難攻不落を撃ち落とせ!

リクエスト内容:恋愛に全く興味のない超絶ドライ研究者夢主にひょんなことから惚れてしまったスタンリーがどうにか彼女を振り向かせようと頑張る話


研究室の片隅、ちょうど死角ができる場所。ターゲット、通称「鉄の女」はいつもそこにいる。

「なーにやってんの」

いつも通り手際よく死角に潜り込んだ俺は静かに照準を合わせる。息を吸って吐く。心拍数が上がっていく、血が巡る。ばちりと捉えた鉄の女…名前は今日も俺の襲撃に眉ひとつ動かさない。
彼女に狙いを定めてから早数ヶ月。俺は毎日名前をスコープで捉えて狙撃の瞬間を探している。

彼女が「鉄の女」と呼ばれ始めたのは石化がとけてからたった数週間のことだった。実際に口数は必要最低限、愛想も皆無でどちらかと言えば超絶ドライな性格。研究熱心で科学んことになるとそれしか見えなくなるタイプ。そのせいで科学にしか興味がないと噂が立つほど。実際に俺のアプローチを物ともせず表情ひとつ変えない筋金入りの堅物。そんな彼女に俺は惚れ込んでいた。

きっかけはそんな名前がシャーロットと楽しそうに笑っているトコを目撃した瞬間から。なにを話していたかはわからないが、「あいつあんな風に笑んだな」と無意識に名前を目で追えばドスリ胸に突き立てられたのはあまりにも鋭いナイフだった。

そこからずーっと名前を狙って毎日毎日こうやって研究の邪魔をしてるわけだが。

「なあ、名前。なあってば」

何度呼び掛けても名前はピクリとも動かない。冷たい瞳で紙に熱い視線を送り、紙を這う文字に夢中になっている横顔は心なしか楽しそうだ。最近気づいたがこの状態のときの名前は無表情に見えて少しだけ瞳が爛々と輝いている。
そんな横顔や瞳をいつまでも見ていたい、と思いつつ彼女の名前を子どものように何度も呼び掛ければピクッとようやく名前の指先が動いた。

「…スタンリー」
「よ、そろそろ休憩の時間だぜプリンセス」

そう甘く微笑んで名前の髪を指先ですくう。しかし俺の笑顔を至近距離で浴びておきながら名前はすぐに紙に視線を戻してしまった。おいおい、自分で言うのもなんだが俺けっこ顔良いほうだぜ?もうちょい照れるとかしても良くね?

「ごめんなさい、今はちょっと」

忙しい、と呟く前にパッと紙を取り上げる。名前の視線を独り占めしていた紙にはゼノの文字が踊っていた。なんかの仕様書みたいだが俺にとっちゃただの紙切れだ。

「つれないこと言うなよ、ちょっと俺とおしゃべりしようぜ」
「………めんどくさ」

…今めんどくさっつった?
覗きこんだ名前の表情は少しだけ眉間に力を入れて口にはしないものの唇を歪めながらあからさまに「嫌です」と主張している。もう慣れてきたとは言え惚れた女が自分を邪険にしているのはこう…くるもんがあんな。
ぼっそり俺を拒否した名前を無視して「な?」と押しきるために彼女の隣に座った。たちの悪いナンパ行為に綺麗な顔が諦めで染まる。そして呆れたように「ちょっとだけね」と机に置いてあったティーカップを手に取った。そんな彼女の行動を見た俺はひとり、思わずにんまり唇の端が上げる。よっしゃよっしゃ、とりあえず第一関門突破。めでたいね。

「で?なにをおしゃべりしたいっていうの?」
「今日もアンタが可愛いって話」
「毎日毎日飽きないわねあなた…」

俺との会話なんて人生に不要。そう考えていそうな名前の横顔をじーっと見つめる。すると俺の視線に気づいた名前がちらり、こちらを見やればバッチリ視線がぶつかった。それにニコーッと笑ってやれば面を食らったように名前の瞳がぱちぱちまばたき。おお…驚いた顔初めてみっかも、と悦に入っているとふいっとすぐに顔を反らされてしまった。

「…変な人」
「アンタにゃ言われたかないね」

名前から取り上げた紙きれを机に置く。すると名前の視線がちら、と紙のほうに動いた。ゼノから預かったんだろう紙が気になって仕方ないのかそわそわ。…俺より紙きれのがいいってか?妬けんね。

「俺もアンタに熱~く見つめられたいもんだ」
「それになんの意味があるの?」
「ほんっとアンタ面白いな」

愛とか恋とか、そういう浮いた経験ねえんだろうなとは思っていたがここまでくると恋愛どころか人間初心者だ。こりゃゼノに頼んで毎日俺の顔に名前のお気に召しそうな数式でも書いてもらうか?とクツクツ笑っていると名前の瞳がじっ…と俺の顔を見ていることに気づいた。まばたきをするたびに揺れるまつげ、相変わらず冷たい瞳に動かない頬。初めて俺の顔を凝視している名前の唇はいつもどおり結ばれている。どういう風の吹き回し?とからかうにもあんまり真っ直ぐ見つめられてしまって声が出ない。じー…っと今にも擬音が流れてきそうな空間にふたり、ただ数分の時間を永久に感じる。

