ラブロマンスは唐突に おまけ

この世界で一番不幸な人間を聞かれたなら真っ先に自分の名前を挙げるだろう。
口からは漏れるのはため息だった。そして、それと同時に重く沈んだ気分が浮上することはない。次々に解放される仲間たちと、真っ先に私に「大丈夫だった?!」なんて心配の声を上げた南ちゃん。ああ、彼女の混乱した顔を見ているとなんだか逆に冷静になれる。ありがとう南ちゃん。私はもう駄目かもしれないです。

「さっきの千空くんの話全然理解できなかった…」
「たぶん理解できてるから混乱してるんだと思うよ」

そう、先ほどの千空くんの話。その話…いや、放送というべきか。放送は私を混乱させるには十分だった。ただでさえ自分の身の振り方について女性陣に「助けてください」と土下座して享受頂くことで頭がいっぱいだったのに、なにあれ?なんの話?
私たちは人質で、協力し合ってコーンシティを設立。ふーん楽しそう~!と思ったのもつかの間、どうやら千空くんたちはスタンリーのことを煽りに煽って次の国へ行ってしまったらしい。
感動の別れのシーンも私は「私の状況聞いてもそんなことできた?!」と千空くんを糾弾したい気持ちでいっぱいだった。いや、寂しい。寂しいよもちろん。しかしその寂しさを上回る「とんでもないことして行った」という認識で頭がぐるぐるしている。危うくみんなとは意味の違う「置いていかないで」を叫んでしまうところだった。
…と、いってもたぶん千空くんにこの状況を説明したところでゲラゲラ笑いながら「おもしれぇことになってんじゃねえか!」なんて言いかねない。もうここは常識人、羽京くんにすがり付くしか…そうだった、羽京くんも行っちゃったんだった。

なぜ私がこんなにこの場に放置されることに狼狽しているか。それにはちゃんとした理由がある。

「ねぇあの人名前のことすごく見てるけど…なにやったの?」
「彼に向かって矢を放ち殺されかけました…」
「よく殺されなかったね…」

こそこそと私に耳打ちする南ちゃんに事実を伝えると冷や汗をかきながら私の頭を撫でてくれる。そう、大変だったの。そして今、スタンリーにガン見されている意味は私にもわかりません。

「とりあえずスタンリーはえっと…ゼノ?のこと追いかけるみたいだし大丈夫だとは思うんだけど…」

後々気づくことになるけれど、これは完全にフラグだった。今から船に燃料を積んで旅に出る男が私のことなんか気にかけるわけがない。そう思っていたことも全部フラグ。冒頭でも述べたが、私は今日、世界で一番不幸な人間なのだ。
カツンカツンと聞き覚えのある足音がする。それと同時に背筋がゾクリと凍った。南ちゃんがサッと顔を反らしたのが視界に飛び込んできて足音の人物を察した。嫌な予感がする、決してその人物とは目を合わせてはいけない。

「名前」
「…な、なんでしょう…」

しれっと名前を呼ばれてしまい私の小さな意地は無に帰した。さすがに堂々と無視をするわけにはいかない。平和特区とは言え武力は向こうのほうが上。あと普通に弓と矢を没収されてしまったから今の私は弓道得意なんですと主張することしかできないただの女だ。
しどろもどろと先ほどから私を見ていた人物、スタンリーに返事をする。ゆっくりスタンリーのほうを見ると伏し目がちに煙草に火をつけている姿が見えた。…本当にかっこいいなこの人。出会いが最悪じゃなかったら本当に赤子の手を捻るごとくストーンッ!と恋に突き落とされていたかもしれない。本当に怖い男だ、スタンリー・スナイダー。

「アンタは船」
「……………はい?」
「人質として連れてくから早く乗れ」

秒速でフラグを回収していくものだから驚くほど間抜けな声が出た。本当に時々英語がまったく聞き取れなくなるんだけどなにが起きているのか。連れてくって言った?なんで?さっきからこの人が言っていることが本当に理解できない。

「…へ、平和特区でしょ?私を連れてってどうするの」
「だから危害くわえねぇし、ただゼノ奪還作戦側の人質になってもらうだけ。悪いようにはしねぇよ」
「だからって」

さすがに連れていかれるのはまずい、と抵抗するが悠々と煙草を吸うスタンリーは私の言葉なんて聞いていないだろう。私もスタンリーの言葉が聞き取れないようにスタンリーも私の言葉聞こえてないのかな?そんな女連れて行こうとしないでよやめときなよ。

「あの…私船酔いするから…ちょっと同行はできないかなーって…」
「日本から船乗ってきた奴が何言ってんだ」
「か、賢い…」

しまったスタンリーもしかして賢い?!
これで逃げられると思ったのに、と動揺しているとその様子を見てクツクツ静かに喉を鳴らして笑う。そして咥えていた煙草を手に取り煙を吐き出すとそのままとんでもないことを口にする。

「アンタが気に入った」
「ヒェ……………」

だから私を連れていくと主張するスタンリーに目眩を覚えた。でもさすがにこれはニッキーたちが止めてくれるはず。なんならこの会話を聞いている南ちゃんがきっと、

「…彼氏欲しいって言ってたもんね、良かったね名前」
「ねぇ、南ちゃん捨てないで………」
「ごめん。行ってらっしゃい」

こんなに一瞬で売られると思わなかった。びっくりした。
まだやだやだと駄々をこねる私をひょいっと担ぎ上げたスタンリー。そうして南ちゃんに「こいつ借りてくぜ」と言い残してまた足音を鳴らしながら船に向かう。
ひらひらと手を振る南ちゃんの姿が見えて、私はスタンリーに担がれたまま宙にいる。世が世ならばこれから起こることは立派な拉致監禁だろう。あ、待ってうちのリーダーたちも同じことしてるんだっけ?ぐうの音が家出した瞬間ってこんな感じなのか。

「私を連れてったところでなんのメリットもないよ」
「言ったじゃん。人質カードだって」

人質を連れているにしては楽しそうに表情を緩めている。本当に今日は不幸だ、きっと厄日ってやつなんだろう。人に向かって矢を射ったり殺されかけたり、人質になったり。

「ま、これから仲良くしようぜ名前」
「ぜ、絶対に嫌」

私を今にも殺してしまいそうな男に気に入られてしまったり。
今脳を揺らしているのは動揺か恐怖か、それとも別の感情か。くらくらする頭、彼に触れられた場所が熱くってどうしようもない。
これからどうなってしまうんだろう。そんな不安と戦いながらもうとっくに知り尽くした船に連れ込まれ部屋を与えられてしまった私の命運はきっと神様しか知らない。

ちなみにこのあと、松風くんが血まみれで運ばれてきたり銀狼くんが目的地をゲロッたりして「あ…私がしっかりしなきゃ…」と謎の使命感に駆られることになるが、それはまた別のお話。

公開日:2021年1月13日