ハンデブレイク・テロリズム 前編

リクエスト内容:年上ヒロイン。
2歳の年の差のせいで弟としか思われなかったりボーイフレンドを作るのを止められなかったりして歯がゆく思ってたら、石化解消の個人差によって年齢が同い年になる。それにかこつけて「同い年なんだし仲良くしようぜ」とガンガン攻めてくスタンリーの話


「ごめんね、私年下には興味ないの」

ひらひらと軽くあしらうように振られた手のひらが、数十年、数千年経った今でも忘れられない。身体中を巡る血液が熱い。自分が今、どんな顔をしているかさえわからない。そんな中、年上の彼女から突きつけられたのはどうしようもない現実だった。

たった2コ。たった二年早く生まれただけ。それだけなのに年上のお姉さんぶって俺やゼノに接する…幼なじみと言うには少し距離のある、近所に住んでた顔見知り。
そんな彼女の柔らかい微笑みに絆されて、ハイスクールを卒業したら何千マイルも離れた大学に行くと笑っている名前の手を握った。そして「俺が卒業したら迎えに行くからどうか待っていてほしい」というティーンにありがちな愛の告白を。
必死の牽制をどうか受け取って欲しい。大学に行ってもどうか俺のことを忘れないでいて欲しい。そんな決死の覚悟のもと決行された人生の一大イベントは年下という理由だけで見事玉砕。まるで昨日のように鮮明に脳にこびりついている。

そしてそれを自分ですら「執念じみている」と気づいたのはあの光が注いだ日、彼女の後ろ髪を見つけてから数秒。緊急召集された公園で片手にタブレットを持って白衣を着た名前を見つけた瞬間。無意識に彼女の姿を探していた事実に思わず息を飲んだ。
久々に再会した名前は仕事中だからか眼鏡をかけていて髪も綺麗にまとめ上げている。化粧っ気なんてなかったくせに整えられた肌によく似合う口紅が咲けば、俺の呼吸を奪うことなんて容易い。変わらない笑顔が、柔らかな声が心地いい。
そうやって硬直して声をかけあぐねていた俺を大きな瞳が見つけ出して「あら!久しぶりねスタン」と微笑んだ名前は正に俺の女神だった。

最後の号令はアンタに届いただろうか。それを確かめるべく自室に向かう。今日は俺の石化が溶けて丸二年、ようやくこの時を迎える。片手はゼノから預かった硝酸をちゃぷんと揺らし、もう片手には陽気に煙草なんかを携えている。

俺は今から、彼女に目覚めのキスをする。

「石化解消には個人差がある。きっと名前もいずれ起きてくるだろうね」

石化が解けたその日、ゼノは名前の石像を眺めながらそう呟いた。どうせ起きているんだ、早く目覚めてくれないかと石像の頬を指で弾いたゼノ。そのあと大袈裟に…いや、ゼノにとっちゃ本気で痛かったのかもしれないが低いうめき声を上げて指を労る。
そんなゼノに「条件は」と短く問うと短く笑い声が上がる。そして間髪入れずに仮説を説いた。

「意識を保っていること。これが必須条件だ。もし彼女が眠っていたら復活はしないだろう」
「どうせ起きてんよ。こいつの根性知ってんだろ。他には」
「石化前に話しただろう。ああ、そういえば君に話を遮られたんだった」
「んなこと覚えてっかよ。いいから、名前を起こす条件を教えろ」

君は相変わらず性急だねと不満を垂れながら、ゼノがぼそりと「硝酸だよ」と自分の頬に指を当てながら呟いた。

「早く起こしたいならそこらへんに転がしておくといい」
「つまり、このまま回収すれば硝酸をかけるまで目覚めないってことね」
「…勘弁してくれよ」
「本気だぜ」

俺の主張を察したゼノは目を丸く見開いて、そして呆れたように深いため息をついた。そして俺の瞳をじい、と覗きこんで「…僕は反対だが、君の好きにすればいい」と意図を汲んだ。
決して埋まらない年齢差を覆すチャンスだと思った。石化は謎鉱石のタイムカプセルだ、と、なると先に目覚めた俺は年を食うが名前はあの頃のまま。
年下には興味がないと言い放った彼女。いつまでたっても「可愛い弟」扱いにも飽きてきた頃だ。まさか前代未聞のテロが好転するとは思わなかった、とほくそ笑んだ俺に共犯者であるゼノは「開いた口が塞がらないよ、まったく」と最後まで俺の計画に反対していた。