「スタンリー」
「…なに?」

急に名前が俺の名前を呼ぶ。お望み通りに熱~い視線を送ってもらった癖に返事をする声や言葉がぎこちない。なんなら名前から声かけてきたのなんか初めてじゃん?珍しいことって立て続けに起きるもんなんだな。

「あなた、綺麗な顔してるわね」
「…は、」

…今?
共同生活を始めてからもう数年経つってのに?今?今ようやく俺の顔を認識したってこと?ヤバくね?

「…今気づいたん?」
「ええ。あなたの顔なんて興味なかったからね」
「厳しすぎん?」

そろそろ泣くぜ。俺が。と俺の扱いについて抗議してみるが名前は聞く耳を持っていない。しかしスッ…と人差し指と親を定規のように真っ直ぐにして俺の顔を差す。…え、なになに怖、こいつ俺の顔測りはじめてんだけど?

「顔の黄金比って知ってる?」
「知んない」
「人間が物を見たときに”美しい”と感じる比率があるの。あなたの顔、それに当てはまるみたいね」

こんなときまで科学かよ。そう悪態をついてやりたいが名前がここまでお喋りなのも珍しい。…なんか違えんだよな。男女の距離っつーよりかは博士と実験用マウスって気分だ。
そんな彼女をどうこちらに引きずりこむか、ようやく俺の顔を知った名前をどうしてくれようか…と悩みが増えた俺に対して名前は少しだけ楽しそうだ。やっぱ科学と向き合ってるときは楽しそうなんよな、こいつ。
そう複雑な感情を抱え始めた俺に伸びた指がいきなり俺の頬を撫でた。それにびっくりして目を見開いて名前の瞳を覗き込んでしまう。彼女の冷たい指先がツツツー…と目元を走ればそこに熱が灯った。

「ヒビがなかったらもっと素敵だったんでしょうね」

彼女の指がヒビをなぞる。熱心にヒビを見つめている視線にばくんと心臓が鳴った。なんてズルい女だ、人の気も知らないで自分は科学科学科学。顔目当てで近寄ってきた女よりたちが悪い。

「俺に興味出てきた?」

そう言って彼女の細い手首を掴む。どうしても名前の鉄仮面を暴きたい、その一心で彼女の手首を少し強引に引っ張った。俺に対して身を乗り出していた名前の体は驚くほど軽い。ふわっと体勢を崩した名前を抱き止めてやれば、さすがにびっくりしたのか俺の腕の中で名前の体が小さく跳ねた。柔らかい体から「とくんとくん」と振動が伝わればそれ以上に俺の心拍数が上がる。
いつも眺めるだけの顔が、体が腕の中にいる。思わずごくり、生唾を飲み込むが名前は怪訝そうに俺をじろりと睨むだけ。…状況がわかってないらしい、ココ、研究室の死角だぜ?

「物好きね」
「なんで?アンタ可愛いじゃん」
「…どこが?無愛想でしょ」
「え、自覚あったん?」

想定外の返事に困惑してしまった。自覚があんならもうちょい俺にも優しくしてほしいもんだが、素でそっけない性格をしているらしい。まぁ、今さら愛想良く振る舞われても混乱するだけかもしんねぇな。

「前にさ、シャーロットと楽しそうにしてたじゃん」
「…覚えてないわね」
「そんときアンタ、すっげ笑ってたの。こうやってさ」

名前の頬を人差し指でふにり持ち上げる。無理やり上げた口角は不恰好であの日の微笑みとは程遠い。反動で笑ってくんねえかななんて思ってたが鉄仮面は思ったより硬くて、なんならじとー…と名前のジト目が突き刺さった。

「私だって笑うことくらいあるわ」
「あー、いや。笑ってるとこがほんっと可愛かったんよね。だからもうちょい普段から笑ってくんねえかなって」
「………面白いこともないのに?」
「やっぱアンタ人間初心者だろ」

率直すぎる一言に思わず苦言を呈すると「ふむ…」となにか考えるように指を唇に当てて少し俯く名前。…俺そんな難しいこと言ったか?逆にシャーロットなに言ったら名前んこと笑わせれたんよ、あとで聞きに行くか。

「とにかく放してほしいんだけど」
「まだダーメ」
「………」

深い深いため息が腕の中から聞こえた。抵抗はしないくせに俺のハグを受け入れることもしない。ただ、彼女はめんどくさいを浮かべた表情で俺の行動を瞳だけで咎めている。悪態すらつかないところが逆に痛い。ウッソだろ、こんなに脈ないことある?

