僕らの恋愛協定

リクエスト内容:同時複数恋愛を容認するオープンリレーションシップを題材にした話


という生き物は必ずと言っていいほど「私だけを見て」と主張するものだ。
他の女と会話するだけで嫉妬に狂い、束縛し、恋人である男を自分のたった一人だけの王子様だと信じてやまない。それが女という面倒な生き物だと思っていたし、今まではそれが常識だった。
が、まさかの事態だ。彼女のたった一人でありたいと願い、王子様ってやつにも彼女が望むならばなってやろうと息巻くほどに愛した女がその例外だったと言ったら誰か俺を哀れんでくれるだろうか?そしてそのたった一人の俺のプリンセスは今まさに俺にとんでもない要求を突きつけていた。

「前にも話したけどね、私たちやっぱりオープンリレーションシップの形式を踏襲したほうがいいと思うの。」

実に三ヶ月ぶりに休暇を取得し、少しでも長く名前と同じ時間を過ごしたいと彼女の部屋まで赴いた俺にそう突きつけてくる彼女の瞳は真剣だ。先ほどまで名前の作った料理を楽しみながら会話を重ね、たくさんキスをして何時ベッドに沈めてやろうかと企んでいた俺になんという仕打ちか。ため息が出そうになるのを飲み込み、彼女にできるだけ軽やかに返事をする。

「前も言ったけど絶対嫌だかんね」

彼女が提案しているオープンリレーションシップー…パートナーがいても他に恋愛やセックス、つまり一般的に言う浮気を容認する制度らしい。初めてそれを彼女から聞いたときは開いた口が塞がらず、それでも「それってつまり浮気OKにしたいってコト?」と冷静に、冷静に名前に問うたのだ。そしたらなんて返ってきたか。
「あらスタン、浮気じゃないわ。パートナー公認の恋愛ってこと。つまり浮気だと気に病むことじゃないの」

気にするわそんなん!アホか!と一喝しその場でその話題は強制終了。次言ったら怒るかんね、と伝えたが今日再び彼女はその話題を口にしたのだ。正直頭が痛い、なぜ彼女がオープンリレーションシップなんかを提唱してきたのか問いただす必要があるのかもしれない。

「もちろんパートナーには私を選んで欲しいけれど、自由に恋愛ができるのよ?なにを拒むの?」
「なんでアンタがそれに拘るのかわかんねーんだけど?」

思わず吸っていたタバコを乱暴に灰皿に押し付けて彼女を睨む。浮気したい相手でもいるのか、それとも既に浮気中で俺にそれを容認させるつもりなのか。そんな考えにしか至れず、正直嫉妬や焦り、気分の悪さでイライラが隠せない。

「だって、あなた学生時代に複数の女性と遊んでたんでしょ?」
「誰から聞いた」
「ゼノ」
「あいつ…」

思わず分かりやすく頭を抱えてしまう。名前とは本気だから余計なことを言うなって釘を刺していたはずなのに、どうして一番知られたくない過去をペラペラ話してしまっているのか。誠実の欠片もない男だから、浮気する前に容認してあげるわよって?普段から伝えてる俺の愛の言葉が否定されたようで余計にぐるぐると思考を掻き乱される。

「言っとくけど、アンタに出会ってから今までの女全員切ったし、そっからは名前しか愛してねぇからな」
「…そう」
「だからこの話題も終わらせてたくさん愛しあいてーんだけど?」

そう言って隣に座る名前のおでこに唇を落とす。その流れで目元にもリップ音を立てながらキスをするがいつもの可愛い反応がない。なにか考えこむように口をぎゅっと結んで、俺のスキンシップなんて気にしてないかのように見事にスルー。
まだダメか、とため息を吐き彼女の肩を抱く。小さくて細い体がこんなに近いのに遠く感じる。肩から伝わる体温を早く分けあいたいだけ、名前としか分け合いたくないだけなのに。

「…なんでそんなに容認させたいワケ?俺じゃ不満?」
「そういうわけじゃ…」
「寂しい思いさせちまってんのはわかってんよ。でもな、俺はアンタを愛してるから他の男にアンタを渡したくない」

事実、連絡すら返せない任務が多い身だ。こうやって会えるのは数ヶ月に一度、長けりゃ一年以上抱き締めることすら叶わない。寂しいと言われてしまえば、ただゴメンと謝り強く抱き締めてやることしか俺にはできない。
それでも本気で愛しているのだ、名前が他の男と仲良くデートをするなんて想像もしたくないし、それ以上なんて容認できるわけがない。まさか俺が女に対して「アンタのたった一人にして」と願う日がこようとは。学生の頃は想像もできなかった感情だ。

