ふたりの世界の傍観者 ゼノ視点

※日本組と和解後のif時空です。
※ゼノがスタンリーと夢主の限界オタクをしています。
※なんでも許せる人向けです。ご注意ください。


突然だが、僕には応援しているカップルがいる。
幼馴染のスタンと同業者の名前。僕にとって身近で大切な友人同士の初々しいカップルだ。初々しいといってもふたりが交際をはじめてから今日でジャスト5年。きっと当人たちは石化の影響もあってか記念日なんて忘れきっているが、僕だけは覚えている。
それはなぜか?答えは簡単だ。

ふたりは僕の「推しカプ」だからである。

Mr.ゲンからこの言葉を教えられたときは衝撃が走った。「推しカプ」とは自分が最も応援しているカップルのことで、元々は他人に推薦する、という意味が「推し」という概念を作り出しこの造語ができたらしい。
おお、なんと日本語とは奥が深いのか!意味や成り立ちをMr.ゲンから聞いたときは思わずエレガント!と日本のオタク文化を称賛してしまったものだ。なんて僕の心情を的確に表した単語なのだろう。しかも他にもたくさん彼らを表現する言葉を教えてもらった。こんな原始の世界になっても新しい言葉を知ることができるとは、教えてくれた彼には感謝をしてもしきれない。

さて、そんな僕の推しカプだが本日で交際5年目。交際前からふたりをよく知っている僕にとって忘れることができないおめでたい日だ。
僕が名前をスタンに紹介してふたりが連絡を取り合うまでが長かった。スタンが名前に一目惚れをしてからどれだけもどかしい思いをしただろうか。はやく付き合ってくれ!と傍目から見ていて何度願ったかわからない。そしてふたりの交際がはじまった日に飲んだワインは最高だった。

そこからスタンと名前の関係を温かく見守ってきたわけだが、以前…石化前は互いから近況を聞くだけで満足だった。それが今じゃどうだ、名前とスタンが同棲をしているのである。いや、厳密には同棲というよりは共同生活なんだがこの際なんでもいい。こんな至極幸せがあり得ていいのだろうか。石化が溶けてから3年経った今でも都合の良い夢なんじゃないかと思うよ。
自分がその同棲生活の近くで軍人どもと共同生活をしているのはまったくの解釈違いだが、ふたりの家を別に建てる余裕はない。だからこの生活も奥歯を噛み締めて耐えているわけだ。

だが悪いことばかりではない。身近にいるからこそ見れる会話や逢瀬、惚気だってある。それにふたりの無線での会話を盗聴・録音しても誰も僕を咎めないなんてすごいことだと思わないか?さすがに事あるごとにそれを聞いているなんてスタンにバレでもしたらすぐにでも絞め上げられかねないが、そこは完全犯罪。もちろん、無線が完成してから数年一度もふたりにはバレていない。というよりはバレてはいけない。
そして石化から数千年経った今も僕はするりとふたりの近くに居座り、石化前と変わらず、相談役なんていう役得なポジションを死守しているわけである。今もこっそり研究室を訪れた名前が紅茶を飲みながら「あのね、」と眉間に皺を寄せて悩みがありそうな態度で口を開いた。

「スタンの過保護がちょっと鬱陶しいの」
「…ほう」

こ、これは…!

「朝ちょっと会えないだけで一日中べったりくっついてくるし、千空くんやクロムくんとお話してても猫みたいに邪魔してばかり。挙げ句の果てには私を美女だって言ってくれた龍水くんに威嚇したのよ?!本当に馬鹿なんだから…」

愚痴に見せかけた巧妙な惚気じゃあないか!
今まで名前のスタンへの愚痴は数回聞いたことがあるが、8割は惚気でしかない。今回もその類のようで、ため息をついている彼女に今すぐにでも「満更じゃないんだろう?!」と突きつけてやりたかった。名前はいつもそうだ、惚気と愚痴の区別がついていない。これは立派な惚気だ。そして僕は惚気が大好きだ!もっと言ってくれ!

