ハンデブレイク・テロリズム 後編

あなたの完全犯罪を、ずっと追っていた。
あの日スタンの部屋で石化が溶けてからずっと胸に引っ掛かった疑念。それは調べれば調べるほどに執着にまみれていて飲み干すには少しくどい。

「まるでテロリストね」
「おお、間違いないね」

そう文句に近い言葉は同じ部屋で作業をしていた年下の男の子…と、言うにはずいぶん大人になってしまった、私にとって「弟」のような存在。世界トップクラスの科学者、Dr.ゼノが私の言葉を代わりに飲み込んだ。

「弁明しておくが、僕は止めたよ」

そうクツクツ嫌らしくゼノの喉が鳴れば、深いため息が漏れた。それもそのはず、ゼノの証言によれば私に起きた不幸と呼ぶべき事象は「もう一人の弟によって引き起こされた」ことが確定してしまったからである。

ずっとおかしいと思っていた。私があの大災害から数千年、たった二年とは言えゼノやスタン、他の軍人と起きるタイミングがずれたこと。石化から復活する条件が「ずっと脳を動かしていること」にしては私が早々に目が覚めないわけがない。これでもずっと思考を止めなかったし、止めていたらきっと私はここにいない。

あとはあまりにタイミングが良かったこと。自然に石化が溶けたにしては、スタンが部屋にいるときに目の前でなんてまるで作られた偶然だ。そう、それはまるで「科学による再現性」。偶然性を否定するわけではないけれど私の目にはそれは当然、必然に映った。
彼には悪いけれど、少なくとも私にとってロマンチックでドラマチックな偶然は「生まれるもの」ではなく「創り出すもの」でしかない。

そしてあの日、数千年ぶりに鼻についたのはスタンの煙草でも匂いでもない。間違いなく硝酸の、独特な匂いだった。

「スタンも詰めが甘いね。絶対バレるに決まっているのに」
「しかも私以外の石像は外に転がしっぱなし。不思議に思わないほうがおかしいわ」
「それは…顔見知りが全裸で転がっているのはさすがに目覚めが悪かっただけだが」
「…ゼノにも倫理が通用するなんて驚きだわ」

二人そろって私の全裸について触れないでほしい。聞いたところによると、当たり前といえば当たり前だけれど目覚めた当初は草を身に纏っていたらしいからそれに比べたらかなり、かなーりマシな待遇だけれど。

ふう、と大きなため息を漏らすとゼノがちら、と顔色を窺ってくる。確信を得てしまった私の様子が気になったんだろう。そしてそのまま珍しく、おそるおそる私に対して疑問を投げかけた。

「君はスタンを責めるか?」
「今更ね。どうしてスタンがそんなことをしたかはよくわからないけど」

足の付け根に剥がれず残っていた石片。そこに硝酸をかけるとパキリ、洗っても取れなかったそれが綺麗に剥がれた。それを見たときに納得したやら感動したやら、とにかく私は二年放置されていたことより科学に夢中になってしまったわけだ。そんな私に彼を責める資格はない。
そもそも結果としては起こしてもらえたわけだから問題はない。さすがにあと数千年息もできないまま起きていろと言われていたら発狂していたかもしれないけれど…。むしろ衣食住が揃ってから起こしてもらえたのはラッキー、とまで思ってしまっている。
だってすぐにベッドで寝れたのよ?食事だって今は肉ばかりだけれど、コーンの生産が安定するまで苦労しただろうに。

「…君、スタンが二年も耐えた理由わかってなかったのかい?」
「スタンは私が好きだなんだ言ってたけど…」

目をまんまるに見開いたゼノの問いに、こちらはしどろもどろと返事をするしかない。正直、ゼノにこんな惚れた腫れたの話をするのは気まずいけれどそれより真相が知りたい。そもそもゼノはスタンの情念を知っていたのだろうか?あの二人が恋愛について会話しているところなんて想像もできないけど…。

「なんだかスタンが不憫でたまらないよ。君はハイスクール時代にスタンに告白されたことを忘れたのかい?」
「…え、そんなことあった?」
「おお、あんな酷い振り方をしておきながら本人が忘れているとは!」

形勢逆転と言わんばかりにゼノの声が大きくなる。そうして大袈裟にいかにも「嘆いています」と言わんばかりに私を責め立てる。一方私にはそんな記憶がまったく、心の端にも引っかからない。

「数千年前、君が遠くに引っ越すと聞いたスタンリー少年が”いつか迎えに行く”と言ったことを忘れてしまったのかい?」
「あれ告白だったの?!」
「しかもそれに”年下には興味ない”なんて一蹴して少年の心に深い傷を残しておきながら…おお、なんて残酷なんだ!嘆かわしいね!」

言った気がする。
というか、確実に言った。しまった、あの時はスタンがいつまでたっても私離れをできないんじゃないかと思って、それこそ良かれと思ってそのセリフを吐いた気がする。
それを何十年、何千年もスタンは引きずったと言うのだ。そんなの執念以外の何物でもない。

「…今後は慎重に発言するわ」
「ぜひそうしてくれ。最も、もう手遅れだけどね」

ニィ、とゼノの口角が上がった。そして私の頬をツウー…と撫でてそのまま複雑な表情を隠しきれない私の顔を上げた。そして真っ黒な双眸に捕らえられる。

「スタンは絶対に君を逃がさない」

観念したほうが身のためだ。
そう告げる瞳に、思わずごくりと息を飲んでしまった。完全犯罪と呼ぶには粗削りな力技。それでいて決して逃げ場なんてないゲーム。人類を石に変えてしまった光よりも暴力的だと感じてしまっては、まるでスタンがテロリストのようだ。
残念ながら私は抗う術を持ち合わせていない。

公開日:2021年3月21日