ふたりの世界の傍観者 シャーロット視点おまけ

「あ」
「わ、シャーロット偶然だね」

そう嬉しそうにボクに駆け寄ってくるのは共同生活をしている名前だ。長い髪を揺らしながらニコニコ笑って片手には着替えを持っている。と、いうのもボクと名前が偶然出くわした場所は共用シャワールームの脱衣場。今からシャワーを浴びる者同士というわけだ。

「珍しいね、こんな時間に」
「マヤの手伝いしてたんだよ。もうすぐアイツも来るんじゃないか」
「牛の解体してたの?呼んでくれれば良かったのに」

服にべったり血がついているボクを見て名前がそう首をかしげた。ご明察、ボクとマヤは先ほどまで牛の解体をしていた。そして名前が言ったように、名前にも協力を仰ごうともしていた。もう慣れたとは言え動物の解体はかなり知識が必要な作業だ。いつも指示をしてくれる名前がいてくれたほうがもっと早く作業を終えることができただろう。だから名前を呼びに行ったのだ。名前がいそうな場所を渡り歩いて研究室や自室、食堂や作業場を転々として。

そしてボクはそのとき、スタンリー隊長が名前を自室へ連れ込むところを目撃してしまった。抱き上げられた名前は困ったように笑っていて、う、うわ、あのふたり今から、と情事を察した。
そんなふたりを見てしまったボクはさすがに素知らぬ顔で「牛解体すっから手伝ってくれよ」と無線で連絡を入れるわけにもいかず、マヤと力任せに牛を解体してきたわけだ。おかげで全身返り血でべったり、不快指数MAXでシャワールームに駆け込んで今に至る。牛を解体するのに二時間ほど掛かったわけだから…目の前の女も恋人と散々愛し合ってきたばかりだろう。気まずいわ、バカ。

「…お前隊長に自室引きずり込まれてたじゃん」
「逃げるいい口実になったのに」
「ボクが隊長にぶち殺されんだよ」
「そんなことしないよ」

名前は隊長の恐ろしさを知らない。殺されはしないだろうが、冷たく睨まれたあとに確実に無理難題を押し付けられるに決まってる。隊長の名前への溺愛ぶりは嫌ってほど知ってる。今から恋人と、ってときに邪魔なんかされたら隊長じゃなくても怒るだろうし、触れないのが一番だ。

「マヤはまだシャワー浴びないの?」
「あいつ、血まみれなのに今解体した牛でバーベキューやってるよ」
「ふふ、彼女らしいね」

そんな世間話をしながらするりと名前が服に手をかけた。白衣を脱いで籠に放り込んですぐにシャツに手をかける。すぐに彼女の白い首筋が目に飛び込んできてなんとなく目を反らしてしまった。

「バーベキューちょっと羨ましいな、シャワー浴びたあともやってるかな?」
「絶対残ってないね。あらかた保存食に回しちまったし」
「ぐう…」

飯食ってねえの?と名前を見ると筋肉のついていない柔肌が見えた。早くも服を脱ぎきった名前は最後、下着に手をかけている。…が。

「………ちょっと待て、それは隊長が…?」

名前の肌には明らかに人工的につけられた赤い跡が無数に点在していた。何度も執拗に残されているマーキングに思わず「うわ」と声をあげてしまった。よく見ると肩には歯形までついている。…ずいぶん激しいな、隊長のんな事情知りたくなかったよ。

「あ、あはは…今日ちょっと凄くて…」
「えぐいな」
「ルーナには見せられないよね」

そう苦笑いして「そうだ、」と思い出したようにボクに背を向けた。長い髪を少し上げるもんだから背中をまじ、と見るとそこにも赤いマーキングが点々。ウッワ、太ももにまであるじゃんなんつープレイしてんだ。

「背中酷い?」
「ヤバイね。絶対人とシャワー浴びないほうがいいぜ」
「そんなに?そういえばね、今日首も噛まれたんだけど…」

そう言ってまた髪を上げるものだから首が見えるように手伝ってやるとうなじの部分には肩と同じ歯形がくっきり。正直ドン引きだ、隊長のそんなところホンット知りたくなかった。

「跡ついてるよ」
「消毒したほうが良さそう?」
「さすがにそこまでじゃないけどさ」
「ほんと?」

…え、消毒必要なくらい噛まれたことあんの?
良かった~と言って髪をおろした名前。そしてそのままシャワールームのドアを開けた。さすがに上官の情事の話をズケズケと聞くわけにもいかなくて流血沙汰(疑惑)の真相は謎のままだ。ぐ、相手が隊長じゃなかったらなぁ!根掘り葉掘り聞くんだけどなぁ!

「シャーロットも早く血流さないと取れなくなるよ」
「あー、うん、そうなんだけどね」

隊長に名前の体を見たってバレたらボクはどうなるんだろう。そんな心配してるなんて名前は夢にも思ってないだろうな。
複雑な気分を抱えたままシャワールームに一歩踏み込んでドアを締めるとすぐに名前がボク目掛けて水をかけてきた。それに驚いて「あ?!」と声を荒げるとクスクスと大きい名前の声が浴室に響く。あーもう、ほんっと調子狂うな。

「シャワー出たらバーベキュー行くか?ちょっと肉出しても怒られないだろ」
「え!やりたいやりたい!実は今部屋でソーセージ試作しててね」
「もしかして毒味させるつもりか?!なんかあったら隊長に説明しろよな!」
「わかってるよ~」

どうやら安全性を保証しては貰えないらしい。ため息と呼ぶには軽い息を吐きながら、自分の実験をお披露目できるのが嬉しいと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている名前の顔に水をぶっかけてやる。不意打ちにゲホゲホッと顔を歪めて「シャーロット酷い!」とボクを糾弾する名前に思わず口角が上がった。
…やれやれ、今日は名前に振り回されてやるか。可愛い顔を歪めながら、怖くもなんともない顔でボクを睨む名前を見てそんなことを思った。

公開日:2021年3月4日