「ちなみに今浮気してねぇよな?怒らねえから素直に話して?」
「そんな不誠実なことはしません。そもそもあなたが男性の連絡先はゼノ以外消してしまったじゃない。」

ゼノとすら二人きりで会っていないわよ。そうピシャリと口にする名前。いよいよなぜ彼女がオープンリレーションシップを提唱するのかが理解できなくなってしまった。クソ、なんだか惨めで少し泣いてしまいそうだ。

「じゃあなんでそんなに浮気したがんの」

ぐ、と感情を抑えながらそう問う。相当情けない顔をしているのだろう、俺の顔を見て驚いたように目を丸くし唇を薄く開けたまま言葉を失っている。アンタにはわかんないかもだけど、軽薄で抱ければ誰でも良かった俺がここまで一途に大人しく彼女に忠誠であろうとしているのだ。名前以外いらない俺に、これ以上惨めな思いをさせないでくれ。

「ああスタン、違う、違うの!」

俺の服にしがみつき、ぱちぱちと瞼を上下させながら俺の言葉を否定する。その声や行動に必死さがちらついて、俺の誤解を解こうと余裕なさげに瞳を潤ませる。

「ごめんなさい、一番大事なことを伝え忘れていたわ。」

これじゃあなたが頷かないに決まってる、と胸元におでこをコツンと預ける。飛び込んできた名前が震えていて、どんな理由があるんだかと覚悟を決めつつ背中に手を回してやる。

「うん、聞かせて」

愛が足りないというなら朝まで愛し続けてやるし、不満があるというなら信念ねじ曲げてでも改善する覚悟だってある。今さらなにを言われても俺の気持ちは変わらない。
少しだけ沈黙が続き、言葉をまとめ終わったであろう名前がゆっくり唇を動かす。その顔をじい、と見つめるとぱちりときちんと瞳を合わせてくる。よし、嘘をつくつもりはないみたいだ。

「もし、もしね、あなたが戦場で私が想像もできないような耐え難い苦痛に見舞われたとき、私は傍にいてあげられないから…。」

その言葉にピクリと指先を動かしてしまう。名前から出た言葉は俺の想定を大きく上回る、いや想定外だ。俺の愛が足りないだとか不満があるだとか、そんなレベルの話ではない。喉奥から「うん、」と相槌をひねり出して彼女の言葉を聞く。

「そんなとき、私以外の誰かに体温を求めてもいいのよって言いたかっただけなの」

なんて不器用な!と彼女を糾弾しそうになったがそれよりも名前の俺に対する大きすぎる愛情にくらり、思考を奪われた。普段、俺の仕事に不満を抱えているものだとばかりに考えていた。…いつも傍にいられないのは俺のほうだ。
つまり、名前が寂しいときも悲しいときも傍にいられない俺を許し、自分が補えない穴を他で埋める提案をしていたつもりなのだ。なんて馬鹿な女なのか。

「…アンタはそれでいいわけ?」
「あなたの心が休まるなら。」
「ハァー…バカだね、名前以外の奴が俺を慰めれるわけないじゃん。」

名前の手を取り、すり、と自分の頬に寄せる。確かに任務中は精神的にキツイことや余裕がないときだってある。しかし、名前以外にそれをぶつけることもましてや癒しを求めることもしたことはないし、したくはない。俺には「おかえりなさい」と玄関で俺を出迎える名前がいればそれでいいのだ。

「だから余計にダメなの」
「なにが?」
「あなたは、私に執着してるから。」

なんっじゃそりゃ!と脱力しそうになってしまうが彼女の瞳は真剣だ。ああもう、どこから説明してやりゃいいんだ?愛してるじゃ足りない女だ、もう全身時間をかけてキスして回りゃいいんか?いや余計に執着してるだのなんだの言われちまうのか。
…若い頃に特定の相手との繋がりを作らず、不特定多数と遊び歩いていたことも原因かもしれない。複数と関係を持って平気だった俺が一筋だと言えば、まあ、執着していると言われても仕方ない。
こりゃ素直に愛してるとだけ伝えて様子を見るしかない。まったく、素直に愛させてくれよプリンセス。

「執着してる?バカ言うなよ、ただアンタを愛してるだけだ。」
「それを執着してるって言うの!もし…もし、あなたがその考えのまま私を裏切ったら、あなたが傷ついてしまうのよ」
「そんな傷なら大歓迎だ」