自室に連れ込んでいた石像の頬を撫でる。冷たく無機質な鉱石は、俺にとっては特別な人。何度も撫でた頬に首筋。何度も触れた指先や唇に指を走らせて彼女との思い出に浸ってしまう。
あの計画を立ててから二年、名前が目覚めることはなかった。都合がいいやらホントに起きてんのか?と不安になるやらで忙しい感情とも今日でおさらばだ。今から彼女に硝酸をかけて、決着をつける。

「どうかもう一度、名前を呼んでくれ。俺の愛しい人」

一思いに硝酸を石像にかければ、心拍数が上がった。酷く呼吸が浅くなって、ばくんばくんと跳ねる心臓。「もしも」を考えるたびに撫でた頬。「万が一」が過るたびに握った手。
アンタの体温に触れたい。そう願ってもう一度頬を撫でた瞬間だった。ピシリと聞き慣れない音がして石像に亀裂が入る。そのままバラバラと落ちていく石片から覗いたのは白い肌だった。
思わず石像を抱き締めると一気に石化が溶ける。柔らかい肌に、とくんとくんと鳴っている心臓の音に視界が歪んだ。はあ、と大きく息を吸った名前はそのまま俺の髪に触れて頭を撫でる。そして開口一番、数千年経っても変わらない柔らかい声を上げた。

「スタン」

名前だ。
ぐっと抱き締める力を強めると「ふふっ」と声が漏れる。そしてまたくしゃりと俺の髪を乱した。

「…久しぶり、名前」

そう言ってやれば「数千年ぶりね!」と楽しそうな声が上がった。こりゃダメだ、感動の再会もそこそこに未知の科学にテンションが上がっている。顔を見なくてもわかる、彼女は俺の腕の中にいるにも関わらずこの状況を飲み込んで自分にへばりついていた石片に夢中になっている。

「…名前」
「へー、なるほどねえ。光を浴びただけで石になるなんてファンタジーもいいところだわ」
「名前!そりゃないだろ!」

そう糾弾してそのまま名前を抱き上げてやると「わ!」と驚いた声を上げた。そして観念したように石片を手放してやれやれと言わんばかりに俺の瞳を覗く。そうして相変わらずの一言を投げつけてきた。

「先に目覚めてたの?さすがね、good boy」
「弟扱いはやめてくれ」
「スタンは私の可愛い弟だもの。褒めるくらい許して」
「…俺、アンタの同い年になったんだけど?」

そう事実を突きつけてやると今まで動作が多かった身体がピタリと止まった。「また石になっちまったん?」とからかって顔を見てやるとパクパクパクと高速で唇を上下させて顔は心なしか青い。そうして数秒、きっと頭をフル回転させた直後であろう名前が思い切り口を開いた。

「私、二年も長く寝てたの?!」
「そだよ、もう意識飛ばしちまったかと思ったぜ」

正確には起こしてやらなかった、が正しいがそんなことを言ったら嫌われそうだ。せっかく同い年になったんだ、都合の悪いことは全部葬り去る。名前にバレなきゃ嘘は事実に変わんだ、もちろん、周囲には嫌ってほどに釘をさしている。

「…まぁいいわ、数千年のうち二年なんて誤差だもの。で?どこの国のテロかはわかったの?」
「さあね。起きたら全裸で森ん中。文明はぜーんぶとっくの昔に塵になってんよ」

アッサリ流されてしまった執念に思わず拳を握るが、今は情報共有のほうが先だろう。説明したあと、ゆっくり攻める。あいにく石化前とは違って時間だけはある、焦らなくてもいい。

「…全部?」
「うん、全部」

また固まってしまった名前。そうして数秒フリーズしたあと、いきなり俺の胸をドンドンと無遠慮に叩いて「下ろして!」と悲鳴を上げた。大人しく名前を床に下ろしてやると一目散に窓に向かって走っていく。そうして窓から見下ろした風景を視界に捉えたあと、震える声で俺にすがりついた。

「…本当に、全部なくなっちゃったの…?」
「…ん」

さすがに名前も自然が広がる光景がショックだったのだろう。俺が肯定をした瞬間にへなへな、と床に座り込んでしまった。細い肩は震えていて思わず彼女の名前を呼ぶ。

「私の研究が…」
「え、そっち?」
「私の…可愛いbabyたちが………全部………」
「あー、うん。全部パーだね」

どうやらこの科学者様は文明が滅んだことよりも自分の研究が失われたことがショックだったらしい。深いため息を吐いたあとにテロリストが許せないと暴言に近い言葉をぼっそり呟いた。テロかどうかも定かじゃないのに今は誰かのせいにしてしまいたいんだろう。後ろ姿がしょんぼりと小さく丸まっている。
かなりショックを受けてそうな名前の頭を後ろから撫でてやるといきなり名前がぱちん!と自分の頬を軽く叩いた。そうしてすくりと立ち上がって「よし」と表情を切り替える。…合理的なのも大概にしてほしいもんだ。

