶うと思っていなかったのか千空くんの表情には珍しく動揺が浮かんでいる。そんな緊張しなくてもいいのに。

「…初めまして、じゃあねぇなぁ」
「そうだね、Dr.千空!ずっと会いたかったよ」

そう挨拶もそこそこにすぐ握手を交わした二人。もう何百回とメッセージのやりとりをした彼らに言葉はいらない。千空くんにとってゼノ先生は小学生の頃からずっとお世話になっていた科学の師匠だし、ゼノ先生にとって千空くんは可愛い教え子。そんな二人の数年越しの対面に千空くんの表情が少しだけ緩んだ。
それに姉面を駆使してうんうん頷いていると早々に握手を切り上げた二人の手が離れた。千空くんがドライなのは今に始まった話じゃないけど、ゼノ先生が握手を手短に済ませるなんて珍しい。このあとハグでもするのかな、と二人を眺めていると握手を終えたゼノ先生がすぐに私の肩を引き寄せる。そうして、「改めて自己紹介をさせてほしい」と微笑んだ。

「僕はゼノ。君のお姉さんとお付き合いをさせてもらっているよ」

ずっと千空くんの科学の師匠だったゼノ先生。そんな彼が科学者として、NASAの職員としてではなく、私の恋人だと自分を紹介した。彼の言動にびっくりしてぱちくり先生を見上げると、私の驚きを察したのか先生が微笑んでくれる。その瞳がやけに嬉しくってすりすり、と先生にすり寄る私の頬まで緩んでしまう。胸を叩く先生への感情が今にでも爆発してしまいそうだった。

「あ゛ー…姉貴から聞いちゃいるだろうが俺は石神千空。しがない科学屋だ」
「君がしがない科学者なら世の科学者はおいそれと科学者を名乗れないよ」

千空くんと会話をしながらも肩を抱き寄せる力を弱めない。頬を緩ませっぱなしの私が満足そうにうんうん頷きながら会話を聞いていると千空くんがそんな私をちらりと見てまた複雑そうな顔をした。
今まで彼氏を紹介してもこんな反応しなかったのに、変なの。そう弟の反応を疑問に思っていると千空くんが「ちょっと名前のこと借りていいか?」とゼノ先生にお伺いを立てた。もちろん先生がそれを断るわけがない。いいよ、と答えたあとに体に回る腕が離れていく。それがちょっと名残惜しくて、またあとで甘やかしてもらおうなんて目論見ながら先生から離れて千空くんに「なあに?」と首を傾げる。そんな私に千空くんがチョイチョイ、と指招きをした。
それにつられて近寄るとゼノ先生に背中を向けて、首を腕でがっちりホールドされる。そしてそのまま、先生に聞こえないように耳元で私を糾弾し始めた。

「わかってんのか?!あのDr.ゼノだぞ、世界トップクラスの科学者なんだぞ?!テメー会話成り立ってんのかよ英語もあんま喋れねーのに!」
「えー、でもゼノ先生から口説いてきたし…」
「余計な情報足すんじゃねえ!!」

さっきゼノ先生に緩まされた頬をぎゅう~っとつねられてしまう。「痛い」と千空くんに訴えかけてもあーだこーだと私達…いや、どちらかというと私についての文句をたっぷり突き付けてくる千空くん。
確かにいきなりアメリカに留学した姉がずっと師匠として慕っていた人と付き合いだしたと聞いたら文句のひとつやふたつ飛び出てきても可笑しくない。でも身内の、しかも大事な大事な弟に恋人との関係にケチつけられるのはちょっぴり寂しくて仕方なかった。

「千空くんは私がゼノ先生と付き合ってるの嫌?」

思わずそんなことをもにょりと吐き出すと頬を摘む指の力が一層強くなる。いだだだだと訴えながら千空くんの顔を見ると眉間に皺を寄せながら「んなこと言ってねーだろ」とぶっきらほうに呟いた。

「てかどうやって知り合ったんだ?」
「千空くんよく先生のメール開きっぱなしで寝落ちしてたから」
「テメーのその行動力どうにかなんねーのかよ、つーかテメー科学からっきしだろうが。なんの話すんだよ」
「彼氏の愚痴とか聞いてもらってた」
「NASAの大先生になんつーくだんねー話してんだ…」

