ラブロマンスは唐突に

リクエスト内容:千空側の夢主。
船を制圧したところで隠れていた夢主から狙撃され、頭にきて殺そうと振り返ったら怖がりながらも自分を睨んでいる可愛い子がいたので自分のものにするべくとりあえず軟禁してゼノ奪還に連れて行く話


私の人生における過ちがあるとすれば、二度ほど思い当たる節がある。

一度目の過ちは高校生のときにカッコいい先輩がいたからという理由で弓道部に入ったこと。まさかまさかの展開だが、私には驚くことに弓道の才能ってやつがあったみたいで瞬く間に有名人になってしまった。当時の私は弓を引き続けて社会人になっても大会に趣味で参加したりして…そう、それなりに充実した毎日を送っていたのだと思う。弓道は楽しかったし、できればずっと続けていたいと思ってた。
けれどその実績のおかげで獅子王司くんにこのなにもない世界に復活させられてしまったこと。弓道で私の人生は大きく狂うことになる。これが過ちと言わずになんというのか。

二度目の過ちは今、まさに現在進行形で私の呼吸を酷く乱れさせていた。ガタガタと震える全身に冷えていく体はもう矢を射ることはできないだろう。そもそもの話、私は今人生で初めて人に向けて矢を放ったのだ。
そして、その矢はターゲットに当たることなくへし折られてしまって全身の血が凍った。ぴくりとも動かない指先に必死に動けと脳が指令を出しているが前述通り体の自由が効かない。指先すら動かせないものだから必死に「考えろ」とこの状況を打破する策を脳を回して探るが妙案は見つからない。
なぜこんなことになったのか、後悔しようにももう遅い。私が弓矢で狙った男は冷たいアイスグレーの瞳に殺意を宿しながら私のいる方向を冷たく睨んでいた。

事の発端はドッグファイトだった。敵チームの軍人、スタンリーという男と我が科学王国の五知将である龍水くんと千空くんが直接制空権を奪い合う戦い。制空権を奪われたままでは勝ち目のない私たちにとって大事な戦いだった。
けれど一転、一瞬にして制海権を奪取されて武骨な軍人がたった数人でこの船を乗っ取ってしまった。それはいい、まだ考える余地があった。幸いにも隠れたままだった私は軍人には見つからなかったし誰一人怪我をしていない状況。さて、このあとどうするか…ドッグファイトの戦況次第で身の振り方を変えようと、どうせあいつらは私を含め誰も殺せないのだと高を括っていた。
しかしその冷静な私は、数十日一緒に旅をしたモズくんや松風くんが撃ち抜かれた瞬間にいなくなってしまった。いきなり現れた黒コートの軍人にどうして好き勝手怪我をさせられなくてはいけないのか。肩なんて完治しづらい場所を的確に撃ち抜かれ、なんというか、「カッ」となってしまった。
気づけば静かに弓を引く私がいたし、未だにそれは間違いではなかったと思う。未練があるとすれば確実に肩を狙ったはずの矢は瞬時にリボルバーで打ち落とされ男に届かなかったことだ。

そして私が射ぬかんとしていた男はこちらを睨んで殺意を放っている。ああ、終わったなとガタガタ震えながらもそう悟っているものだから案外冷静なのかもしれない。
もちろん島育ちのふたりと違って私はマシンガンもリボルバーも怖い。怖いに決まっている。弓なんかじゃ勝てないのなんて百も承知だった。けれど体が動いたし、あそこで弓を引かなければ後悔しながら捕虜に成り下がっていただろう。それだけは勘弁だったから、まぁ、いい選択だったんじゃないかとも思う。

カツンカツンと怒りを含んだ足音が近づいてくる。ガチャリと銃に弾を込める音がして「ああ、見せしめに殺されるんだろうな」と本能が悟った。
これが私の人生二度目で最後の過ちだ。まさか命を落とすミスをこの若さでするなんて私もおっちょこちょいだな。ほら、弓道なんて始めるんじゃなかった。弓道さえしてなければ私は今頃日本で石として転がっていられたのに。

「逃げるつもりないわけ?まぁ逃がさねぇけど」

徐々に近寄ってくる男がそんな言葉を吐いた。こうなりゃ意地だ、最後まで英語がわからないという顔をして男を睨み続けてやろう。そう、銃口を私の頭に突きつけた男の顔を睨んだ瞬間、ばちりと男と目が合った。

