スイートハニーは甘言がお嫌い

リクエスト内容:スタンリーのことが苦手(顔が良すぎて無理)な夢主がスタンリーから好意を寄せられる話


神の寵愛、そんな言葉が良く似合う人だと思った。

まるで絵画のような美しい容姿に良く動く体。部下曰く「神腕のスナイパー」であり、信頼も厚い。石化の日、まるでそのことを知っていたかのごとく、きっと世界で一番冷静だった彼の透き通る声。
全てがすべて、神様からの寵愛を一身に受けていながら人間性をまるで失わない。そんな彼が苦手だと言ったら神に対する冒涜だろうか?
泥臭く勉強ばかり、容姿にもろくに恵まれなかった私が神の造形を「美しい」と形容すること自体が冒涜なのかもしれない。けれど、この世界で最も神を冒涜しているのは。

「ヘイ、ハニー!今日も最高にキュートだぜ」

紛れもない、彼、スタンリー・スナイダー自身だと言ったら誰か大笑いしてくれるだろうか?

朝食を終え研究室に向かった私は今日も科学を押し進めるリーダーの下で手足として働く予定だった。もちろん、私もそれなりにお勉強ができた部類の科学者だったけれど世界トップクラスの科学者であるゼノには敵わない。結局私は神様からなにひとつ愛されなかったことをこの新世界に落ちてから知るのだ。なんて皮肉だ。
そんな事実はとっくに飲み込んで今日もゼノの手足に徹することは苦痛ではなかったし、なんなら向いていたようで毎日それなりに楽しく生活をしていた。
ただ一点、イレギュラーを除けば、だけれど。

「今からどこ行くん?」
「ゼノに頼まれて倉庫に。この前作った銃の試作品を取りにいくの。」
「ヘェ!是非エスコートさせてくれ」
「け、結構よ」

廊下を歩く私の横にぴったりくっついて歩く長い手足。エスコートさせてという言葉通りごく自然に抱かれてしまった腰に当たる手のひらが大きくって戸惑う。エスコートを断った私の言葉は聞き流してしまったらしい。つくづく飛び上がり者だ、こちらが目眩でどうにかなってしまいそう。

「倉庫、いろんなもん置いてっし危ないぜ?最強のナイトが必要だ。」

クリアブルーの透き通ったガラスのような瞳が私を写しながらそう笑った。ああ、なんて綺麗なんだろう。ずるい、ずるいなぁ。
事実、倉庫は過去の失敗作や試作品、資料や薬品が眠っている。しかもついこの間、棚が崩落する大事故が起きたばかりなものだから彼からの提案を断る手段はない。
言葉に詰まった私に「な?」と念を押すスタンリー。彼に負けて小さくこくりと頷くと綺麗すぎるその顔が喜びに満ちるものだから心臓がぎゅうと鳴いた。
や、やっぱりスタンリーが苦手だ。一緒にいると苦しい。しかしそんな私情はこんな世界ではご法度ということは十分理解している。抱かれた腰が、彼が触れた場所が熱を持つのを首を振って否定しながら、私に歩幅を合わせる彼と倉庫へ向かうしかない。

「しっかしゼノ、とんでもないこと言うな。アンタに銃持ってこさせるなんてさ。」
「別に使うわけじゃないから…」
「アンタに銃は似合わないって言ってんの。アンタは…そうだな、花とか似合うぜ。」

こんな世界じゃなかったら花束をプレゼントしてたな。なんて甘く口説かれては距離を取ろうとする私をガッチリ離さない。
ほら、とんでもない。神様の最高傑作であろう彼はなんと、なにも持っていない私を神に愛されたその藤紫色の唇で毎日愛を囁くのだ。これが冒涜以外の何かであるならば私に即刻それが何であるか教えて欲しい。

「花は嫌いか?」
「う、ううん、好き。」

スタンリーは花詳しいの?と世間話を振ると残念そうに首を横に振りながら「さっぱりだね」と口にした。彼くらいの容姿を持っていれば女性には困らなかっただろうし、花を渡して口説くなんて状況に出くわしたことがないのだろう。花を買う機会がなければ花のことなんて知ろうとも思わない。
そんな彼が私に花を、と思うとちょっぴり嬉しかったりもする。そもそも花が似合うと言われて嬉しくない女性なんていないだろう。い、いや、決してこれは「花束を渡したい」と言われたことによる驕りではない。あくまで冷静な推察だ。

「アンタに出会ってから花の知識がないことを後悔したもんでね。」

その一言にまた心臓が鳴った。ああ、調子が狂わされてしまう。ただでさえ綺麗なその顔で人を惑わすようなことを口にしないでほしいものだ。そしてスタンリー曰く、すべて本気らしいから困ってしまう。

