その愛してるは伝わらない! 前編

リクエスト内容:強い軍人夢主さんがゼノを守ると意気込むけどゼノも男のプライドで悩む話


彼女と初めて会った日のことをよく覚えている。人よりも華奢な骨格に肉もあまりついていない体。触ったら折れるんじゃないかと思わされるほどに細い腕や足。軍事研究に使うデータが欲しいと基地を訪れた僕の案内をしてくれた一見可憐に見える女性が特殊部隊所属、スタンの部下だと知ったときは驚いたものだ。
とても軍人には見えない体格の彼女と再会したのはそれから数千年後のことだった。石化から目覚め、共に生活を始めた名前は年齢よりも幼く見える顔をほころばせながらいつも僕の隣にいる。文明発展チームのリーダーである僕の助手だ。
軍人といっても新兵時代は軍の化学科でいたようでスタンがいないよりマシだろうと助手に彼女を配備した。実際に知識は偏ってはいるが指示は忠実にこなしてくれるし仕事も早い。なによりもいつも朗らかで優しく微笑んでくれる名前を、可愛らしい女性だと思う。

ただ一点、彼女との関係に憂いをもたらすものがあるとするならばー…。

「失礼します」

そう名前の声が聞こえて一瞬、世界が反転する。耳が捉えたのはまさに僕の真横にあったガラスが割れる音で、しかしそれを認識する頃には僕は名前に抱えられ割れたガラスより5フィートほど離れた場所にいた。そう、名前に抱えられて。
日本ではこれを「お姫様抱っこ」と言うらしいよと余裕があれば彼女とそんな軽口を叩けただろう。しかしそんな余裕などない。自分より1フィートほど小柄で、体重も僕より軽い彼女にガラスから庇われている現状をどう説明すればいい?

「お怪我はありませんか?ゼノ」
「…君のおかげで無傷だよ」
「良かった」

にっこり僕に笑いかける名前は未だに軽々と僕を持ち上げ続けている。細身とは言え成人男性を抱えているにも関わらず重さを感じさせない表情をするのはいかがなものかと思う。

「鳥がガラスにぶつかったようで。やはりもう少しガラスの強度を上げるべきでしょうね」
「あ、ああ、そうだね」
「ふふ、私も以前からバードストライクには悩まされていたものです」
「空軍がバードストライクに耐えうる機体を作るのに躍起になっていたね。研究チームがあったはずだ」

チキン・ガンですねと話題を拾ってそれについての見解を示すと興味深そうに僕の話を聞く。バードストライクは戦闘機に乗っていた名前にとって他人事ではない。警報音や発泡音で離陸時は鳥を追い払うことはできるが、空の上じゃあそれも敵わない。機体の改良研究はこの世界でも課題だろう。
が、それは僕を抱えながらではなくてもできる話だ。なのに一向に地面に下ろしてくれない名前は僕の体重など気にしていないように会話を拾い続ける。…もしかして下ろしてくれと言わないと下ろしてはもらえないのだろうか?

「名前」
「なんでしょう?」
「その…そろそろ下ろしてくれないだろうか…」

正直男としてのプライドはズタボロである。確かに彼女は屈強な軍人で僕はか弱い科学者だ。しかし、しかしこの状況には物申したい!
自分より小柄な、しかも好意を寄せている女性に庇われた上に軽々と抱きかかえられてしまっては情けなさでこの場を立ち去りたくなってしまう。スタンにもこのことは報告済みで、彼女にボディーガードまがいのことを止めさせてくれと懇願しているが頑なにイエスと言わない。スタンはこの状況を悪趣味にも面白がっている。

「このまま隊長の元へお連れしても良いのですが」
「勘弁してくれ、僕が笑われてしまうよ」
「隊長が笑うのってすごく貴重なんですよ」

それでもダメかと問う名前に駄目だと返答するとしぶしぶ、ようやく地面に下ろされた。強制的に見上げさせられていた名前の顔が遠くはなるが、女性のように抱えられるよりよっぽどいい。

「ゼノ、以前も申し上げましたが…もう少し食事を増やすべきです。軽すぎて心配になってしまう」

わかっていただけただろうか。これが僕の最近の悩みである。
僕だって男だ。想いを寄せている女性を守るどころかいつもエレガントに守られていることが情けなくて仕方ない。しかし僕どころかスタンすら担げるらしい名前に僕が一体なにができるのか。

「そうだ、君に怪我は?破片が当たったりしてないかい?」
「破片は当たりましたが大した傷ではないので大丈夫です。私はここの片付けをしますので、ゼノは先に隊長の元へ向かってください」
「怪我をしたなら早く医務室へ行こう、手当てをしないと」
「手当てなら自分でもできるので。それに隊長を待たせてしまうと私が叱られます」

