#1 共謀シガレット

リクエスト内容:夢主に興味がなかったスタンリーが段々夢主に惹かれてゆく話


抑揚がなくて温度を感じない声を、私を睨み付ける瞳を今でもよく覚えている。
射撃データが欲しくて訪れた基地の情報部で出会ったのは、軍人と名乗るには美しい顔をしている、しかし一般人と名乗るには鍛え抜かれた体を隠しきれてない冷たい瞳の男だった。

「おい、ここはガキが来るとこじゃねえぞ」と軍の機密に触れようとしていた私に今にも噛みつきそうな声。静かに威嚇する彼に「誤解、誤解です!!」と研究部のIDやら身分証明書やら入室許可書やらを見せて両手を上げて無実を主張しながら降伏する。男はもう一度私を怪しむように目線で釘を刺したあとにそれらに目を通して偽物ではないことを確認し「軍事研究部、ね。」と私のIDを机に乱暴に置いた。
疑って悪かったと取引先である私に口先だけの謝罪をしたあと、そっぽを向いてしまった軍人。そんな男に好印象など抱くはずがなく、最悪の気分のままデータを探す羽目になった日のことを私は忘れることなんてできないだろう。

けれど、それで終わり。
私とその軍人が関わることなんて二度とない。なのにどうして、軍人、スタンリー・スナイダーとの遭逢について今さら思い出しているのか。それには深い事情がある。

かちゃりとソーサーが音を立ててティーカップを受け入れる。すっかりぬるくなってしまった紅茶を飲み干しカップを置いた私は今、一世一代の危機に瀕していた。
私が座り込んだソファーの右側には先ほどから最悪な印象ばかりが脳内に無限に湧き出てくる男、スタンリーが不機嫌そうに煙草を咥えながら座っている。

もう二度と関わることなんてない。そう高を括っていたのに、私たちが再会したのはあの日から数千年経った世界だった。何者かの手によって引き起こされた未曾有の大規模なテロにより石になってしまった私たちはしぶとく数千年、起き延びてしまったらしい。
こうして始まった共同生活、文明復興の真っ只中、私たちは同じく起き延びたDr.ゼノをふたり仲良く同じソファーに座って待っているわけだ。事情が事情、私も立派な大人。仕事に私情は挟まない、と起き抜けには気を張っていたものだが今じゃスタンリーは私にとって畏怖の対象となっていた。

だって!声かけただけで睨まれるし煙草作るまでずっとイライラしてたし、ゼノが研究室で寝落ちしたからスタンリーを呼んだのに返事は「ドーモ」だけ!事務的な連絡は聞いてくれるけど返事は淡白。必要最低限の会話しか私とはするつもりがないらしい。
それを幼馴染だと主張するゼノに相談すれば「おお、スタンはいつもそんな感じだよ!気に病む必要はない」と呑気な答えが返ってくるだけ。絶対友達いないタイプ。なのに、部下や軍人さんたちには信頼されてて、信頼しきれない私がなんだか悪者みたい。
なにより、ゼノと会話をしている時のスタンリーの表情や声は柔らかくってなんだかズルい。

以上が私の、数ヶ月スタンリーを観察した総評である。正直嫌われていたってどれだけ冷たくされたって構わないのだけれど、こう、ふたりきりの時間は重く心にのし掛かるものがある。
ちなみに先ほども「紅茶飲む?」と聞いた私のコミュニケーションは煙草で蹴っ飛ばされてしまった。はい、不要な会話。返事する価値ナシ。解散。

無言の私たちが時間を潰している研究室は彼が吐き出した煙が充満していて息が苦しい。だけれど、ここで咳払いのひとつでもしてしまえばまた冷たく睨まれて煙草の火を乱暴に消すのが目に見えている。
ゼノが戻るまであと少し、沈黙が鋭くちくちくと私のメンタルに刺されば、返事がないのはわかっているけれど何か話題を探してしまう。すん、と煙草の煙を嗅げば素人が手作りしたと丸わかりの酷い匂い。煙草はゼノが作ったものだし、スタンリーがあまり吸わないようにわざと酷い味に作ってあることが明白だった。それでも彼はその不味い煙草を夢中で吸い、ニコチンを摂取している。

「…その煙草、不味いでしょ」

思わず出た言葉は彼の幼馴染を否定する言葉だった。けれどきっとスタンリーから返事はないだろう。なぜなら私は彼にとって返事をする価値もない女だから。

「…わかんのか」

そう思い込んでいたから、彼の返事にびっくりして体を大きく震わせて丸く目を開いてスタンリーをまじまじと見てしまう。スタンリーは相変わらず煙草を口元で弄びながら宙を見るだけ。
た、煙草の話題は返事するんだ…と呆れ半分、驚き半分。ついでに心臓に悪くて不要な動悸がドクンドクン。
しかし自分で話題を振っておきながら会話を途切れさせるわけにもいかないので小さく「まあ、」と言葉を切り出した。

「そもそも製造工程がショートカットされすぎっていうか…。葉タバコ砕いて巻いてるだけでしょ?葉っぱの味ばかりしそう…」
「お前喫煙者だっけ?」
「違うけど…」

しどろもどろと「吸わなくてもわかる」を突き付けるとスタンリーは煙草を咥えたまま沈黙してしまった。私が言ったことはすべて余計なお世話、私には関係ない話。吸いもしない、味もわからない女に「その煙草不味いでしょ」なんて言われて不快だろうな…と失言を悔い改める。
黙りこんでしまったスタンリーに私もこれ以上なにも言うまい、とぼんやり「ゼノまだかな」と救世主の帰還を待っていると煙草が灰皿に沈んだ。そして軽くフゥー、と煙を吐いたその口で、スタンリーがとんでもない悪行を持ちかけてきた。

「ねえ、煙草作ってよ」
「えっ」
「作り方知ってんだろ」

一度では理解が追い付かなくって呆然とする私。そんな私の顔を見ながらもう一度、スタンリーが私に悪事の片棒を担ぐように誘う。

「ゼノの奴、時間がねえだのコストがかかるだの言ってコレしか作ってくんねーんだよ」

それはマトモな煙草を作ったらあなたの健康に悪いからでは?という正論を叩きつけてやりたかったが、冷たい瞳が初めて私を真っ直ぐ見つめていることに言葉を飲んでしまった。そもそも私にも煙草に割ける時間なんてないし、ゼノの言う通りきちんとした方法で煙草を作ればコストがかかりすぎる。そしてこの誘いに乗ってしまったら、私はゼノの思惑を裏切ることになる。正直、スタンリーよりもゼノの肩を持ちたいところだが…。

「1本でいいから」

…折れてしまった。
煙草は嗜好品だ、それを否定するつもりも非難するつもりもない。ストレス発散のために吸っているものが不味いのは少し可哀想だ。いつも私には高圧的な彼が1本だけ、と懇願のような言葉を吐いている。彼にとっては根深い問題なんだろう。…それに私にとってスタンリーの煙草量が増えようが増えまいがどうでもいいことだ。
1本だけ。それで終わり。そう胸に誓って、小さくこくりと頷くと彼の唇が鳴った。
笑ってはいないものの私の目の前でこんなに上機嫌なスタンリーを見るのは初めてで少しだけ浮かれてしまった。「ゼノには黙っててくれよ」なんてふたりの秘密ができてしまえば、もう引き返すことはできない。

公開日:2021年1月27日