そう呆れたようにため息をついたあとパッと指が離れていく。つねられ続けた頬がじんじんと痛めば思わずそこをさすってしまう。相変わらず実の姉に容赦ないんだから。

「…ま、良かったじゃねーか。前の男と別れてから毎日彼氏欲しいって呻いてたからなテメー」
「それ絶対先生に言っちゃ駄目だよ」
「なんでだよ」
「先生結構嫉妬深いから」
「へーへー、惚気聞く趣味はねーから言わねえよ」

心底興味なさそうに、それでも唇の端をちょっぴり上げながらからかうようにそう言い切る。そのまま私にぺったりくっついていた体をくるり回転させてゼノ先生のところにスタスタ歩きはじめてしまう。それに「待ってよ」なんて千空くんの背中を追いかけた。

「家族会議は終わったかい?」
「ばっちり!」

そうピースをゼノ先生に向けると彼の頬が緩んだ。そして穏やかな表情のまま「千空」と千空くんの名前を呼ぶ。

「君が心配する気持ちもわかるが、僕は名前を心から愛してるよ。必ず幸せにしてみせるから安心してほしい」

その言葉に私のほうがびっくりしちゃってまたぱちぱちと先生を見上げてしまう。ゆっくり頭で繰り返される先生の言葉は、まるでプロポーズのようでそれを噛み砕けばただただ甘くて頭が茹だる。頬にかああっと熱が走れば「せんせ、」とまるで夢の中にいるときのようにふわふわな言葉が宙を舞った。

「あ゛ーなんでもいいから目の前でイチャつくのだけはやめてくれ、ゾワゾワすんだよ」

そしてそれに水を差す我が弟である。もうちょっと空気読んでくれてもいいんじゃない?!と突きつけようとしたけど、唇を噛んで耐えた。先生の前だ、我慢我慢。
「そろそろ移動しようか」と先生に促されるまま、空港のロビーを三人で歩きはじめる。目指すは駐車場で、私はぺったり先生にくっついて隣をキープする。その斜め後ろを着いてきている千空くんから「もう好きにしやがれ…」と呆れ返った声が聞こえた。

「つーかテメーら百夜には言ってんのかよ、ゼノと同じ職場だろうが」
「言うわけないでしょ」
「あの男は過保護だからね。名前がこんなおじさんと付き合ってると知ったら卒倒しかねない」
「そこ自覚あったんだな」

「先生はおじさんじゃないよ!」と先生の手をぎゅーっと握りながら訴えつつパパの対策はバッチリ済ませてると主張すると「変なとこで頭使いやがって」と吐き捨てた。私は学生でゼノ先生は社会人。愛があるから関係ないよね、と普段人の目を笑い飛ばしている私もさすがに親…しかも手塩にかけてそれこそ目に入れても痛くないと主張するほど大事に育ててくれたパパに恋人を紹介できずにいる。この前パパに会ったとき「彼氏できたか~?」なんて呑気に聞いてきたのに対して「パパと同じ職場の人だよ~!」とは言えず、フリーって誤魔化しちゃったし。

「もちろん、名前が卒業したらきちんと挨拶するさ」
「すぐ言おうね、パパにドッキリしかけちゃお」
「やめてやれさすがの百夜も泡吹いてぶっ倒れるわ!」

「そうかな~?」と呑気に笑っている私を後ろから小突きながら「ぜってーヤメロ」なんて制する声。確かにパパ、彼氏できたかなんて聞くくせにいざ出来たよって言ったら根掘り葉掘り色々聞いてくるからなぁ。ありえなくはないか。 

「ゼノ先生ならパパも安心してくれると思うけどなぁ」
「…それはどうかな」
「小坊のガキに科学は力だのなんだの説く奴だぞ、職場で思想タレ流してねえといいけどな」
「先生はそんなことしないよ、ね、先生」

あれっ先生と目が合わない!なんでだろう?!
ふいっと遠くを見たままの先生の手をくいくい引きながら「先生?先生…?」と呼びかけても反応がない。たまに仕事から荒れて帰ってくることはあったし愚痴が過激なこともあったけど…まさかねぇ。ま、そんなところも大好きなんだけどね!