なんとなく彼女の腹を読むことができて安堵する。オープンリレーションシップなんてもんを持ち出して、俺がもしメンタルやられて他の女に走っても容認するからそのことで病まないでと言いたかったらしい。回りくどすぎて頭痛がすんな。

「まず名前は勘違いしてんぜ」

そう指を立てて彼女に説く。

「しんどいときとか、キツイときは確かにあんよ。否定しない。でもな、そんなとき俺はずっと名前を想ってんだよ。」

間違っても即興的な愛情を求めたことはない。そうゆっくり説明をする。

「まず次会ったら飽きるくらい抱き締めてやろうって思うし」

そう言って名前の体を抱き締める。難なくそれを受け入れた彼女の瞳は揺れていた。

「たくさんキスだってしたい。俺がいない間の話を聞かせてほしいし、俺だって聞いて欲しい。そんでたくさん触れ合って、最後はベッドで二人で眠れたらどれだけ幸せか。早く帰ってアンタに触れたい。ずっとずーっとそんなことを考えてる。」

他の女が入る余地なんてないね!とキッパリ断言する俺に、泣きそうな顔で俺の名前を呼ぶ名前。そんな瞼に唇を落として髪を撫でる。するりとすり抜けた名前の腕が俺の背中に回り、ようやく俺たちの壮大なすれ違いが解消したようだった。

「名前の体温以外いらない。」

すり、と彼女の頬にすり寄ったあとに首筋に唇を落とす。スタン、と熱っぽく名前を呼ぶ名前がぎゅう、と回した腕に力を入れて強く俺を求める。ああ、もっと早く言ってやればよかった。愛してるなんて気軽に口にできるが、愛を説明するのは中々難しいもんだな。

「あなたの話をもっと聞いておけばよかった。」
「そーだよ。だからもう、この話題は二度と出さないでくれ。頼む。」

浮気したい相手がいるのかと思って気が気じゃなかった、と伝えると目をまんまるにして驚く名前。想定もしていなかった、と口にした彼女にほっと胸を撫で下ろした。

「次この話したら朝まで寝かせないかんね」
「そ、それは困る…」

当たり前だろ、どんだけ俺が今回の件で悩んだと思ってんだ。むしろ仕事のストレスのが軽かったね、とタバコを手に取る。火をつけて煙を思い切り肺に吸い込んでようやく息を大きく吐き出せた。長かった。本当に長かった。三ヶ月前から引っ掛かっていた胸の詰まりが煙と共に宙を舞う。

「そーいやゼノからどこまで聞いてんの」
「え?毎日違う女の子と朝帰りしてた話?」
「全部聞いてんじゃん…」

クソ、あとでゼノに糾弾のメールを入れる必要がありそうだ。余計なことを言いやがって、名前の不安を煽った罪は深い。…不安、煽られてるよな?

「ちなみにそれ聞いてどう思った?」
「あ、やってそー!って」
「もういい、よーくわかった。」

やきもちを期待したわけではない。それにオープンリレーションシップを提案した時点で浮気したって名前の嫉妬を買えないことにはなんとなく気づいていた。しかしいざその事実を本人に突きつけられると虚しさが苛立ちに変わるものだ。なに?俺は名前が男に触れられるだけで嫉妬で気が狂いそうになんのに、アンタは平気だってか?
つけたばかりのタバコをまた乱暴に消して名前の唇に吸い付きガリ、と下唇に軽く歯を立てる。びくりと体を強張らせた名前の下唇をぺろりと舐めて指先で背中をツゥーとなぞってやると彼女の唇から嬌声が漏れた。

「俺のことしか考えらんなくしてやるよ」

その言葉を聞いた名前の表情に動揺が張り付いて視線が泳ぐ。俺の言いたいことが伝わったようでなによりだ。

「す、スタン?まだ夕方よ?そうだ、一緒に映画でも」
「朝まで可愛がってやんよ」

そう言って彼女を捕まえて抱き上げる。抵抗したって無駄なことを知っている名前は失言だったわ、取り消す、取り消すから!と腕のなかで声を上げているが知ったことではない。
さて、二度と浮気を容認するだなんて言えなくしてやろう。ついでに俺がどれだけ名前を愛しているか、名前に愛されたいと願っているか体の隅々に突きつけてやろう。そんなことを考えながら彼女が普段眠っているベッドに二人で沈みこんだのだった。

公開日:2020年10月3日