神様が消えた日

リクエスト内容:「神はいなかったのに?」と言うスタンリー。スタンリー×敬虔なカトリックのシスター、石化前は完全プラトニックな関係。

※かなり調べて書きましたが、事実と齟齬がある可能性があります!あくまでフィクションです!!
※実際の団体や宗教とはまったく無関係の作品です。もちろん、それらを否定する意図もございません。
※かなりの原作捏造が含まれます。和解後、ゼノもスタンリーも城に戻って生活している設定です。
上記をご理解の上、お楽しみください。


彼女の石像を見つけたとき、「なんて神ってやつは薄情なのか」なんてことを漠然と思ったことを今でもよく覚えている。
手を合わせ、きっとその瞬間までアンタに人生を捧げていた修道女をどうして救ってくれなかったのか。暗くて苦しい思いをさせる必要があったのか、アンタが救ってくれるんじゃなかったのか。
そう名前はいつも信じていたものだから、その石像を見つけた瞬間の渦巻く感情をいまだに忘れることができずにいる。あの日あの時の光に気づくこともなく目を閉じたまま、穏やかな表情で石になっている彼女の頬は固くて冷たい、ただの石だった。

「おい名前!どうせここにいるんだろ」

そう呼びかけながら礼拝堂に足を踏み入れるとそこにいるのが当たり前だと言わんばかりに手を合わせ目を閉じたままじいっと祈りを捧げる名前がいた。礼拝堂と言っても幼少の記憶を頼りにゼノが設計し、適当に作った小屋。それなのに名前はこの偽物と言ってもいいような場所で今日も朝から朝食もとらずに神に祈っている。
その横顔が、姿が、あの日見つけた石像とまったく同じで毎回嫌に心臓が跳ねるのだ。

「もう、黙想中に話かけないで。」

ふう、と息を吐きながら祈りを終了させた名前が大きな瞳で俺を捕らえながら悪態をついた。どうしてもそれがいいとねだられ設えた修道服にベールを身につけた彼女はどこからどう見ても「シスター様」だ。こんな世界でその形式にどれくらいの意味があるのかはわからないが、どうしてもこれがいいのだと言う。
そして今日もきっと修道女らしく人々に無償の献身を捧げるのだ、馬鹿らしくて見ていられない。

「よくもまあ飽きもせずに朝から祈ってられんね」
「当たり前です。私は一生を神様に捧げているのよ。」

そう言って得意げにはにかむ名前の顔を見て、また安堵を繰り返す。そっと頬に触れると彼女の柔らかい頬や体温を指先で感じることができる。それだけで、彼女が生きていることを再確認できるのだ。
何年も石のまま目覚めることがない名前の顔を眺めたし、何度もその頬に触れたが冷たくつるりとしたその感触に慣れることはなかった。幼少期に彼女にしたように爪で名前の頬を弾いても「かつん」と無機質な音がするばかり。
「もう、スタン!痛いじゃない!」と少し怒ったように俺に頬を膨らませる彼女はどこにもいなかった。

「スタン?」
「ほんとシスターのくせに生意気な口だな」

そう言ってむぎゅりと彼女の頬をつねってやると彼女から可愛げのない声が上がった。具体的には「い゛っ…」と、声にならない痛みを静かに耐えるような呻きだ。

「スタン!」
「悪い悪い」

彼女の叱責を受けながらもその声に今でも感情が揺さぶられるのだ。何年も何年も今日こそはと彼女が目覚めるのを健気に待ったし、らしくもなく神に「救ってやってくれよ」とすがり付いたこともある。信心深いほうではなかったし、正直神なんていざってときになんの役にも立たないことなんてとっくに知ってた俺が、だ。
そう、名前がいつも神を信じ、身も人生も捧げていたものだから「こいつくらいは救ってやってもいいだろ」と彼女の石像を見るたびに歯を食いしばり悪態をついた。年月を重ねるたびに否定したくはなかった名前の信仰を否定する自分が見え隠れして、そんな自分がどうしても好きにはなれなかった。
そしてトドメときたら、名前を救ったのは神でもなんでもないただのガキという事実だった。