「………ヘェ、女だったとは」

私の姿を捉えて目が合って一秒、少しだけ私を睨み付ける鋭い眼光が緩んだ。その瞳は少し驚いたようにぱちぱちと開閉を繰り返し数秒、男の葛藤が伺える。そしてあろうことか下ろされる銃、咥え直される煙草に呆然とした。女だからなに?アンタそんな顔してフェミニスト?と男を睨みながら暴言を吐こうとしたが、それは叶わない。

「アンタ可愛いね。名前なんてーの?」
「……………はい?」

びっくりした全然理解できなかった。これでも数回アメリカには留学してたし英語は得意なほうだと自負していたけれど理解できない言葉があるとは。聞き間違いじゃなかったら可愛いと言われて名前を聞かれたわけだが、そんな状況じゃない。そんなことを言われるわけがないのだ。

「………悪いけどもう一度言ってくれる?」
「いいぜ、何度でも言ってやんよ。アンタ可愛いね。日本人って年齢より若く見えるっつーけどいくつ?あと名前教えて」
「ンンンンン?あ、あいきゃんとひあーいんぐりっしゅ」
「いやさっきめっちゃ喋ってたのに聞き取れないなんてことある?」

急にカタコトになんじゃん、と煙草を落として踏み消す男。しまった何度聞いても男は私を可愛いと言い、名前を聞いてきている。なんならなぜか年齢を教えろと質問が増えている。なんで?いや、なんで?まったく理解できない。

「な、なに?私を殺すんじゃないの」
「ああ、殺してやんよ。情報聞き出したらな」
「その割には質問が陳腐じゃない?」
「そう?けっこ重要だと思うぜ。ってかやっぱアンタ英語喋れんじゃん」
「あ…あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ…」
「なにその無駄な日本人アピール、ウケんね」

くっそ、これで外国人から逃げられるんじゃなかったのかよ英語教師!全然逃げられないじゃないか!
ぐぎぎ、とまだ石のままであろうこれまで私に英語を教えてくれた人物たちを恨んでいると男が「ああ、」となにか思い付いたかのように口を開いた。そしてあろうことか片手に握っていた銃に安全装置をつけてベルトに仕舞い込んでしまった。

「怖かった?悪い悪い」

こいつ馬鹿なのか?銃仕舞ったところでそれを持っている時点で十分な脅威だしなんなら軍人なんでしょ?素手で私なんか一発で殺せるじゃん。いやそれよりも今までバリバリの殺意を向けてきていた男からその欠片もなくなってしまったことが一番怖い。この男は本気で私を口説こうとしているんだろうか?冷静に考えてよ、この状況でありえなくない?

「で、名前は?」

片膝をついてずいっと手を伸ばしてくる男。それにびくりと体を震わせると「大丈夫だって」とその手が、指先が私の黒髪をすくった。そうして口元を緩ませて、軽く微笑む男の表情が信じられないほど柔らかくて呆然としてしまった。困ったことに先ほど私を睨んでいた人間と同一人物には到底見えない。とりあえず名前くらいは教えておくか、殺されないならラッキーだし…。

「………名前」
「ヘェ、可愛い名前じゃん」

な、なにを考えているのかまったく理解できない。自分を殺そうとした相手を可愛いと言って普通口説くか?そしてあろうことか整った顔を緩ませて私の名前を呼ぶ必要がどこにある?そもそも私はこの男の名前すら知らないのだ、殺されるにも口説かれるにも納得なんていくはずがない。

「…あ、あなたの名前は?」

しまった、疑問を口にしたつもりがこれじゃあ男に興味があるように聞こえる。待ってほしい、私は無罪だ。確かに顔は恐ろしいほどに整っているしカッコいいしイケメンだし…うわ、見れば見るほど顔が良い。ハリウッドスターだと言われても納得してしまいそうだ。だ、だけれどさすがに船を制圧した男、謂わば敵に少しでも気があると思われるのは癪である。

「興味ある?めでたいね」
「やっぱいいです」
「んでだよ、もっと興味持ってくれkitty」
「私はkittyじゃない!」
「つれねぇこと言うなって。俺はスタンリー・スナイダー。スタンって呼んで」