「パパがどんな反応しても私は先生の味方だから大丈夫だよ」
「名前…やはり君は僕の太陽だ、愛しているよ」
「私も!」
「百夜泣くぞマジで」

パパも私離れしないとね、なんて笑いながらゼノ先生にくっついていると小さくケッと言葉じゃない抗議が聞こえた。こりゃあとでまたくどくど怒られるな。

パパの話とか最近の私や先生の話。千空くんの近況、大樹くんの恋の行方とか杠ちゃんの手芸逸話とか、いろいろ矢継ぎ早に話題を変えていく。久々に会った千空くんはやっぱり少しだけ身長が伸びたように見えて、私が知らない千空くんに戸惑いっぱなし。だから、そんな時間を埋めるように言葉を紡いだ。
そうしてゆっくりたどり着いた先、空港の駐車場に私達は人を待たせていた。その人は愛車の運転席で煙草を咥えながらスマホをいじっていて、太陽が反射する青白磁の髪が眩しい。そんな彼の気を引くために先生がコンコンッと2回指でサイドウィンドウをノック。先生のノックに気づいた藍鼠の瞳がチラリとこちらに向いたかと思えば間髪入れずにその薄紅藤がクイッと上がった。

「千空くん、もう一人紹介するね」
「あ゛ーもう好きにしやがれ」

車のドアをあけてすぐに「待ちくたびれたぜ」なんて私達に思ってもいない文句を言いながらそのスタイルの良い体を車から投げ出す。煙草を咥えた唇をにんまり上げて不敵に笑っているのはゼノ先生の幼馴染で、私のお友達。

「彼はスタンリー、スタンリー・スナイダー。私のお友達だよ」
「そして僕の大切な幼馴染さ」

煙草を指につまんで携帯灰皿に押し付けてそのままパチンッと灰皿を仕舞う。そしてスッと千空くんに手を差し出した。

「よ、アンタの話は二人から聞いてんぜ。遠いトコからよく来たじゃん」
「なんか初めて常識人と会話した気分だわ、俺は石神千空。いっつもうちのバカ姉貴が世話になってんな」
「いっつもは世話してねぇけどな」

がっちり握手を交わす二人。視線を合わせて笑ってる二人を眺めてまたうんうんと頷いている私を隣で先生がクスッと笑った。というか千空くん今しれっと私のことバカって言ったしスタンリーも否定しなかったな…。

「ゼノの弟んなるってコトは俺の弟みたいなもんじゃんね。兄貴って呼んでもいいぜ?」
「しれっと結婚させんな、俺はまだ認めたわけじゃねーよ」
「案外頭堅いタイプ?」
「テメーも一日で兄貴が二人増えたら俺の気持ちがわかるぜ」
「ははっ、そりゃ災難だ」

そんな軽口を叩く二人が微笑ましい。いや全然会話は微笑ましくないんだけど。こりゃパパより前に千空くんの説得から始めなきゃかも、なんて苦笑いをひとつ。このまま先生との関係をとやかく言われるのも面倒で、しれっと話題を変える。

「スタンリーは海兵隊所属で軍人さんなんだよ」
「あ゛?!」
「あんま詳しいことは言えねっけどな。どっかの部隊の隊長やってんぜ」
「待てさっきから脳処理追いついてねーんだわ?!」

目の前の男が海兵隊所属と知るやいなやマジかと目を丸くする千空くん。そりゃそうか、私も初めて聞いたときびっくりしたもんね。モデルやってるほうがしっくりくる顔してるし、カッコいいし。それに日本人にとって軍人さんなんて滅多にお目にかかることがない存在。パパが宇宙飛行士な私達でもびっくりするのは仕方ない。