「まぁいいわ、あなたを許しましょう」
「そりゃ慈悲深いこって」
「私ではなく神様があなたを許すのよ。」

だからこそ彼女の信仰が胸に引っかかって仕方ない。
ギリ、と思わず歯軋りをひとつ。何千年も神に見捨てられたくせに未だに聖別奉献のしるしである修道服とベールを纏い、毎日一時間以上の祈りを繰り返す。知ってるか?飯の前ですら祈りを口にするんだぜ、こいつ。まだ神を信じて自分の全てを差し出そうとする姿にほとほと呆れ返っちまう。

「神はいなかったのに?」

そんな思いをずっと持ち続けていたからだろうか?俺を許すのにさえ神様がいないとダメな名前に、遂に彼女の信仰を否定する言葉を口にしてしまった。目を丸く見開いた名前が息を飲んで何か言いたそうに口を開いて、唇を小さく震わせる。きっと彼女にも思い当たる節があったのだろう。以前ならば叱責と共に聖書を胸に押し付けられていたに違いない。
しかし聖書がない今、ただ名前は名前の信仰だけで神が存在することを俺に証明して見せなくてはならない。そしてそれができずにただただ苦しそうに短く息を吐いた。

「…神様はいつも私たちを救ってくださるわ」
「じゃあ人類が全員もれなく石になったあの日、神様はどこにいたんだよ」

ぐ、と名前が手のひらを握りしめるのが見えた。がくがくと何か言いたげに、でも声は出ずにただ震える顎。今まで祈りを口にしていた唇は困惑で歪んでいる。

「石になってさ、息も身動きもできない中でアンタが真っ先に思ったこと、当ててやろうか。」

名前の返事を聞かずに彼女の唇に人差し指を当ててやる。ずっと信じきっていたものを否定されている彼女の瞳は揺れてはいるが、そこに諦めの色も見え隠れしていた。きっと拒否したって無駄なことを彼女は知っている。だからこそ、俺の言葉は遮らない、遮れない。

「神様助けて、だ。」

じい、と瞳を見つめてやるとすぐにそれを反らされてしまった。図星だったのだろう、はあ、と大きく息を吐いた名前がじろりと俺を睨んだ。

「そうね、当たってる。」
「そんで意識飛ばすまでずーっと祈ってたんだろ。」
「そうよ。なにかおかしい?」

彼女は敬虔なシスターだったものだからなにもおかしくない。修道院で神のため人のために働く彼女らしい抵抗だ。きっと意識がなくなるまでずっと、ずっと祈っていたのだ。どうか私たちをお救いくださいなんて下手に出ては祈って祈って、そして最後は絶望の中に沈んでいった。
口には出さないしそんな素振りも見せず、変わらずに神に仕えようとしているが変わってしまった世界や顔にヒビが入った人々を見て心を痛めていたのを俺は知っている。そしてそのたびに神に祈ろうとして、少し躊躇っていたことも。
そういえばゼノのヒビを見て軽く悲鳴を上げたあとに「あなた何やったらそうなるのよ、神よ!この馬鹿な幼馴染に慈悲を!」と三日くらいゼノのために祈ってた期間があったっけ?思い出したらちょいと笑えんね。…あのときだって、きっと彼女は自分が身を捧げた神に疑問を抱いていたはずなのだ。自分は神に尽くしていたのに自分の周りすら救ってくれなかったのか、と。

「そのどこにも届かない迷子の祈りは一体どこにいったんだか」
「届いてるに決まってるわ」
「じゃあなんで数千年放置されたよ」
「現に私は体の一部も欠けることなく今生きている」
「…アンタの周りはどうなったか、アンタも覚えてないわけじゃないだろ」

びくりと体を震わせた名前が唇をぎゅっと結んだ。そして修道服の裾を握り悔しさを表情に滲ませる。反論できずにいる名前に「ごめん、言い過ぎた」と伝えて彼女を引き寄せる。石化前なら触れさせても貰えなかったものだから彼女を蝕む疑念は相当根深そうだ。

