お触り禁止法令発令中! 前編

リクエスト内容:夢主から「お触り禁止令」を出されちゃったスタンリーの話


「一週間私に触るの禁止!」

そう高々と宣言して人差し指でビシッと天を指す。じろりと睨む先には恋人であり、つい先ほどまで同じベッドに沈み込み愛を語り合っていた相手。スタンは私の言葉に少しだけ眉をピクリと動かしたものの、すぐに丸め込めると思ったのだろう甘く微笑んで「なんかあった?俺のかわいいシュガー」なんて言って手を伸ばす。
顔に向かって伸びるその手をパシッと叩き落として冷たくその手を睨む。私から冷遇された経験がないスタンはその手をピクリとだけ動かして呆然と私を見る。半開きの唇がなにか言いたげだが言葉は出て来ないようだ。

「スタン、なんで私が怒ってるかわかる?」
「アンタの気に触ることはなーんもしちゃいないぜ?」
「ほんとに?」
「ああ、神に誓ったっていい」

神なんか一度も信じたことないくせに。そう吐き捨てて唇の端を上げるとスタンから「俺の女神は名前だかんね」なんて反省の色が見えない言葉。自然に腰を抱き寄せようとする彼をくるりとかわして「とにかく!」と声を上げた。

「スタン、私が昨日の夜言った言葉は覚えているかしら?」
「はやく俺が欲しいって鳴いてたコト?」
「本気で怒るわよスタンリー・スナイダー!」

私が声を荒げるのを聞いてスタンがヒュウと唇を鳴らして降参だと言わんばかりに両手を上げる。大人しく屈していれば良いものを往生際の悪い人だ。ハァとため息をついてトントンと自分の首筋を人差し指で叩く。彼の視線が首筋に刺さるのを感じながら彼を咎める言葉を吐いた。

「見えるところにつけないでって言ったよね?」

自分が指差した先、普段着ている服では隠しきれない素肌には昨日スタンが付けたキスマークがくっきり。彼が残した吸引性皮下出血はあまりにも生々しく昨日の情事を物語っている。しかも首筋!こんなの「昨日私たちは熱く激しく求め合いました。」と言いふらしているようなものだ!

「昨日はもっとっておねだりしてたじゃん」
「見えるところは駄目って言ったじゃない!」
「誰も気にしねぇよ、しょっちゅうつけてんだし?」

そう言いながら私の肩に腕を回そうとするスタン。反省の色などまったく見えず、彼の胸板に頭突きをかましてキッと突然の痛みに低い声を出したスタンを睨む。

「ルーナやマヤに気まずそうに首筋を隠すように言われた私の気持ちわかる?」
「hickeyくらいで」
「ブロディに朝からからかわれた私の気持ちは?」
「あー悪かったよ!だからアンタの頬を撫でる権利くらいはくれよ。な?」
「嫌よ!」

とにかくキスマークが消えるまでの一週間、私に近寄らないで!
そう離別を突きつけて彼に背中を向けた。カツンと靴を鳴らして歩き出した私をスタンは追いかけてはこない。いつもより歩幅が大きく、ズカズカと歩く私は相当腹を立てているように見えてるに違いない。
いつもそうだ、私が見えるところはやめてとお願いしているにも関わらずスタンは服では隠しきれない場所にマーキングを欠かさない。それを初めは「見えちゃってる!」と慌てて教えてくれていた女性陣も今では「あー、またか。」と言わんばかりの表情でそれを指差すのだ。そんなの恥ずかしいに決まっているし、何度も指摘させて申し訳がない。

手鏡で首元の確認をしてくっきりついてしまっているスタンの消えない愛を確認してまたため息。また派手にやってくれたものだ、とポケットから包帯を取り出す。スタンのおかげで私はすっかり年中首を痛めている女として周囲に認識されてしまっている。
まったく、彼には反省が必要だ。なんて、まるでしつけをしているドッグトレーナーのような心境で首に包帯を巻き付けながら本日の作業をこなすべく研究室へ向かった。

「一週間触んなだってよ!絶対あっちから痺れ切らしてベッドに潜り込んでくるに違いないね、賭けてもいい」
「おおスタン…君はなんというか…少し反省したほうがいいかもしれないね…」

研究室に入った矢先、そんなスタンの言葉が聞こえて思わず眉間に力が入る。私について熱心に幼馴染におしゃべりしている彼は研究室を訪れた私に気づいていない。その代わりにゼノが気まずそうにちらりと私を見て即座に味方についてくれた。私を怒らせるとロクなことがないのをわかっている正しい反応だ。
にこりとゼノに笑いかけるとサッと顔を背けられてしまった。別にゼノをどうこう責めるつもりはないし、なんなら味方になってくれてありがとうと頬にキスしたいくらいだ。