ピシャリ。
僕の手当てすら拒み、早くスタンの元へ向かってくれと合理的に判断を下す名前。心が折れてしまいそうだ。

「…じゃあ、お言葉に甘えて」

そう言ってあろうことか僕のせいで怪我をした名前を廊下に置いて歩き出す他ない。無理やり腕を掴んで医務室へ連れ込めたらどれだけいいだろうか。けれどきっと僕の力では名前を数インチすら動かすことができないだろう。
彼女にとって僕は非力で、スタンに指示されたから傍にいるだけの存在だ。そんな男に手当てをされたところで煩わしいだけだろう。しまった、自分で考えていて虚しくなってきた。こんな僕にいつも微笑んでくれる名前はなんて優しい人なんだろうか。いや、それすら上官…スタンの指示だから仕方なく、なのだろうけれど。

すっかり卑屈に成り下がった僕はとぼとぼとスタンが待つ研究室へ向かう。今日はライフルの調整をする予定だが、先程の出来事についてスタンに聞いて貰わねば作業なんて手につかない。
研究室の扉を開けると煙が鼻を抜けた。研究室では煙草は禁止だと言っているのに幼馴染であるこの男は今日もそれを破っている。僕の姿を見るなり口角を上げて「よっ」と軽く手を上げて挨拶をしたスタンは煙草を灰皿に押し付けて最後の煙を吐き出した。

「遅かったじゃん…って、アンタのナイトはどうした?」
「スタン、元はと言えば君がそうやって彼女を焚き付けるからいけないんだろう!」
「おっと、またなんかあったん?」

くどくどと先程の出来事を片っ端から説明していくと徐々に緩んでいくスタンの顔。完全に僕を笑っているその顔に眉間の皺が深くなる。そりゃあそうさ、決して小柄ではない僕を文字通りナイトのごとく守った名前に落ち度なんてない。それについてプライドを勝手に傷つけられているのは僕のほうだ。

「あんま考えんなって、あいつ俺すら担げんぜ?」
「彼女が強いのはわかるんだ、頼もしいよ。でもね、僕だってプライドがある」
「んなこと言わずに守らせてやれよ、名前は好きでアンタの隣にいんだからさ」
「………いま、なんて?」

新しい煙草を取りだそうとしたスタンの手から煙草を奪い、禁煙と書かれている紙を指差しながら言葉を聞き返す。するとスタンは僕から煙草を取り返してそのままそれに火をつけた。名前がいたら「隊長、ここは禁煙です。吸うなら外へ」と冷静にスタンを追い出す場面だろう。

「言ってなかったか?あいつ、アンタの手伝いがしてぇからって俺に志願してきたんだぜ。かわいいとこあんだろ?」
「………聞いてないよ」
「しかもいざ配備したらずっとにこにこしてんじゃんね。名前が笑ってっとこレアだったのにさ」

その言葉にあんぐりと口を開けたまま呆然としてしまう。いつも笑っている名前しか知らない僕にとってそれはとんでもない事実だ。しかも自ら僕の助手を名乗り出ただなんて、想定すらしていなかった。
ええと、つまり?

「…名前は僕に好意がある、と?」
「は?マジか、あんだけ好き好きオーラ出てんじゃん。言っとくけどあいつ、アンタ以外には全然笑わないかんね」
「じゃあ僕のボディーガードのような行動をするのも」
「愛情表現だろうな」
「わかりづらいよ!」

調整予定だったライフルを机に転がしたまま、ただスタンが煙草を吸うだけの空間。そこに僕の悲痛な叫びが響いて消える。スタンは愉快そうに唇で弧を描きながら僕の様子をにやにやと眺めている。相変わらず悪趣味だ。

「じゃあ僕の手当てを断ったのは?」
「おいおい、あいつも軍人だぜ?優先順位つけて正しい判断しただけじゃん」
「この前プレゼントした服を一度も着てくれないのは?!」
「あぁ、あのワンピース。普通に丈が長くて邪魔だっつってたな」
「それは知りたくなかった!」

彼女に似合うと思って設えた服を、渡した瞬間は花のように表情を緩ませていたのに一度も着てくれない理由がようやくわかった。いや、気味が悪いと思われてなかっただけマシだと考えるようにしよう。そうじゃないとやっていられない。

「つーか全然付き合ってる感じなかったのそういう理由なん?」
「全部初耳だからね」
「ウケんね」

ゲラゲラ笑いながら煙草を吸い続けるスタンにこの幼馴染ときたら…と呆れが込み上げてくる。この男は全部知った上で僕たちの関係を一人眺めていたわけだ。

「で?さっきから放置してるライフルと名前どっち取るわけ?」
「決まってるだろう。ここに設計図を置いておくから整備しておいてくれ」
「は~、かわいい部下のためだかんな」

口に咥えた煙草を上下させて了解を伝えるスタン。その返事を見てすぐに研究室を出るために立ち上がりスタンに背を向けた。
さて、これからどう彼女を説得しようものか。まず、必ずしも合理的な判断をしなくても良い、手当てをさせて欲しいと懇願するところから始めよう。そんなことを考えながらきっとまだ床のガラスと格闘している名前を迎えに行くために研究室の扉に手をかけた。

公開日:2020年12月31日