名前の周りにはたくさんの同じ信仰を持つシスターがいた。もちろん、名前を発見したのが修道院があった場所の近くだったものだから他にもシスターがいてもおかしくはなかった。誰も彼もが神に一生を捧げて生きていた女ばかりのはずだ。きっと彼女たちも名前と同様に意識を飛ばす直前まで神に祈っていたに違いない。
…けれど、救われなかった。名前以外は全員、何かに圧迫されたような断面と砕け散った石像が有象無象、あちこちに点在するのみ。石の破片を人と判断するにはあまりに残酷な光景だった。

名前がぽつりと話してくれたのは、あの日の夜に一人庭に抜け出してこっそり月を見ながら祈っていたこととその他のシスターたちは全員建物内にいたことだった。そしてゼノの鑑識と予測の結果、早々に地震かなにかで建物自体が崩れいくつもの石像を壊したこと。石同士が擦れあってどんどん石像らしさを失ったことがわかった。
神様に毎日祈ってた連中が真っ先にリタイアした。その事実を知ったときの名前は十字架を握りしめて、シスターたちのために祈ることもできずにただただ震えていただけだった。今思えばあれが彼女にとっての「トドメ」だったのかもしれない。

「それでも私は、まだ神に祈ることをやめられない」
「じゃあ神様がアンタを助けたのかよ」

違ぇだろ、と彼女を抱きしめる力を強めるとあろうことか名前が俺の服を掴んですがり付いてきた。これはさすがに想定外だ、あの名前が。頬以外、いや頬すらシスターモードのときは触らせてくれなかった名前が、俺の体温を受け止めてすがっている。ああ、ようやく彼女の信仰が溶けはじめている。そんなことを「めでたい」と思う俺を許してくれ。

「神の欠片も信じてない、科学少年が助けてくれたんでしょう?」
「知ってたのか」
「さすがに気づくよ」
「アンタは千空のこと神様だって思う?」
「まさか。あの子びっくりするくらい無神論者じゃない?私を見て今にもシスターな、ケッて言い出しかねない顔をしていたわ」

自分を救ったのは神ではない。
そう知っていて、今日も祈りを捧げるのはどんな気分なのか。知っていてそれでも人々のために祈っていたのか。こんな世界だからこそ神を信じて祈るしかなかったのか。
それを問うと嫌がられてしまうだろうか、と悩んでいると名前が口を開いた。

「私ね、助けられたときになんて救いのない世界なんだって思ったの」
「そりゃそうだ、生活区以外はまだ自然いっぱいだかんね」
「しかも人がバラバラになって転がっているでしょう?私たちが捧げていた献身がまるで否定された気分になったの」

ぐり、と俺の胸に額を押し付けて甘えるように体を預ける名前。その彼女の体温が今までの彼女なりの葛藤を物語っていた。

「だけどね、人々は救いを求めてた」
「…そうかもね」

ろくに祈ったこともなさそうな連中が名前がシスターと知るや否や祈りを求めていたことを知っていた。そしてそれに応えていたことも。だから私はこんな世界でも祈るのをやめられない、と弱々しい独白が礼拝堂に響く。

「とっくに誓願の期限も切れてるのにね。」
「期限なんてあんの?」
「私、まだ初誓願しか立ててなかったのよ。あと一年で終生誓願…一生を神様に捧げるかどうか決めなきゃいけなかったの。」

だから私、とっくにシスターじゃないのよと呆れたように笑う名前。
しまった、知らなかった。あと一年石化が遅かったら名前は神と結婚するとこだったってわけね。セーフセーフ、と謎に胸を撫で下ろす俺を「スタン?」と不思議そうに首を傾げながら呼ぶ名前。
名前が修道院に入ると聞いたときにゃやけ酒して勝てそうもない相手に愛する幼馴染が取られたことを嘆いたものだが、まだ完全に神のものにはなってはいなかったらしい。