「ゼノまでそんなこと言う?俺はただ名前を愛してるだけだぜ?」
「前彼女の肩に歯形がついていたよ、あれはやりすぎなんじゃないかい?」

うんうん、と頷いているとまたちらりとこちらを見たゼノの瞳に少しだけ安堵が浮かぶ。私のご機嫌とりも可哀想だしそろそろ間に入ってやるかと靴を鳴らそうとした瞬間だった。

「あー…あれはアイツがつけてくれって可愛く腰振りながらオネダリしてきたやつ」
「スタン!今それを言うのはちょっとマズイかもしれないな!」

慌ててゼノがスタンを制そうとするがもう遅い。カツンと靴を鳴らすとバッとスタンがこちらを見てヤバ、と呟いたのが見えた。ツカツカとヒールを鳴らしながらスタンに近づいてずいっと顔を見上げる。もちろん私に触れようとする手は叩き落としながら、彼を糾弾するべく口を開いた。

「へえ~、まったく記憶にないんだけど、どこの女の話かしら?」
「アンタの可愛さが有り余って勢いで齧っちまったときの話だな」
「あら私の話だったの?てっきり他に可愛いハニーがいるのかと思ったわ」

そう噛みついてやると、ぐ、とスタンが黙ってしまう。彼は私に浮気を疑われることを最も嫌うものだから至極当然の反応だ。私だってキスマークが消えれば彼を許すつもりだったし、大ごとにするつもりはなかった。
なのに!さも私だけが悪いと言わんばかりの彼の態度にかちんと頭にきてしまった。幼馴染同士の軽口だったことも、よく彼が口にするジョークの類であることもわかっている。けれど、私の言い分を受け入れずにそんな軽口叩く人がいますか!と突き付けてやるのが今の彼にはちょうどいい。

「アンタ以外、どこに可愛いハニーがいるってんだよ。」
「そう思うなら可愛いハニーをこれ以上怒らせないほうがいいんじゃない?」
「ほら可愛い顔が台無しだぜ」

そう言って頬に触れようとするスタンの手を再び叩く。ぱちんっと小気味良い音が研究室に響き、私とスタンの間に冷たい空気が流れ始める。ゼノが私たちの間であたふたと慌てふためいているが、ゼノに声をかける余裕などない。

「…わかった、降参降参!一週間もアンタに触れないなんて冗談じゃない。俺が悪かった。」
「はいはい、わかったから出てってくれる?今からゼノと誰かさんが壊したライフルの設計考えなおさなきゃいけないから。」
「わかってねーじゃん!」
「ベッドで可愛くオネダリしてくれる可愛いハニーとお好きにどうぞ!」
「だからそれアンタのことだって!」
「可愛く腰振りながらオネダリなんかしたことないつってんの!」

いいから出てって!と扉を指さすとスタンが観念したように大きくため息を吐いた。そして往生際悪く怒りを含めた口調で私にこう言い放つのだ。

「一週間でも二週間でもアンタが泣きついてくるまでぜってーに俺から話かけねえから」

火もついていないタバコを銜えてそう啖呵を切ったスタンはズカズカと研究室から出ていき、乱暴に扉を閉めた。その背中に唾を吐きながら「あなたこそ音を上げたって知らないんだから!」と悪態をついて舌を突き出してやる。

「…本当に良かったのかい?」

フー、と威嚇するように息を吐いて椅子にドカリと座った私に一部始終を見ていたゼノが口を開いた。ゼノの表情は心配を通り越してもはや呆れかえっているように見える。

「…よくない」
「あの状態のスタンは意固地でめんどくさいよ。」

そんなわかりきったことをよりにもよってスタンの幼馴染に言われてしまって余計にずーんと頭が重くなってしまう。
ああ、思いっきり喧嘩してしまった!ちょっと反省させたかっただけなのに!完全に言い過ぎた、でもでも今すぐ彼を追いかけるのは違う気もする、だって私も被害者なわけだし?
ぐるぐると頭を抱えながらそんなことを考えている私に、ゼノが大きくため息をついた。

「とにかく、君たちカップルの喧嘩に僕は巻き込まないでくれ。」
「ご…ごめんなさい…」

こうして私たちの一週間お触り禁止令生活が史上最悪の幕開けを遂げたのであった。

公開日:2020年10月13日