ゼノver

「おお、よく来たね。すごい雨だったろう?」

そう言って足元がずぶ濡れな私を玄関に招き入れたゼノ。外で傘の水滴を払って彼の部屋の傘立てに傘をさすと、かたんとゼノの傘に私の傘が寄りかかった。私の傘よりも少し大きい、ゼノが普段愛用している傘にも水滴がついていて彼が先ほどまで外出していたことを知る。それに首をかしげながらゼノと会話を続けた。

「どこか出掛けてたの?」
「ちょっと買い物にね。君を招くのに甘いお菓子をひとつも用意してないんじゃ、パートナー失格だろう?」
「あら私だってお使いくらいできるのよ?」

ゼノが差し出したタオルを受け取ってずいぶん濡れてしまった足元の水滴を拭う。ストッキングが色を変えていて思わず苦笑いすると「本当にすごい雨だったね」と声が降ってきた。ふう、とため息ひとつ吐いてパンプスを片足脱ぎ、ついでにストッキングもするりとおろす。そのままタオルで足首や甲を拭きようやく片足だけ部屋に踏み入れることができた。

「中で待っているよ」

そう告げてキッチンに消えたゼノ。私も恋人の前とは言え衣服を脱ぐのは少し恥ずかしかったから都合が良い。早く脱いで中に入ろうともう片方を脱ぐべく、ぐ、と指先に力を入れた。
やれやれ、酷い雨だったとぼやきながらリビングに入りソファーに腰をおろすとソファーにはもこもこのブランケットがぽつん。いつも私が座る定位置の隣に置かれていたものだから、ゼノの不器用な配慮に笑ってしまう。足にブランケットをかぶせて擦るとじんわり、冷えきった足が熱を取り戻した。

「ほら、ホットミルクをどうぞ」

そう言ってマグカップに並々と注がれたミルクを手渡される。手元で揺れる白はちょうどいい温度で指先を温めるには十分だった。ゼノにお礼を言いつつ、ゆっくりそれを口に含むと安心する優しい甘さが舌を鳴らした。

「はちみつ!」
「正解」

甘さの正体を言い当てるとゼノが優しく微笑んでソファーに座る私の顔を撫でた。

「まだ冷たいね」
「じゃあくっついててよ」
「ああ、そうしよう」

隣に座った彼の体に体重を預ける。肩から彼の体温が伝わって雨で冷えた心をとかす。ああ、幸せだなぁ。

「映画でも見ようか」
「それなら家でリモートで出来たわね」
「僕みたいなことを言わないでくれ!」

ほら、お菓子も飲みものも用意したんだよ?と机の上のドーナツやチョコレートを指差すゼノ。素直に私に会いたかったって言えばいいのに、とクスクス笑いながらこれから二人で見る映画を決めるため彼の部屋のテレビに電源を入れた。

公開日:2020年10月8日