「じゃあシスターなんてやめちまえよ」
「ダメよ、私の祈りを精神の支えにしてる人だっているのよ」

まだやめるわけにはいかない、とため息混じりにそう笑った名前は胸に下げた十字架をかちゃりと爪で鳴らして見せた。

「まだ、ってことはいつか止めてくれんの?」
「いずれは。ただ、あなたが武器を持つ限り祈ることにはなるけれど」
「嬉しいこと言ってくれんじゃん」
「幼馴染の死を愛せそうにないだけよ」

はやくあんな馬鹿なことやめてくれない?と仕返しだと言わんばかりに俺の全てを否定する名前。守るためには銃だって必要だと主張したって無駄だろう。
昔からそうだ、名前はいつもいつも無茶をする俺や周りに同調しないゼノを心配しては神に祈ってた。数千年経っても変わることがない彼女の優しさに愛しさが募る。

「ねえ、少しずつでいいから俺のものになってくんない?」
「…へ、」
「おいおい、気づいてなかったなんて言わせねぇよ」

協会の教えは俺も聞いたことがあるが、あれもダメこれもダメだと禁止事項がずいぶん多かったことをよく覚えている。恋愛禁止を聞いたときは目眩がしたもんだ。そして、それを彼女がよーく守っていたことを知っていた。そのおかげと言っちゃなんだが、俺のアプローチをするりするりとかわして逃げ切りシスターになった彼女に結局手を出せずに今に至る。
…ようやく神から名前を奪えそうなんだ、手をこまねいている場合ではない。

「知ってんでしょ、俺が名前のこと好きなの」
「ま、まだそうなの?」
「こう見えて俺は案外一途でね」

本日一番のため息を隠すことがない名前。おいおい傷つくな、と彼女の頬を軽くつねると少し顔を赤くした名前が俺に反抗するべく口を開いた。

「ハイスクールのときからずーっと言ってるじゃない!恋愛禁止なんだってば!」
「でももうシスターやめるんだろ?」
「あ、う、そうだけど…!」

あなたっていつもそう、私の都合なんて聞いてくれないんだから!と俺に文句をつける姿はシスターのそれではない。まさにずっとなんやなんや交流を重ね、今まで縁を切ることができなかった幼馴染がそこにいた。

「都合聞いてたろ、ここまで待ったんだからさ」
「いや普通待たないでしょ…怖」
「アンタが手にはいるなら何言われてもかまやしないね」
「あー!あなたっていつもそう!」

頭を抱えてしまった名前に対して思わず口角が上がる。声を押し殺して笑いつつ、完全に「神よ、この馬鹿な幼馴染をお救いください」と十字架を手に祈り始めてしまった名前から十字架を奪い取る。
逃げられないと悟った名前と、絶対に逃がさないと瞳で名前を釘指しにする俺。ぱちりと瞳があって、そのまま彼女の顔をくいっと親指で上げてやる。

「スタン、ちょっと」
「目瞑って」
「ま、まだ駄目」
「まだ?いつならいい?」

キスをねだる俺にNOを突きつけて「とにかくダメ!」と期限すら提示してくれない名前の唇を思わず食むように奪ってやる。そうすると今まで抵抗していた力が徐々に弱まり、最後は諦めたように俺の服をぎゅう、と掴んだ。
唇を離すと顔を真っ赤にして呆然と俺を見る俺に、はくはくと震える唇。そして服を掴む力を強めた。

「せ、責任取ってよね…」
「最高、いつ式すんよ?」
「まだそこまで言ってない!」

いよいよシスターをやめざるをえないと顔を赤らめながらぼやく名前にしたり顔の俺。ここまで待ったんだ、もう待てるわけないっしょと開き直るとまたため息が聞こえた。

「とりあえず朝メシ行かね?まだだろ?」
「はぁ、そうやって誤魔化すんだから…。ああ、これからどうしよう…」

そう思い悩んでしまったものだから「じゃあまず食前のお祈りから止めてみなよ」と提案する俺に対して「それは無理な相談ね」と即答。やれやれ、まだ当分苦労しそうだと思いつつようやく俺の手に落ちた名前の腰を抱いて朝食をとるため食堂に向かったのだった。

公開日:2020年11月3日