「名前は?花詳しいん?」
「普通…かな。ちょっぴりだけ勉強したことはあるよ。」
「じゃあ俺に教えてよ。あ、そうだアンタ自身のことでもいいぜ?」

花についての話をしていたはずなのに私のことを教えろだなんて言い出すものだから面を食らってしまった。いたずらに笑うスタンリーの口角が上がり大きな瞳が細くなった笑顔が少しだけ幼く、無邪気に見える。それに思わず「そんな顔するんだ、」なんて呟いてしまう。
すると細くなっていたはずのスタンリーの綺麗な目が見開いてぱちぱちと私を見るのだ。はっとして口を押さえるがもう遅い、言葉はとっくに彼に届いてしまっていた。

「…アンタにだけだよ、こんな顔見せんの。」

あいつらには内緒な、と言って私の唇にふにりとスタンリーの長い人差し指が触れる。その、私の指とはまったく違う冷たくて少し無骨な指に心臓が大きく跳ねた。かああ、と顔に熱が走るのを止められない私をからかうようにスタンリーが口角を上げる。

「私、あなたが苦手だわ」
「知ってんよ」

そんなことを口にして私の腰を抱き直す。先ほどから心臓が鳴りやんでくれなくって困ってしまう。この心音をどうか彼に悟られないようにしなくては、とくらくらの頭を起こすために息を大きく吸い込んだ。

「そういやなんで花の勉強なんかしてたわけ?」
「学生のときに遺伝子についてのレポートを書いてたの」

過去の研究についてペラリと口にするとスタンリーはそれを嫌がる素振りもなく、ただ、興味があるような素振りも見せずに私の話を聞く。ゼノで鍛えられたのか、彼の相づちが心地良い。困ったことにどんどん饒舌になってしまう私をいつまでたっても止めてはくれない。

「…聞いても面白くないでしょ?」
「好きなことについて語ってるアンタが好きなんでね。」

何時間でも聞いていられるなんてリップサービスが上手い人。小さく「そう」と答えてみたものの、敬遠されがちな研究トークすら軽々と受け入れる彼からいよいよ逃げる口実が見つからない。そして追い討ちはこうだ。

「ああ、もちろん作業してるときのアンタも
好きだぜ。俺もあんな真剣な瞳でアンタに見つめられたいもんだ。」

そんなことを口にして、ピタリと歩くのをやめた。そのままぐいっと顔を覗きこんでぱちりと視線を合わされる。それに驚いてぱちぱちと数回まばたきをしながら息を飲んだ。綺麗なガラスが私を捉えて離してはくれない。止まった息を吸い込んで大袈裟に顔を反らすとスタンリーが「残念」と嘆くのが聞こえた。

「あ、あまりからかわないで…」
「からかってねぇよ。いつだって俺は本気だぜ?アンタの目ってさ、作業してるときとか好きなこと話してるときキラキラしてんの。」

その瞳で見つめられたい。そう呟いて、腰を抱く手のひらにぎゅうと力が入ったのを感じた。いつも部下の前ではクールで感情をあまり見せず、私の前でだっていつも余裕で甘い言葉を溢す人が感情を抑えきれないと言わんばかりに強く私を引き寄せ少し困ったように言葉を吐いた。もちろん、私の反らした顔を意地でも見つめながら。

「ね、俺のことも好きになってよ」

こっち見て、と優しく顔を上げられスタンリーの綺麗な顔が視界に飛び込んでくる。その顔はよく見なくてもわかるほどに恋慕に染まっていてきゅうと胸が締め付けられた。
どうして私なの、と今まで聞くことができなかった疑問を投げ掛けたかったがパクパクと口が上下するだけで声が出ない。ただただ彼の表情に、私に向ける恋心に困ってしまいながらも顔を赤く染めてしまう。だって、彼のこんな、私が恋しくてたまらないと言わんばかりの表情はずるい、ずるいじゃない。

「悪いね、そろそろ待つのに飽きてきた頃でさ。できれば返事が欲しい。」

完全に戸惑っている私に優しくそう言い聞かせるスタンリー。私とスタンリーが出会ってからスタンリーが私を口説くようになるまでそう時間はかからなかった。石化が溶けてから今まで、数年間ずっとスタンリーは毎日毎日飽きもせずに私に甘い言葉を投げ掛けていたものだから、彼が「待つのに飽きた」と私に訴えることがあるだなんて想像もしていなかった。
ずっとこのまま、私は彼から逃げ続けるものだとばかり思っていたのだ。だって彼が本気で私なんて相手にするはずがない。そう、ずっと。

「え、っと、」
「悪い、マジで脈ないならアンタのこと諦めるって話だからさ。そんな深く考えないでいーよ。」

諦められるかは別だけど。そう笑った彼の笑顔はいつもの彼の飄々としたものとは少し違っていた。ああ、そんな顔もするんだ。きっとこれも「私にだけ」と優しく唇を動かすのだろう。

「私は…」
「うん」
「スタンリーの顔がすっごく綺麗だと思うの」
「は?」

スタンリーが今まで聞いたことないような気が抜けた声を上げた。しかしそれに対して「事実でしょう!」と声を張ってしまう。

「透き通った瞳に凛とした眉、綺麗な二重も筋が通っていて高い鼻も何よりその唇も、全てすべて綺麗で羨ましくって直視なんかできなくって…」

今まで伝えたことがない想いをぼそりぼそりと口にするとスタンリーが小さく「なんだそりゃ」と呆れたように言葉を呟いた。
本当に、本当に初めて会ったときにスタンリーを心から「綺麗だ」と思ったのだ。こんな人間がいてたまるかとも思った。それでいて海兵隊特殊部隊の元隊長だなんて神様にどんなコネを使ったらそうなれるかわからない!

