愛する君へ、常に忠誠を

リクエスト内容:喧嘩をしてしまったが、どうせ数日後にはなあなあにいつも通りに戻ると思っていたスタンリー。
しかし夢主の怒りは収まらないようで、ファミリーネームで呼んできて…。
スタンリーが夢主に翻弄される話


愛した女と盛大に口論をしたあとの煙草はさほど美味くない。
それがわかっていながら愛するハニーと大喧嘩をしてしまったのは何故なのか。そして、数日経っても煙草が不味いままなのは俺の見通しの甘さが生んだ悲劇だった。

きっかけは本当に些細な言葉の棘だった。それに引っ掛かった名前が俺に鋭く食いつけばすぐに言い争いが始まる。そうしてくだらない言葉の応酬を繰り広げるうちに名前がここ数日の話ならまだしも、数千年前のやらかしまで引っ張ってきて俺に反撃するもんだからこっちもカチンと頭にきてしまった。

「ネチネチうっぜえな、ビッチはモテねえってまだわかんねえのか」

と、まぁ、彼女に言うべきではない最低な一言を口走ってしまったわけだ。本人に”嫌な女”と叩きつけて優位に立った気になってしまった。最低ついでに、それなりにショックで歪んだ表情をしていた彼女に「すっげーブスな顔してっけど?」とトドメまで刺した。
何度思い出しても自分がクズ野郎で笑えない。なんなら自室に戻って煙草を吸うまで自分の大罪にすら気づかなかった。煙草を吸って数秒、味のしない煙に責め立てられてようやく「やってしまった」と後悔したワケだ。

そこから数日。正直、名前から許されるのを待っていた俺は味のしない煙草を吸い続けた。名前の怒りが収まった頃、なあなあで元通りに戻れるはず。そう信じていたわけだが。

「そこ、どいてくれるかしらスナイダー」

久々に聞いた惚れた女の声が冷たく俺を刺した。今にも舌を打つ音が聞こえてきそうなほどに温度を感じない声。おそるおそる名前の表情を盗み見ようものならば俺が見たことがないような形相でこちらを睨んでいる。バチリと目が合えばすぐさま名前はゴミを見るような、俺を軽蔑するような瞳で嫌悪を顕にした。
ブチギレじゃん、と思う隙もない。舌打ちされていないことが奇跡だと思えるほどに低い声で「どけっつってんでしょ」と凄まれたら為す術なく道を譲る他なかった。

普段はよく笑う、笑顔が可愛い女。ハッキリした性格だが優しくて柔らかい印象がパッと咲く人。そんな彼女にここまで毛嫌いされている現実はどうしてこうも受け入れがたいのか。呼び止めることもできないまま離れていく後ろ姿を呆然と眺めることしかできずにいる。
…つか、しれっとファミリーネームで呼んできやがったな。怒ってますアピールにしては俺に刺さりまくっている。正直しんどい。すぐ謝らなかった俺が悪いが、その扱いはあんまりだ。

「どおしたのスタンリー?」

絶望にうちひしがれていると背後からマヤの声がした。ゆっくり振り返るとマヤとその隣にはシャーロットが首を傾げながら俺を見ている。

「なんでもねえ」

そう二人の視線を流しながらそっけなく答えるとマヤが「あ!」といきなり大声を出した。うるせえなと悪態をつきながら煙草を取り出すとマヤが俺に他人から口出しされたくなかった事実を口にした。

「そういえば名前と仲直りした~?すっごい怒ってたわよぉ~」

思わず煙草を握り潰すと隣にいたシャーロットの体が跳ねた。ビビらすつもりはなかったが、マヤの一言は余計な上に核心をつきすぎている。やり場のない感情を煙草にぶつけようにも味はしないわそもそもさっき握ったせいで吸えたもんじゃねえわでどうしようもない。

「まだ謝ってないのぉ?」
「うるせえな、謝んよ、そのうち」
「フラれても知らないからね~?」

その一言にグッと拳を握る。そんなことはないと信じたいが、先ほどの態度を見てしまえば十分射程圏内だと認めざるを得ない。さすがに俺もそれは望んでいない、というか絶対に別れたくない。だからこそ、今すぐにでも仲直りをすべきだということは理解している。
しかし踏ん切りがつかない。それこそ、すぐに謝っておけば良かったものの数日名前をあの状態で放置しているわけで。怒りがおさまるどころか増している名前に、どんな面を下げて対面すればいいのかわからずにいる。
間違いなく前代未聞の大喧嘩だ。ホンットにやらかした。

「ちょうどいい、シャーロット。名前の様子見てこい。偵察だ偵察」
「え~、かわいそうでしょお」
「うるせえ上官命令だ」

はいパワハラ。
数千年前ならフッツーに大問題だが、ここに法はない。今俺に声をかけた不運を恨むこったなとシャーロットを見下ろすと、少しおどおどしたあとに「う、あ………ハイ………」と力ない返事が聞こえた。
この二人は名前と仲が良い。よく一緒に飯を食ってるしなんなら名前はシャーロットにべったりくっついていることが多い。名前の本心を聞き出すには最適な相手だろう。
ぶっちゃけマヤは余計なこと言いそうだかんね。あと仲いいっつったらルーナだが、名前はルーナに甘いかんな。当たり障りないことを言って逃れようとするだろう。シャーロットが適任だ。

「パワハラ上司」

そうぼやいたマヤと共にシャーロットを見送って数十分後。相変わらず味のしない煙草を吸いながら部下の帰りを待っていると、顔を真っ青にしたシャーロットが全力でこちらに向かって走ってきているのが見えた。どういう状況だよ、なにを見たんだよ、名前とちょっと話してきただけだろ?!といろいろツッコミたかったがそれはシャーロットの勢いに飲まれた。