「名前テメー人脈いきなりバグらせんなよビビるわマジで」
「パパが宇宙飛行士で彼氏がNASAの職員で友達が海兵隊の軍人さんなの人生のバグっぽいよね。わかるわかる」

ラノベか?と冷静なツッコミが聞こえたけど無視しておこう。先生とスタンリーが「ラノベ?」と首を傾げているけど、それも無視だ。しがないどこにでもいる大学生を名乗っておきながら周りは超人ばかりで…なんてラノベ、もしくは三文小説もいいところ。この顔が良い二人組は自分たちのスペックが激高いことを理解していないから説明も面倒だし。

「ね、そろそろ移動しない?」

空港の駐車場で立ち話をし続けるのはちょっと勿体ない。日本から十数時間、文字通り遥々遠い国から弟が遊びに来ているわけだ。千空くんをいろんな場所に連れて行くにはいくら時間があっても足りない。今すぐにでも千空くんを連れ出したい私が「話は車の中でもできるよ」と笑ってやるとスタンリーの唇が上機嫌に鳴った。

「よし、せっかく日本からのお客さんだ。どこにでも連れてくぜ」
「キャー!スタンリーかっこいい!」
「おお、名前。僕の目の前で浮気は感心しないな」
「嫉妬深いオトコは嫌われんぜ、セーンセ」

私の肩を軽く抱き寄せて先生をからかうスタンリー。そんな様子を見て千空くんが呆れたように小さく息を吐いた。こりゃ滞在中に千空くんの胃が荒れそうだ。

「Hey千空!荷物貸しな」

千空くんが背負っている大荷物を片手で受け取って車のトランクを開ける。そして荷物を積み込みながらスタンリーが千空くんの荷物に疑問を投げつけた。

「何入ってんだ?けっこ重いじゃん」
「あ゛ー、出汁とか醤油。そろそろ名前が日本食恋しくて暴れる頃だからな」
「ちょうど三日前暴れたばかりだよ、めんつゆが飲みたいと言われて困ったものだ」
「んなこったろーと思ったぜ。人に迷惑かけんなよな」

あ、暴れてない、もん…と小さく反論するもその言葉は聞き入れてもらえない。変なところで結託されちゃって複雑で、それでも少し嬉しいと思うのは姉心なのかなんなのか。千空くんも先生も賢いから結束されたら口喧嘩で勝てなくなるからあんまり仲良くなられても困るんだけどな。

「も、私の話はもういいからドライブしようよ!私先生の隣ね!」
「おいゼノはナビで前。アンタは千空と後ろ座んな」
「なんで?!」
「説明今したじゃん。ゼノセンセはナビすんの。アンタ地図読めないし隣乗せんの怖いんでね」
「うちの弟優秀なので地図読めます!」
「うっせ、家族水入らずで後ろで仲良く座ってな」

私の首根っこを掴んで後部座席に押し込もうとするスタンリー。それに「やだやだ!」と抵抗するも勝てるはずがない。無慈悲に車に詰め込まれてしまって「先生とドライブがいい!」と主張もドアを閉められてしまってどこにも届かない。むう、と頬を膨らませた私を置いて助手席に乗り込んだゼノ先生が「すまないね、あとで思いっきり甘やかしてあげるから」と微笑んで私を丸め込もうとする。ぐぬぬ、先生に言われちゃったらもうなにも言い返せない。仕方ない、と隣に乗った千空くんの体にもたれ掛かるように雪崩れ込むと「マジでやめろ」と制止する声が聞こえてきた。

「お姉ちゃんの隣座ってドライブ久しぶりでしょ?もっと喜びなよ」
「あ゛ーマジで日本帰っときゃ良かった嫌な予感しかしねえ」

そんな姉弟の会話を聞きながら笑っている大人二人が顔を合わせて口裏を合わせている。きっとドライブついでの目的地を話し合ってる二人のゴールが決まればスタンリーが車のエンジンを吹かせた。勝手知ったる様子で先生が流行りの曲をドライブミュージックに選択すれば私達にぴったりな陽気な音楽が車内に響いた。

「オニーサンたちが楽しいトコ連れてってやんよ」

そう悪戯に笑ったスタンリーが車を走らせ始めれば、千空くんがまったく乗り気じゃない楽しい楽しいアメリカ観光が始まる。

公開日:2021年7月11日