オーバー×スキンシップ

リクエスト内容:周囲に「少しはスキンシップを控えろ」と言われてはじめて「そんなにベタベタしてたか?」と考え出すけれど、結局無自覚でイチャイチャし続けるスタンリーの話


「人前でベタベタすんの控えろ、気が散る」

いきなりブロディに大声で呼びつけられたと思いきや、想定外のクレームを受けた。それに思わず目を丸く開いて数回ぱちぱちとまばたきをしてしまう。数秒理解できなかった言葉の意味を瞼を上下させながら飲み込むと、つまり、俺の恋人である名前との接し方について一言物申されたらしい。

「んなにベタベタしてっか?」
「自覚ねぇのかよ、朝から晩までイッチャイチャしやがって」

確認のためブロディにそう問うがアッサリそう反論され、ため息までつかれているわけだが残念なことに俺自身に思い当たる節はない。それなのにクレームの上塗りをされてしまいいよいよ眉間に皺が寄る。確かに名前と同じ空間にいるときは多少口説いたり肌に触れたり愛情を押し付けてはいるがそれが過剰だとは思わない。それどころか名前の作業中は「待て」までする忠犬である俺になんと慈悲がない苦情なのか。

「気にしすぎじゃねえの、アンタそんな繊細じゃねぇだろ」
「俺だけじゃなくて他の連中もそう思ってんだよ」

他の連中ってどいつらだよ、と思いつつちらりと周りに視線を動かすと俺らの話を聞いていた部下たちも数回頷いているもんだからブロディの主張はどうやら間違っちゃいないみたいだ。…そんなにベタベタしてただろうか?
こんなに訴えられちゃ仕方ないとここ最近の名前との会話や戯れについて思い返してみる。昨日は廊下にあまりにも可愛い女がいたもんだから「そこの可愛いお嬢さん、俺と遊ばない?」とナンパしたらなんと愛するハニーだった。クスクス笑いながら「そうやって他の女の子も誘うの?」とからかわれてしまって、アンタだけだと唇をくれてやったっけ?見るたび可愛さが増す名前が悪いと責任をすべて押し付けてそのまま研究室までエスコート。肩を抱いて「愛してんよ」と当たり前なことを言っただけ。
んだよ、たいしたことしてねぇじゃん。まだ足りないくらいだ。

「ま、善処すんよ」

そう言ってひらりと手を振りその場から逃げ出す。ブロディどころか部下にすら咎められて居心地が悪いったらない。かと言ってどこかに避難所があるわけでもない。少し廊下を歩きながら悩んだあと、結局ゼノんとこで一服するかと階段をのぼって研究室に向かった。
そういや朝から名前を見かけてない。一体どこでなにをしているのやら。ゼノみてーに一ヶ所で留まって俺の避難所になってくれればいいのに彼女はいつもふらふら、マイペースに放浪しては俺を困らせる。そんなところも愛しくてたまらないわけだが、こういうときは少しだけ名前を捕まえていたくなる。

「おいゼノ、ここか」

そう扉をひらきながら中に声をかけるとガチャンとガラス同士がぶつかる高い音がした。そのあとすぐに「スタン」と名前を呼ぶ幼馴染の声がした。ぐるりと部屋中を見渡すが名前の姿はない。ここじゃないとすると自室か食堂か、はたまたルーナと裏庭で談笑中か。まったく自由気ままなお姫さまだ。

「名前見なかった? 」
「名前なら僕のおつかいで今は倉庫にいるんじゃないかな。もうすぐ戻ってくるよ」

ふーん、と相槌をひとつ打ってゼノの隣にどかりと座り込む。煙草を手にすると慌てて「今はダメだ」と制されたものだから行き場をなくした煙草をぐしゃりと握りしめた。ゼノんとこも避難所化失敗。なんなら名前の居場所すら当てられなくてなんだか惨めだ。

「吸うなら外で吸ってくれ。ここで火をつけたら爆発するよ」
「なんつーもんいじってんだよ」

煙草に火をつけないままそれを咥えるとゼノに「おお…君ってやつは…」とほとほと呆れられてしまった。そしてそのまま作業に戻ったゼノの指先を眺める。煙草を上下させたりフィルターを甘噛みして口寂しさを紛らわせているとゼノが机の上を指差した。

「そこに茶葉とミルクがあるから好きに飲んでくれ」
「アンタがミルクティー?珍しいね」
「いや、名前が用意してくれたんだ。酸化発酵が上手くいったんだってさ。確かにとても美味しかったよ」
「ヘェ、俺のハニーはなんでもできんな。ただ、名前が淹れてくんなきゃ意味ないね」

はいはい、と俺の言葉をいつも通り聞き流してまた火をつけたら爆発すると噂の薬品に夢中になるゼノ。仕方なしに名前の帰りを待つが俺がここに流れ着いてから早10分、名前は一向に戻ってこない。

「…なんかあったんじゃねえだろうな」
「僕ら以外いないのになにがあるっていうんだい。彼女は大抵寄り道をしてくるからそれで遅いんだろう」
「無線で呼び出せねぇ?」
「断る。君の過保護にも飽きたよ」
「ケチ」

早く会いたいと急かす俺を一刀両断。チッ、この前までは仕方ないとか言って無線を使ってくれていたのに。確か俺たちの会話を記録するのが無駄だとかゼノからもクレーム入れられたんだっけ?
確かに久々のラブコールが嬉しくて調子に乗ったことは認めるが呼び出すくらい使ってもいいじゃん。なんのための無線だよ。

