ミッション・コマンド
「落ちた天使を笑わせろ!」

リクエスト内容:笑わない〇〇を笑わせる話。
※モブキャラがかなり喋ります。苦手な方はご注意ください。


お人好しは戦場じゃ真っ先にくたばる。
だから恋人の「お人好し」にため息が出るわけだが、そーいう性格なもんで諦め半分で彼女を眺めるしかない。ついでに俺も俺で名前のそんなところが可愛いやら愛しいやらで今日もデートであるにも関わらず名前に振り回されることが今確定した。

名前は少し遠く離れた場所でひとり、ふらふら大泣きしながら歩いていた少女に声をかけている。今日は久方ぶりのデートで、公園をのんびり散歩中。公園を抜けた先のショッピングモールでも行こうかと会話していたところ盛大な泣き声が聞こえてきた。そして少女を視界に捉えるや否や俺が制止をかける前に走っていってしまった彼女を誰が咎められるのか。にっこり笑って少女に話しかける名前に苦笑いをひとつ投げ掛けながら吸っていた煙草の火を押し消した。

「迷子?」
「そうみたい、はしゃいでたらお母さんがいなくなっちゃったんだって」

ぜってー親ガン無視で走ったろこのガキ。女の子とは言え名前にがっちり抱きつきやがって、まだ俺ですら今日名前を抱き締めてねえってのに。
えぐえぐ泣きながら名前に抱きついている少女は見たところ5歳前後。よしよし、と名前が頭を撫でるも泣き止む気配がない。

「お母さん探さないと」
「…はあ、付き合うぜプリンセス」
「ほっとけないでしょ騎士様」

少女の頭の上でそんなやりとりをしているとしゃくりを上げながらゆっくり迷子が顔を上げた。そしてまだ涙も止まっていないのに名前に問いかける。

「お姉ちゃんお姫様なの?」

それに面食らってケラケラ笑っていると俺に気づいた迷子がびくりと俺の顔を見てふたたび瞳に涙をめいっぱいためた。それを見た名前がぎろり、俺を睨んで小声で「引っ込んでてスタン!」と叱責した。

「大丈夫だよ、あのおじさんは悪い人じゃないよ」
「お姉ちゃんのナイトさまなの?」
「そう。私、ナイトさまが大好きなの」
「お姫様は王子様が大好きなんじゃないの?」

おい今しれっと俺のことおじさん扱いしなかったか?

「…あのおじさん、王子様ではないかな…」
「そっか…」

名前、あとで説教な。
俺のことを何度もおじさんおじさんと馬鹿にしながらも迷子は泣き止んだようで、その手腕に感服する。すっかり名前は迷子に気を許されているようで今もひっしりしがみつかれていた。おい、俺の女だぞ。
…一方俺は子供からすりゃ化け物レベルの身長にお世辞にも優しそうには見えない顔。子供に好かれた記憶なんざ持ち合わせていない俺が迷子をあやせるはずなんてない。

「ほら、あのおじさん、愛想は悪いけど顔は良いのよ」
「おい名前」
「ほらスタン、笑って笑って」

ぐ、と奥歯を噛み締めたあと、名前が言う通りに口角を上げる。すると名前が必死に笑いを堪えてるのが見えて絶対にあとで絞める、と心で誓った。こんなんじゃガキがまた泣くだろ、とハラハラしていたら少女が名前にこっそり耳打ちをする。少女の耳打ちを聞いた名前が頬を緩ませて「でしょ?」と笑った。

「なんて?」
「女の子同士の秘密。ねー」
「ねー」
「女の子って歳じゃねえだろ」
「スタン、夕飯なしね」

見知らぬガキには優しいくせに俺に容赦がない。その待遇に文句のひとつでも言ってやりたかったが名前はともかくレディの前だ。ふたりきりのときに思い切り絞め上げる。そう胸に誓っていると名前が「よし」と立ち上がった。

「お母さん探そう!」
「一緒に探してくれるの?」
「もちろん!ね、ナイトさま」
「しゃーないじゃんね」

お世辞にも治安が良いとは言えないこの土地で迷子を放っておくと起こりうることなんて想像に容易い。だからこそ名前が走って駆けつけたんだろうが、はぁ、アンタもひとりでフラフラしてっと危ないんだかんな。あとでこれも説教だ。

「そうだ、スタン肩車してあげたら?」
「やだよ絵面やばいっしょ」
「そうかな?スタン身長高いし喜ぶと思うけど」

もう一度座りこんでガキに「ナイトさまが肩車してくれるって」と伝える名前。おいなに勝手に、と思ったが顔を覗き込むと目をまんまるに一生懸命あけて嬉しそうにしている表情が視界に飛び込んできた。俺のえ、マジ?通報されん?という心配を他所にレディは肩車される気満々らしい。