…スタンリー・スナイダー?
今スタンリー・スナイダーって言った?私の知っているかぎり、スタンリーという男は今は空でドッグファイトの真っ最中のはずだ。
思わずバッと空を見上げるがそこには飛行機なんて一機も飛んでいなかった。もちろん、龍水くんと千空くんの飛行機も、だ。

「ああ、ドッグファイトならさっき両方墜落してたぜ」
「嘘…」
「アンタらはパイロットを俺だと思ってたみたいだかんね。この船制圧すんのに利用させてもらったわけ」

つまり、私は知らず知らずのうちに売ってはいけない相手に喧嘩を売ったわけだ。最悪だ、この男がスタンリーだと知っていたらきっと矢は射ってなかった。さわらぬ神に祟りなしと言うが、思いっきり神に喧嘩を吹っ掛けてしまった。
この男、スタンリーは私が知っているだけでも出会い頭にマシンガンをぶっぱすししつこく飛行機で追撃してくるし、なんならうちのリーダー千空くんはこいつに狙撃されたばかりである。そして今も松風くんとモズくんの肩に風穴をあけた張本人だ。なんて運がないのか、誰かのせいにしてしまいたいが自分の短絡的な行動しか思い当たらない。詰んだ。
そもそもスタンリーは空にいるってみんな言ってたじゃん!船に乗り込んでくると思わないじゃん!

「わかりやすく驚いてんね」
「自分の浅はかさを恨んでいただけ」
「そりゃそうだ、リボルバー相手に弓って面白すぎんよ。しかも近距離で狙いは肩。こんな状況で人は殺したくねぇって?甘いね、アンタも」

ぐうの音も出ないとはこのことである。いくら頭に血が上っていたとはいえ聞けば聞くほど無謀で甘い。かと言って冷静だったとしても、いや冷静であればあるほど心臓や鳩尾…所謂、急所は狙えなかっただろう。そもそも人に向かって弓を引き矢を射ることもなかったはずだ。

「そもそも人に向けて引くものじゃない」
「そりゃ光栄。俺が憎い?」
「…当たり前でしょ」

どれだけの仲間がこいつに傷つけられたか、思い出すだけでくつくつと怒りが沸いてくる。圧倒的な力の差が恨めしくって仕方ない。
それなのにその憎むべき相手は緩んだ口元にどこから出したのかわからないが煙草を咥え、マッチで火をつけた。私のことなんて眼中にない…いや、見てはいる。ただ、私の恨めしい気持ちなんてスタンリーには興味がないのだ。

「アンタに狙われんの、悪くないね」

前言撤回、この男は私の憎悪に興味がないわけじゃないらしい。むしろこの状況すら楽しんでいる。悪趣味だ。
思わず眉間に皺を寄せるとスタンリーが「ははっ」と短く笑った。そうして私の手をいきなり掴んでぐい、と引き寄せた。

「ちょっ…いきなり何?」

怪訝な声もお構い無しで引き寄せた私の手を自分の胸に当てるスタンリー。言われなくてもわかる、スタンリーの心臓がある場所に私の手が触れている。
冷たい瞳に冷ややかな表情、無情で私たちに危害を加えることをなんとも思っていない男。それなのに彼の心臓は私と同様に一定にとくんとくんと脈打っていてその鼓動に息を飲んだ。

「次はココ狙いな」

唇で弧を描いて不適に笑ったスタンリーに、どくんと心臓が跳ねた。そうして私の手を解放してゆっくり立ち上がり仲間に「全員とっ捕まえたぜ。終わりだ、仕事は」と報告し甲板へと姿を眩ませてしまった。
一方の私は呆然としたままぺたりと座り込んで相変わらず指先すら動かせそうにない。体の力はすっかり抜けてしまって、口からは安堵どころか短い息が跳ねるだけ。これは助かったというのか、それとも、

「…やらかした気がする、」

そんな今さらすぎる呟きは誰にも届かない。しかし、今日の出来事が私の人生を大きく狂わせるのはほぼほぼ確定だろう。
殺されなかっただけマシだと自分を慰める私は惨めで、まだ心拍数が早くてくらくらとスタンリーの背中を見つめるしかない私はただの非力な女だった。…助かった?馬鹿を言うな、あれは、あいつは確実に致死量の甘い甘い、そう例えるならばじんわり体内を犯す毒だ。

そしてその毒が私を死に至らしめるかは、まだ誰も知らない。

公開日:2021年1月13日