「そういやさっきブロディに苦情入れられてさ」
「なにやったんだい?」
「それが名前とイチャつきすぎっつーんだよ。そんな俺らイチャついてる?」

ゼノにそう問うとゼノは口をあんぐり開けて絶句し、作業の手を止めた。そしてしきりに色を見ていたビーカーを机に置いて、少し考え込むように眉間に皺を入れて何度か言葉を吐こうとしてはやめて、はくはくと口を上下させる。

「………君、自覚なかったのかい?」

ようやく出て来た言葉は明らかにブロディ側だ。それに驚いているとその表情を察したのかゼノがぺらり、と口を開いた。

「君ら、ではなく君が、だよ!君が名前に甘すぎるんだ!胸焼けがするほどの行為を見せられている僕たちのことも考えてくれ。僕が作業中にベタベタベタベタ、くっついていないと死ぬのか?君は?先日も名前の作業を邪魔して自分の膝の上に乗せたりして…彼女は猫じゃあないんだよ!彼女をどう扱おうと君の勝手だし君たち恋人同士のルールは君たちで決めればいいが人前ではもう少し控えたほうがいい。見てるこっちの許容範囲を安易に超えないでくれ!」
「お、落ち着けって…俺が悪かったよ」

あまり人に興味がないゼノがここまで不満を溜めているとは思わなくて反射的に謝ってしまう。そもそも、とまだクレームを続けようとするゼノに「ストップストップ!」と降参を伝えるとじとりと睨まれてしまった。
どうやら俺ら…いや、俺か。俺は名前に対して少しばかり愛情表現がオーバーすぎるらしい。可愛いからといって知らず知らずのうちに周囲にとって耐え難い「愛してる」をぶつけすぎたようだ。

「わーった、今日から悔い改めんよ」
「ぜひそうしてくれ!もし今日もベッタベタするようだったら署名を集めるからね!」

9割以上が賛同するだろうさ!とそうハッキリ言い切ったゼノに参ったと両手を上げる。幼馴染の目は本気そのもので自分の身の振り方について考えさせられることになった。さすがに署名を集められてしまっては敵わない。
と、いっても人前でくっつかなきゃいいわけだ。そんなに難しいことではないだろうと頷いていたら研究室の扉が重たげにゆっくり開いた。ヒロインの登場である。
足早にハニーの元へ向かい、まだ完全には開いていなかった扉に手をかけた。そしてぐいっと扉を開けてやるとバランスを崩した名前が胸に飛び込んでくる。

「わっ、びっくりした~」
「悪い悪い、可愛い名前に早く会いたくて」

両手いっぱいに資料を抱えて俺を見上げる名前。ぱちぱちと動く長いまつげに歩いていたからか少し色づく頬。ふわりと名前の匂いがして「やっと会えた」と嬉しさのあまり髪をすくって唇を落とす。そして頬に唇でぱくりと噛みついて名前の頬をまた染める。

「もー!私おつかいの途中だから」
「呼んでくれりゃ倉庫までエスコートしたのに」
「あら、あなたのハニーは一人でおつかいもできないの?」
「おっと世間知らずのお姫さまだと思ってたぜ」

研究室に入ろうと俺をぐいぐい押し退けようとする名前の腰にすかさず手を回す。そして「エスコートさせてくれよプリンセス」と笑ってやるとYESもNOもくれない名前。すたすたと歩き始めてしまった名前の腰は決して逃がさない。

「ゼノ、とりあえず過去三ヶ月分の記録取ってきたよ」
「ありがとう。遅かったね、今日はどこで遊んだきたんだい?」
「あなたまで子猫扱いはやめて。マヤとおしゃべりしてただけだよ」

分厚い紙の束を机の上に置きゼノの隣に座った名前はゼノの手元を見てクスクスと笑った。そんな可愛い顔、ゼノなんかに見せなくていいと名前の隣に座ってぐいっと腰を寄せる。そして後ろから抱きつくと「ふふ」と名前から声が漏れた。

「だからスタン、煙草吸ってなかったんだね。我慢してて偉い」
「だろ?ご褒美くれよ」
「じゃあミルクティー淹れてあげる」

そう言って立ち上がろうとした名前の腰に抱きついたまま離さない。何度も立ち上がろうとする名前の力を捩じ伏せてぎゅーっと抱きついたまま名前の抵抗を楽しんでいるとむっとした抗議があがった。

「スタン!ご褒美欲しくないの?」
「アンタがいればいいよ」

頬に頬を寄せ「可愛い俺の名前」と囁いて頬擦りをするとせっかく美味しい茶葉ができたのにと不満が漏れた。もちろん、あとでたっぷり頂くが今は名前の体温が優先だ。朝から会えてなかったんだ、そんくらい笑って流してくれるだろと名前の体を吟味する。
可愛い顔が見たいと名前の体制を変えてやろうとした瞬間、愕然したゼノと目が合った。

「…もしかしてこれアウト?」
「アウトに決まってるだろう、何を言っているんだ君は」

なんの話?と首をかしげる名前に「ナイショ」と甘く微笑んで、こうなりゃ好きにさせてもらうと頬にキス。署名でもなんでも集めりゃいいさ、と開き直った俺に向けたゼノのため息が部屋に響いて消えた。

後日、本当に集められてしまった署名の一番上に書いてある名前を見て呆然と立ち尽くす俺。見間違えるはずがないその文字は物のみごとに名前の字でハッキリと名前の名前が刻まれている。それに「嫌だったならそう言ってくれ…」と情けなくもぐずぐずに名前に許しを乞うと

「…嫌じゃないから困ってるんでしょ?」

なんてあまりにも可愛い返事が胸に刺さって、困ったことに、一生離してやれそうにないと彼女の指先にキスをした。

公開日:2021年1月19日