「通報されん?大丈夫?擁護してくれる?」
「なんのための軍籍身分証明書よ」
「少なくともガキ肩車するためじゃねえな」

はあ、と短く息を吐いて片膝をつく。他でもない名前のお願いだ、叶えないわけにはいかない。ガキでもレディ、見事にエスコートしてやんよと密かに息巻いた。そして少女に手を伸ばす。

「お手をどうぞ、レディ」

そう誘ってやるとぱああ、と少女の顔が明るくなった。そして今までどこか暗かった表情が一変、笑顔で俺に飛び付いてくる。おい、手ぇ出せっつったろ。これだからガキは苦手だ。それを捕まえてひょいっと少女を持ち上げて肩に乗せる。そして立ち上がると楽しそうな声が上がった。

「楽し?」
「とっても!ありがとうナイトさま!」

そのナイトさまっていうのはやめてほしい。ただの不審者でしかない。「騎士を騙った現役軍人、少女誘拐か」という見出しの記事が書かれかねない。…ただ、俺の肩で楽しそうに笑っていると少女を見て、まあ悪くないんじゃないかと思う。

「アンタ、泣いてるより笑ってたほうがいーよ。可愛い」
「…ナイトさま、お姫様の前で浮気はダメだよ?」
「落とすぞマセガキ」

一瞬パッと手を離してやると頭が重いガキはすぐにぐらりと重心が傾く。落ちない程度に揺らしてやるが、さっきまで泣きじゃくっていた少女はどこへやら、きゃっきゃっと声を上げながら俺にしがみついてくる。それを見た名前がクスクス笑って、「良かったね」なんて言うのだ。他人事だと思って呑気なもんだぜ、アンタが引っかけた女だろ。

「どこではぐれちゃったか覚えてる?」
「つーかどうやったら公園で迷子になれんだよ」
「スタン黙ってて。なに見てはしゃいじゃったとか…覚えてること教えて?」

優しく笑いかけながらそう問う。…こいつ、ガキ好きなんか?やたら物腰が柔らかで楽しそうだ。まったく、一応他人のガキ保護してんだぞ楽しそうにしてんなよ。
名前の笑顔に絆されて少女はしどろもどろに迷子になったときの経緯を話す。どうやら母親とはぐれたときは一本隣の道で催されている屋台イベントを楽しんでいたようだ。楽しくなって走ってしまったこと。振り返ったら母親は人混みで見えなくなってしまっていたこと。そこから人混みに流されて、人混みから逃げてきたことをぽつりと話してくれた。

一方俺らはふたりして「あっちゃー…」と目配せして作戦会議だ。この公園の屋台はやたら人が多い。しかも今日はなにか有名な店が特別出店するとかしないとかで人混みがいつもの倍以上。その中を流されてきたと言うもんだから予想以上に母親探しは難航しそうだ。

「よし、私屋台の方でお母さん探してくるから二人はここで待って」
「は?置いてくなよマジで通報されんよ」
「大丈夫大丈夫、お似合いだから!」

母親はまだ屋台の人混みでガキを探しているだろうと踏んだ名前がそう人差し指を立てながら提案した。二手に別れるのは悪くない、入れ違いになってしまったら意味がねえかんな。幸いにもこっちは噴水広場の近くで、次に探しにくるとすればこの付近だろう。
それに名前と行動した場合、名前が一人流されてしまいかねない。迷子連れて名前を探すなんて馬鹿みてえなことしてられねえ。

「じゃ、行ってくる!」
「30分見つかんなかったらとりあえず一旦合流な」
「イエス、サー!なんてね」

そう言ってすぐに走り出した名前。こうしてお人好しのお姫様が拾ってきたガキと二人にされた。…しまった、ガキが喜ぶことなんて言えねえぞ俺。数秒沈黙が流れて、居心地の悪さが心臓に負荷をかけてくる。別に楽しくトークしてろとは言われなかったが、この場合肩のガキを無視していてもいいんだろうか。ちくしょう、そろそろ煙草が吸いたい。さすがにガキがいんのに煙草はダメか?ダメだよなぁ。

「あ、そうだキャンディ食う?」

煙草の箱を指先でいじっているとこつり、キャンディが爪に当たった。これは出かける前に名前にポケットに突っ込まれたものだ。煙草ばかり吸わないように、と甘ったるいキャンディが数個。名前が作り出した状況だが今は少し名前が女神に見える。

「知らない人から食べ物もらっちゃダメって…」
「…その通りだわ、賢いじゃん」
「わたし賢い?」
「めちゃくちゃ賢いよ、さっきのプリンセスなんて知らない奴から酒貰って飲んでたかんね」
「ええ…あぶな…」