「名前さ、いっつもがんばってんじゃん?だから今日くらい休んでもいいと思」
「それを決めるのはあなたじゃないわ」
「………なぁ、もうちょい人に甘えるコトを覚えたほうがいいぜ」

彼女の視線が痛くて思わず言い訳のような本音を名前に伝えようとするも最後まで言えないままピシャリと遮られてしまった。鉄の女はまったく揺らがない。

「もっと俺を頼ってよ、名前。やってほしいこととかお願いとかない?」

なーんでも叶えてやんよ、と名前に甘く微笑めば名前の瞳が大きく見開かれた。そしてなにか言いたそうにパクパク、小さく唇が震える。なにか心当たりがあるのに口にしていいのか悩んでる、そんな表情で俺を見つめてくるもんだからこっちの心臓がきゅう、と鳴いた。かっわい。そんな表情されちまったらどんな無茶苦茶でも叶えてやりたくなる。堅物プリンセスが何を望むのか今すぐにでも教えてほしい、と名前の頬に指を這わせた。

「なんでも言ってよ、愛しい人」
「…なんでも?」
「なーんでも」
「ほんとにいいの?」

何度も俺に甘えてもいいのか確認してくる名前。その言葉の往来すら愛しい。思わず「早く可愛いお願いを聞かせて」とねだると名前の視線が落ちた。そしておそるおそる、ゆっくり唇を動かした。

「毎日邪魔してくるのやめてほしい………」

こんなに可愛くねえお願い初めて聞いたわ。

「そ…それ以外で」
「なんでもって」
「それ以外で」

毎日の逢瀬を取り上げられたら名前と会話できる機会をごっそり失ってしまう。さすがにそのお願いだけは聞けない、とNOをつきつけると残念そうに「そう…」と表情を曇らせた。………よくそんな顔できんね、俺はアンタに泣かされそうってのに。ティーンの頃なら泣いてたぜ。

「じゃあちょっと黙っててほしい…」
「…了解」

名前に回していた腕の力を弱めるとすぐにするり、名前の体が逃げた。そして机の資料をぱっと手にとってすぐに視線を落とす。真剣に紙を睨みながら科学者モードになった名前は俺が隣で煙草を吸おうが声をかけようが気づかない。
なんで俺こいつのコト好きなん?と自分に問答しながら、俺には絶対に向けてくんないすごく楽しそうな瞳を眺める。まぁいい、待つ。作業が終わるまで、名前がフリーになるまでいつまでも。そう決めこんで煙草に火を着けた。

そこから体感二時間後に名前の顔がようやく上がった。今までゼノの仕様書を設計に落とし込む作業をしていた名前が「はぁ、」と息を吐いた。ずっと集中していたもんだから疲れたのかぐぐぐ、と腕を伸ばしてストレッチを始める。そしてすぐにスッと立ち上がった。

「どこ行くん?」
「スタンリーまだいたの。…倉庫」
「さすがに酷くね?俺もついてってい?」

ぱしっと名前の手首を掴んで引き留めると名前が「わかった」と唇を動かしてまた椅子に座ってしまった。…え、倉庫行くんじゃなかったん?と戸惑っていると名前がサラサラ、なにか紙に文字を書き出す。そしてその名前の文字がびっしり並んだ紙を俺に差し出した。

「じゃあこれ取ってきて」
「パシりかよ、一緒に行こうぜ」
「そんなの効率悪いわ」

倉庫までエスコートするつもりだったのにあっさりその手を振りほどかれた気分だ。別にパシりでもなんでもいいがドライすぎる。もうちょい俺に優しくしてくれてもいいんじゃね?そう文句を言ってやろうと思った瞬間。

「お願いね、スタンリー」

そう言った名前の頬が少しだけ緩んだ。にこっ、と若干ではあるが口角も上がっていて瞳も優しく目尻が下がっている。
笑っている。名前が。あの名前が。しかも他でもない俺に。
驚きすぎてぱくぱくと口を上下させてしまう。心臓が口から飛び出してきそうだった。久々に見た名前の笑顔は少しぎこちないが…俺の頭を茹らせるには十分すぎる破壊力を有していた。

「…ずっるくねえ~?!」
「なにが?頼れって言ったのも笑えって言ったのもあなたでしょ?」
「そだけどさぁ~!」

名前の指からメモを奪い取る。そして「すぐ帰ってくっかんね」と宣戦布告してズカズカと研究室を飛び出した。

ぜってーオトす。
これでも待つのにゃ慣れてんだ、隙を見せた瞬間に撃ち抜いてやる。そう胸に強く固く近いながら、そう簡単には牙城を崩さない名前に改めて照準を定めた。

公開日:2021年4月29日