「今すぐに謝ってきてください!」

メッチャ怖かったです、と報告されてしまってはあとに退けない。しかしまだ「よし、ルーナに間入ってもらうか」と怖じ気づく俺を、二人が「いいから早く行け」と叱り上げた。

シャーロット曰く、名前は研究室にひとり。そこに向かう俺の足は岩のように重い。先ほど「邪魔だ」と言われてしまった俺が、名前になんて声をかければいいっていうんだ。そう心まで重くなることを考えながらついに研究室の前にたどり着いてしまった。
ごくり、と息を飲む。覚悟を決めてドアに手をかけると重たげにギィ、と扉が軋んだ。このドア、こんな重かったっけと思いつつ人が通れるくらいの隙間をあけると真っ先に飛び込んできたのはソファーに座って紙とにらめっこする名前だった。

「ゼノおかえりなさい、この資料なんだけどね」

そう言って柔らかく微笑みながらこちらに視線をやる名前。そして俺がゼノじゃないと気づいた瞬間に笑顔を消して一瞬だけフリーズ。そのまま紙に視線を戻してしまう。
一方俺は久々に見た名前の笑顔にバッチリ胸を掴まれてしまった。名前が好きだ、と脳裏に感情が走れば今まで考えていた謝罪の言葉なんて吹き飛ぶ。そして過った言葉は「絶対に別れたくない」なんてまるでだだっ子のような本音だった。反射的に名前の隣に腰かけて「名前」と名前を呼んだ。反応はもちろんない。

「名前、ゴメン、名前」

そう何度も彼女の名前を呼ぶ。俺の言葉なんて聞く耳を持っていないと言わんばかりに静かに紙をめくる名前に、ぐ、と目頭が熱くなる。そしてそのまま名前の肩に頭を乗せて何度も「ごめん」「俺が悪かった」と懇願のような謝罪を繰り返すとようやく名前から深い深いため息という反応が返ってきた。

「アンタに嫌われるなんて耐えらんない」
「名前を愛してる」
「この前言ったことは全部嘘だ、アンタは世界一可愛いし俺には勿体ないくらいいい女だよ」

そう矢継ぎ早に次々謝罪を並び立てる。それでも名前の唇は動かない。「どうしたら許してくれる?」と名前の顔を覗きこむと名前の大きな瞳が揺れた。

「…あなたの、そうやって自分の顔の良さで誤魔化そうとするところが嫌い」

どうしろっていうんだ。
もうこうなったら形振りかまってはいられない。ぎゅ、と名前の腰に両腕をまわす。そしてずるずると情けなく名前にすがりついて座っている名前の背中に顔をうずめた。「うわ、ウザ」という声が聞こえた気がしたがそんなもんは無視だ。俺がアンタにどれだけぐずぐずにされているか身をもって知ってもらう必要がある。

「ハニー、許して、このとおりだ」
「謝る態度じゃないわね」

ぎゅうう、と腰に抱きついたまま名前の狭い背中に額をぐりぐり押し付ける。何度も「愛してんよ」と言っているが名前の興味が俺に向くことはない。
そんな中、ギィと再びドアが軋めば「ウワッ」と聞きなれた声が耳に飛び込んできた。どこかに出掛けていたゼノのご帰還らしい。

「その腰にくっついている情けない男はもしかして僕の幼馴染か?」
「そうよ、どうにかしてよ」
「こんなにカッコ悪いスタンを初めて見たよ!おお………カッコ悪」

ソファーの周りをゼノがうろちょろと動き回る気配がする。そしてひとしきり俺を見たあとに「カッコ悪い」と口にして俺を嘲った。クッソあとで覚えとけよ、そのポンパドール引きちぎってやっかんな。

「素直にすぐ謝っておけば良かったのに。そうしたら名前だってすぐ許したろう?」
「そうかもね」

そう「謝罪が遅い」と突きつけてきた名前にもう一度小さく「ゴメン」と呟く。そうすると、ついに名前の手が背後に回ってきてくしゃり、俺の頭を撫でた。その手つきが優しくていよいよ泣いてしまいそうだ。

「嫌な女に泣きついてほんと馬鹿な人」
「馬鹿な男だよ、アンタが許してくれるの待ってたかんね」
「わかったから背中から顔を離してくれない?そろそろ鬱陶しい」

そう言ってとんとんと頭を軽く叩いた。起き上がってすぐに名前の顔をもう一度覗きこむ。すると俺の行動にびっくりしたのか少し驚いた表情をしたあとに唇が緩んだ。そして照れくさそうに「久しぶりにスタンの顔を見た気がする」なんて笑った。

「…アンタやっぱり世界で一番可愛いよ。愛してる」
「先日あなたにブスって言われたんだけど?」
「俺が悪かったよ。こんないい女捕まえといて俺が馬鹿だった」

そう本心から謝罪をしてゼノがいるにも関わらず名前の唇を奪おうとする。するとなにが不満なのか、名前に唇を指でふさがれ数日ぶりのキスを阻まれてしまった。

「…名前?」
「スタン。喉が乾いたから食堂で紅茶をもらってきてくれる?」

…どうやら俺は完全には許されていないらしい。しかしながらそう俺の唇を抑えながら悪戯に笑う名前にこちらの口角まで上がる。ついさっきまで俺を睨んでいた女とは思えないほど優しく笑っている名前が愛しくてたまらない。ああ、やっと味のする煙草が吸えそうだ。
唇を抑える手をそっと握る。そして片膝をつきながら彼女の薬指に口づけを。

「Semper fidelis.My princess」

公開日:2021年3月25日