「この音、ハーバーボッシュプラントよね?どうせイエローデントも育ててるだろうし畜産と燃料、アンモニアの心配はしなくてよさそうね」
「今日くらいは休んでいいんだぜ」
「情報記録媒体は何を利用してるの?」
「…大体レコードか紙にまとめてんね」
「レコードがあるなら上出来ね」

俺の言葉を無視して次々に質問を繰り返す名前。そして一通り聞きたいことを聞き終えたのか満足そうに唇の端を上げた。「あとでゼノを褒めてあげないと」と呟いた名前は考え込むように自分の唇を触りながら黙ってしまう。まったく、相変わらず俺らのお姉さん気取りだ。ゼノも同い年になってるっての。
そんな科学一筋の彼女にしびれを切らして腰を引き寄せる。考え事をしている名前に「Hey」と声をかけるも名前は微動だにしない。さすがに少しイラついて、まだ石像気分が抜けない名前を抱き上げた。
そして抵抗もしない名前をベッドに転がして、その上に覆い被さるとようやく名前の瞳がぱちくり、俺を捉える。

「…スタン?」
「いい加減俺のことも見てくれよ」

そう言ってするりと頬を撫でてやる。ベッドに散らかった髪をすくって落とすと、小さくピクリ、名前の足が動いた。初めて俺に対する反応を示したことにクツクツ笑いながら頬に唇を落としてやる。

「スタン、」

もう一度俺の名前を呼ぶ。その声が愛しくて仕方ない。初めて組み敷いて見下ろした名前に俺の影が落ちれば自然と心拍数は早くなった。無意識にごくり、と喉を上下させた俺を名前は戸惑ったように見上げている。
…絶対に逃がさない。そう胸に誓ってその唇に噛みついてやろうと企んだ。

「もう待ったはナシだぜ」
「その顔どうしたの?」

きょとんと顔を呆けさせて、俺の言葉は全部無視。そうして俺の頬や目元、鼻の頭を彼女の細くて柔らかい指がなぞった。何度も俺が握った指が今、俺の顔を撫でている。その優しい手にうるさく心臓が跳ねれば顔に熱が走った。

「ヒビんこと?」
「ヒビ?」
「石像に入ったヒビが皮膚に戻んなくてこうなるってゼノが言ってたぜ」
「あー、なるほど」

そうまじまじと顔を見つめる。そうして「もう少しよく見せて」と俺の頭を引き寄せた。至近距離で数秒、興味深そうにヒビを見てはぶつぶつと考えをまとめる。…こんな近いのに平気そうでムカつく。つーか今の今まで俺の顔なんか見てなかったってことかよ。余計ムカつく。

「アンタにもあると思うぜ」
「ほんと?顔?」
「顔にはねえが腹と内腿、あと背中にかけて一筋」

そう言ってヒビが入っているであろう腹をツゥーと指先でなぞる。いきなり与えられた刺激に「んっ?!」と声があがれば、ようやく俺の行動に疑問を抱いたようだ。彼女が困ったようにぱちくり、瞳を動かせばようやく俺のペースに引きずりこめたと確信を得た。

「ま、待ってスタン」
「待たねえっつったろ」
「…なんでヒビの場所知ってるの」
「見たかんね。全部。なんでも知ってんよ」

そう答えてやれば、ついに名前はかああ、と頬を赤に染めた。それに「可愛いね」と思ったことを伝えてやればバッと両手で頬を隠す。その反応がたまらない。

「裸見られっとそんな風に照れんだね」
「…あ、あなたは私の」
「弟じゃない。アンタに惚れてる一人の男だ」

そう言って両手を顔からどけて拘束。そしてそのまま唇にがぶり、噛みついた。ふにりと柔らかい唇にぴくんと名前の可愛い反応が乗れば自然と息が漏れる。…しまった、止められなくなりそうだ。
自分の理性に歯止めが効くうちに唇を離すと魚のようにぱくぱくと口を上下させて耳や首まで真っ赤な名前が視界に飛び込んできた。それに思わず笑うとどすり、胸に拳を突き立てられた。そんな反応すんだ、と言ったら余計に可愛い抵抗を食らいそうだ。

「ま、これから仲良くしようぜ。My Sunshine?」

顔も名前も知らないテロリストに告ぐ。俺を名前の隣に立たせてくれてあんがとよ。

公開日:2021年3月18日