「ゼノ聞いてる?」
「聞いているよ。それは大変だったね」

聞き逃すわけないじゃないか!名前の惚気なんて数ヶ月に一回聞けたらいいほうだぞ!
ムッと頬を膨らませた名前が僕を責めるがそれを受け流す。正直今すぐに名前が惚気ているという事実を噛み締めたいが、今は目の前の名前の相談に乗るのが先だろう。まったく、相談役も骨が折れるってものだ。
相談役に徹した僕が「大変だったね」と同調してやれば「そうなの!」と名前が声を荒げて僕の瞳を覗きこんだ。大きな瞳が怒っていますとばかりに主張して歪んでいる。そして大きなため息をついて続きを口にした。

「ランチくらいは日本の女の子たちと食べてみたいのにスタンがいるから近づいてもきてくれないし…。今日だって歯形つけておきながら素知らぬ顔!もう!」
「歯形?」
「スタンの悪癖よ!私の右肩はいつか彼に噛みちぎられるんだわ!」

…え、初耳だが?君たちもしかして僕が隣の部屋にいるのにそんな…え?クッ…スタンの部屋を防音にした過去の僕をぶん殴ってやりたい。さすがの僕でもふたりの情事は覗いたことがないが、聞こえてくる声は不可抗力だっていうのに!

「…それは災難だったね」
「そうよ!いっつもそう!」

いっつもそうなのかい?!
深掘りしたいが今ここで幼馴染と同業者のそういう事情を聞き出すのは如何なものか。さすがに僕にも立ち入ってはいけないゾーンは理解しているつもりだ。今回も下唇を血が滲むほど噛み締めながら「君たちはどんなセックスをするんだい?!」と聞きそうになるのを堪えた。偉いぞ、僕。

「私を愛してくれてるのはわかってるけど、重い!重いのよ!」
「…そんなこと言いながらスタンと一日会話しなかったら寂しいんじゃないのかい?」
「そっ………そうだけど………」

一瞬答えに困った名前がしどろもどろと言葉を吐いた。名前は愚痴を言っているつもりなものだからスタンへの愛を確認してやればすぐに視線が泳ぐ。しかし否定はしない。それどころかみるみるうちに耳が赤くなっていく。表情は悔しそうに唇を歪ませているが、照れているようにしか見えない。おお、困った。そういうとても愛らしい表情は是非僕にではなく、スタンに見せてほしいものだ。

「千空との談論を邪魔されて怒る気持ちもわかるけどね。あのスタンが年下の男に嫉妬しているんだ。君は優越感に浸ってもいい」
「で、でも私は仕事をしているのよ?」
「そこは許してやってほしいね。どうやらスタンは君のことになると心が狭くなるみたいだ。普段はあんなに冷静で頼りがいのある男なのにね」

そうわざとらしくため息をついてやれば、名前が驚いたように瞳を揺らす。けれどそのまま顔や耳に紅を走らせて少し俯いてしまった。かああ、と熱を集めた頬を両手で包み込んでそのあからさまな好意を逃がそうと躍起になりながらちらり、僕の瞳を伺う。スタン!早く来てくれ君がこの最高に可愛い名前を見ることができないなんて僕が耐えられない!

「そうだけど…」
「名前は嫉妬深いスタンは嫌いかい?」

そう問うとまんまるに目を見開いた名前が息を飲んだ。そしてそのまま数秒、悩むように唇に丸めた人差し指をあてる。名前が考え込むときの癖だ。

「…スタンには内緒にしてくれる?」
「おお、秘密の共有先が僕でいいなら誰にも言わないと約束するよ」
「…あのね、実は私もちょっぴり女の子に声をかけられてるところを見ると妬いちゃうんだけど…が、我慢してるの…」

幼馴染の念とかで今すぐにスタンを名前に疑われることなく呼び出せないだろうか。
目の前の女性は瞳をゆらゆらと揺らしながら僕にそんな内情を吐露する。悩みに悩んで僕に共有したそれはれっきとしたスタンへの歪むことがない愛情だ。名前からこんな甘い感情を引き出せるとは思わなかった。机の下で小さくガッツポーズをしてしまった。

「なのにスタンはそれをぶつけてくるんだもの。私の気持ちなんか知らないで」
「君は本当に可愛いね…言ってやればいいのに。きっと喜ぶよ」

顔を真っ赤にした名前が再び俯いてしまう。けれど指の隙間から「…考えとく」と小さな声が聞こえて胸を撃ち抜かれてしまった。どうしてスタンじゃなくて僕がこんなにも可愛い名前を見ているんだ?名前も名前だ、そんな表情はスタンにしか見せないでほしい。
頭の中で全力でスタンを呼ぶ。君の恋人が今とんでもなく可愛いぞ!早く来たほうがいい!と騒いでいたら、タイミング良く研究室のドアが音を立てて開いた。思わずバッと訪問者の顔を見ると、そこには数十分待ち焦がれた幼馴染が立っていた。

「やっと見つけた、ここにいたん?」
「す、スタン…」

顔を真っ赤にしたまま俯いていた名前がちらりとスタンを覗く。困ったようにスタンの名前を呼んだ名前にスタンが甘く微笑みながら近づいてくる。そしてそのまま名前が腰かけるソファーに、密着して座り込んだ。