あの馬鹿こんなガキにすら心配されてやんの。まぁあん時は俺も、俺の幼馴染とは言えゼノから酒を貰って飲んでたときはどうなることかと思ったもんだ。ゼノの説明をしてなかった俺も悪いんだが。

「じゃあナイトさまが守ってあげないとね」
「…ああ、そうだな」

アンタの言う通りだよ、と呟いてため息をひとつ。いつだって守ってやれりゃいいんだが、俺は軍人で、名前は民間人。この休みが終わってしまえば俺はまた基地での生活に戻る。基地外で住んでもいいんだが多忙の身だ、結局家には滅多に帰れないだろう。
…と、なると結婚か。………結婚ね、結婚さえすれば名前を基地に招けるし一緒に住むことができる。いやでもあいつにそんな気あるか?俺より年下でまだ若いし、人生決めるにゃちょいと早い。はあ、またこうやって二の足を踏む。

「やっぱりキャンディたべたい」
「いいのかよ怪しいオジサンかもよ、俺」
「そうとは思えないの」
「アンタ、あいつみてーにお人好しになっちゃダメだぜ。あと人を信じすぎんのも良くねえな」

振り回されてくれる人間がいればいいけどな、と口の端を上げてポケットからキャンディを数個取り出す。そして手のひらに乗せてほらよ、と差し出すと上でどのキャンディを手に取ろうか悩んでいる声が聞こえた。

「ぜーんぶやんよ、俺は食べないかんね」
「じゃあどうして持ってるの?」
「あのプリンセスがご褒美にくれんの」
「ナイトさま、はやくお姉ちゃんの王子様になれるといいね」
「なんっだそりゃ」

あ、騎士も姫と結婚すりゃ王子になんのか。…ハハッ、あいつは結婚したって俺のことを騎士扱いしてきそうだ。というか名前も言っていたが俺は王子様って柄じゃねえ。
そう、ガキの言うことに振り回されていたら遠くから俺を呼ぶ声がした。そちらに体全体を向けると名前と女がひとりこっちに向かって走ってきている。
それを見たガキが「ママ!」と大声を出したものだから名前がミッションをクリアしたことを知った。ヘェ、やんじゃん。さすが俺のハニーだ。

ひょいっとガキを持ち上げて肩からおろす。するとすぐに母親のほうに向かって走るもんだから「転ぶなよ!」と思わず声をかけた。少女の片手はがっちり俺がやったキャンディを握っていて、それに少し頬を緩ませながら俺も名前との合流に向かう。
既にガキは母親と感動の再会をしていて…いや、思い切り怒られてやがんな。そりゃそうだ。もっと叱られろ、二度と親とはぐれないように。

「スタンお疲れさま」
「ほんっと疲れたわ」

名前が横腹をつつきながらそう俺を労った。まったく、もっと褒めてくんないと割に合わないね。やっと煙草が吸えることを喜んでいたら思い切り母親に叱られたガキがこちらに向かって走ってくる。いやいやいや反省してねえな、そうやってはぐれたんだろ今日くらいは大人しくしとけよ。

「あのね、楽しかった!」
「楽しかったって…マジで反省してねえじゃん」
「パパ身長低いから肩車すごく高かった」
「それぜってーパパに言うなよ」
「もうはぐれちゃダメだからね」
「うん!」

そう言って名前にありがとうと大声でお礼を言う。そしてバイバイとキャンディを握ったままの手を大きく振った。安心したのか終始にこにこしている名前もそれに手を振り返す。

「ばいばいナイトさま!またね!」

またね、があってたまるかよ。
そう悪態をつきながら煙草を口に咥える。離れていく小さな背中は嬉しそうだ。
さて、と煙草に火をつけて名前の腰を抱いた。こちらのお姫様もなんだか嬉しそうで相変わらず居心地が悪いったらない。

「煙草我慢して偉い」
「ガキの前で吸えるかよ」
「ふふっ」

唇を上機嫌に鳴らしながらずいっとくっついてくる名前。まったく、こいつのお人好しにはもうこりごりだ。

「名前、ガキの扱い上手いな。子ども好きなん?」
「んー、どうだろ。可愛いとは思うよ」
「ヘェ」

いい母親になりそうだ、と言ったら名前が俺を見上げて目をまんまるに見開いた。なにをそんなに驚いているのやら、と思っていたらぼっそり「スタンは子ども嫌いだと思ってた」と唇を尖らせる。……………うぐ、これは俺が悪い。

「あ、でもね」
「うん」
「案外、スタンはいいパパになりそうだなって思ったよ」

にい、と唇を弧を描いていたずらに笑う。ぐしゃり、煙草が口元で歪んだ。あー、クッソ今日はずっと名前のペースだ。
次会うときは花束を。そう隣の体温に誓って彼女をエスコートするべく煙草の火を消した。

2021年2月11日