「だ、だからあなたが苦手で…」
「顔苦手って言われたの初めてなんだけど」

え、てかそれで逃げられ続けたん?!と私が信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚いたような呆れたような、もしくは馬鹿にするような声で私を責める。耳が痛くって思わず耳を塞ぐと「もう逃がさないかんな!」と両手首を掴まれてくぎぎぎと耳から手を引き剥がす。やだやだと抵抗するもスタンリーの力は全く弱まらない。

「何年アンタに好きだっつってたよ俺?!」
「い、一年くらい」
「三年だバカ!」

顔いじられんのは慣れてっけどさすがにこれは許せないと口にして私をがっちり捕らえる。スタンリーの大きな手のひらで私の両手首を罪人のように拘束されてしまった。うう、まさかスタンリーに裁かれる日が来るなんて。思わず「だって!」と逸る心臓と浅い呼吸を道連れにスタンリーに抗議を口にした。

「あなたの綺麗な顔に見つめられるたび息の仕方を忘れるし、」

はあ、と大きく息を吸う。ばくんばくんと心臓が口から飛び出してしまいそうだし、だんだん瞳がうるんでしまって、しかしそれを私はどうすることもできない。その状態でスタンリーのその綺麗な顔に訴えかける。

「あなたが触れた場所はずっと熱を持っておさまらないし、あなたが私を口説くたび胸がきゅうってして、苦しいの!」

だからあなたが苦手、苦手なの、と弱気に呟いて俯く。するとスタンリーが片方の手首をぱっと解放したかと思えば、すぐにもう片方の掴んだままの手首を彼自身に引き寄せる。いきなりの行動に驚いて少しバランスを崩すがスタンリーはお構い無しにぐいぐいと手首を掴んで引っ張りながら足早に歩きだした。

「す、スタンリー、なに?どうしたの?」

無言でズカズカと歩きだしてしまったスタンリーの大きな歩幅に置いて行かれそうになるが、それを掴まれた手首が許してくれない。

「スタンリー?」

何度か彼の名前を呼ぶと、スタンリーからようやく返事が返ってきた。

「俺が好きだって言ってるように聞こえた。」

その言葉に目を見開いてしまう。わ、私が?と戸惑って前を歩くスタンリーを見ると、顔は見えないものの彼の耳が赤いのが見えた。その光景にこちらまで顔を紅潮させてしまう。
スタンリーに連れられるままに向かった先は当初の目的通り、たくさんの物が収納されている倉庫。その意味がわからないままスタンリーが乱暴に倉庫のドアをあけた。そして首を傾げたままの私を倉庫に押し込んですぐにドアを閉めてしまう。そのままドアを背にスタンリーに追い詰められてしまった。

「ど、どういう…?」
「わかんない?」

暗い倉庫でもわかる、綺麗な顔。僅かに倉庫に入る光を逃がさずに反射するその髪が少しきらきらして魅入ってしまう。なにも理解できていないのにスタンリーは私の髪をさらりと撫でた。そしてあろうことかその綺麗な唇で私の髪にキスをする。

「な、な、」
「次、ココにすんぜ」

そう言って私の唇をトントンッと指で叩いた。それにびっくりして後退りしようにも背中にはドアがあって私の邪魔をする。本日一番の出来事に、そして今から起こるであろう出来事に頭がくらくらしてなにも考えられなくなる。私は倉庫にお使いに来たはずなのだ。なのに今、私はスタンリーにキスを迫られている。

「や、やっぱり私、あなたが苦手よ」
「今さら顔真っ赤にして言っても説得力ないっての」

嫌なら逃げて。
そう言って私がいつでも逃げられるように手首を掴む力を弱めた。そして神に愛されたその顔がゆっくりと近づいてくる。どうしても逃げることができない私はぎゅう、とすがるようにスタンリーの服を掴んでしまう。その瞬間に倉庫に保管していた何かがガタンと棚から落ちる音がした。
しかしそれが何か知ることさえ許されないまま、倉庫での時間を浪費してしまったこと。ゼノからのお使いすらろくに完遂できなかったこと。神様から愛された人に愛されてしまったこと、愛してしまったことを懺悔しなきゃいけなくなるなんて、きっと神様だって想定外だろう。そんなことを考えてはぐるぐる回る目を、覚悟を決めてそっと閉じた。

公開日:2020年10月29日