「探したんだぜ、こんなところで遊んでたのかkitty?」

そう言って名前の顔を覗きこめばスタンが名前の異変に気づく。顔を赤く染めてスタンと視線を合わせない名前に、ピタッとスタンの動きが止まった。そのまま僕に目配せをしてくるが僕はただ首を横に振るのみ。名前から説明をしないと意味がないからね。

「なんかあった?」
「なんでもない」
「なんでもなくはないだろ」

そう言ってひょいっと、それこそ子猫のように名前を持ち上げたスタン。そしてそのまま向かい合わせに自分の膝に乗せた。同じ目線になって反らすことができない名前の瞳は観念したかのようにスタンの瞳を見つめている。ぐ、ここからはスタンの表情はよく見えるが名前の顔が見えない!

「なにがあったか教えて?」

そう微笑んだスタンは恋人に甘いただの男だ。そしてそんな彼に溶かされた名前は数秒スタンの瞳を見て停止したあと、首に腕を回してぎゅう、とスタンに抱きついた。するとそれが当たり前だと言わんばかりにスタンも名前の背中に腕を回した。
一方僕は「尊い」と口走りそうになるのを唇を噛み締めて必死に抑えていた。頬がニヤニヤと緩みそうになるのを必死に頬筋をピクピクと抑え込む。僕の全身で一番鍛えられている筋肉は頬筋と言っても過言ではない。

「…ゼノに話を聞いてもらってて」
「相談なら俺にしなよ、アイツ結構思考ぶっ飛んでんだかんさ」

本人の前で悪口とはいい度胸だスタン。邪魔はしたくないから口は挟まないが。

「違うの、スタンのことを相談してたの」
「俺に苦情?なんでも聞くぜ、お姫様」
「…あなたって、私に甘すぎるし仕事の邪魔をするし、身体中に痕を残すし嫉妬深くって嫌になっちゃう」
「本当に嫌ならやめっけど?」

そう唇の端を上げたスタン。名前に表情が見えないのを良いことにニタニタ笑った顔を隠そうともしない。僕は必死ににやつきそうな表情をこれでもかと殺しているというのに。

「…い、嫌じゃない」

そう言って首まで真っ赤にした名前がまた一段とスタンに回した腕の力を強めた。上機嫌に唇を鳴らしたスタンがそのまま「名前」と軽く名前を呼ぶ。するりと腕の力をほどいた名前はもう一度スタンの瞳を覗きこんだ。そして

「あなたが好きすぎて困ってる」

と震える声を発した。
そしてそのままスタンが名前の唇を奪い取った。こちらにまで聞こえるリップ音が研究室に響いて消えれば、もう一度重なる。そしてそのまま「俺は愛してんよ」と名前の言葉を上塗りして、返事を言わせることなくそのまま首元に噛みついた。

「…私も愛してる」
「ヘェ、やけに素直じゃん。可愛いね」
「子猫扱いしないで」
「じゃあレディ、俺とずっとこうしててくれ」

えっ?ファンサ?
ファンサかこれは?ファンサだね?
突然の推しカプによるファンサに動揺してしまうが、目の前のふたりは僕のことなんてお構い無しで密着して唇を重ねている。しまったキャパオーバーだ、一時停止したい。これ以上は致死量である。しかし「ちょっと待ってくれその表情最高すぎないか?」とストップをかけるわけにはいかない。僕は傍観者、良くて相談役。研究室の壁になるべきだ。

そう息を潜めているとようやく僕の存在を思い出したスタンとばちり、目があった。そして気まずそうに「げえ」と眉間に皺を寄せたあと、僕に退室を促すべく名前にバレないようにこっそりハンドサインを送る。出ていけ、ね。まぁいいさ、今日は十分推しカプを吸ったからね。

スタンに見えるようにやれやれ、なんて顔をしているが内心ではカーニバルだ。ふたりが尊い。そんな感情をすべて圧し殺して静かに研究室をあとにする。
きっと今からふたりは自室ではないというのに甘すぎる会話を重ねて飽きるまで唇を触れあわせるのだろう。もちろん、僕がそんなチャンスを逃すわけがない。自室に向かいながら研究室に仕掛けた盗聴器の電源をオンにするとスタンの「最高に可愛いぜ、ハニー」という声を拾った。
おお、今日もふたりは可愛いね。さすが僕が応援しているカップルだよ。そうふたりを称賛しながら、盗聴している音声の録音ボタンを押した。

公開日:2021年3月10日