水底の逢い引きはゆびきりの後で おまけ

「さて。」

指きり十分後。ずっとくっついて指を絡ませたり唇を交わしたりしていたがスタンリーがいきなり真剣な声を出す。私を膝に乗せたまま座り込んでいるスタンリーがベルトから水に濡れたリボルバーと弾丸を取り出してガチャリと点検を始める。しかし、旧世界の技術ならまだしもまだ最近できたばかりの試作品であるこの銃は水に濡れただけで使い物にならなくなっているはずだ。そしてそれをスタンリーも点検をしながら苦々しくダメか、と呟く。

「…使えて一発ってトコか」
「暴発の危険があるから使っちゃダメよ。」
「Dr.がそう言うなら止めとくかね」

そう呟いてリボルバーを地面に置き、ナイフの確認。やっぱり武器の手入れは研究職の私より軍人さんのほうが手慣れていて軽やかだ。

「そろそろ誰かしら助けに来るかと思ってたが…音もしねぇしどうすっかね。」

無線は繋ぎっぱだったからなんかしらあったのは伝わってるはずだが、と口にしてふむ、と事の重大さを受け止める。確かに現在地も分からないし、どれだけ流されたもわからない。唯一救いなのは無線でゼノにアクシデントが伝わっていることか。

「ここ…下流よね?かなり流されたんじゃ…」
「水面に浮上した頃にはアンタの息止まってたかんね。泳いだのなんて士官学校ぶりだったわ。」
「ごめんなさい…」
「謝んなくていい。完全武装に二人担いで五十メートル泳がされたことあっし。」
「ごっ…」
「しかも教官に足引っ張られてな」

あん時に比べたら可愛いもんだ、とポケットからタバコを取り出すスタンリー。黙っていたが、タバコなんて水に濡れて吸える状態じゃないだろう。しかし私に非があるので黙って目を逸らして、その事実に彼自身が気づくのを待った。

「…クソ、これが一番キツいな…」
「か、帰ったら一番にタバコを作るわ」
「ぜひそうしてくれ」

濡れたタバコをぐしゃりと握りつぶして投げ捨てる。…スタンリーが捨てたタバコはあとで拾っておこう、鳥や動物が飲み込んでしまったら大変だ。

「さて、銃もタバコもない今、俺らが取れる行動はふたつ。イチ、助けが来るまで待つ。ニ、一か八かちょい歩いて知ってる場所までたどり着くか賭けに出る。」
「タバコは関係ないわね」
「一大事じゃん」

そうぼやきながらも指を二本立てて私選択肢をくれる。そしてデメリットも口にした。

「ひとつ目のデメリットは助けが来なかった場合だ。この季節はヤバいくらい冷えっかんね。野営経験のある俺はともかくアンタは体力的にキツイだろね。で、ふたつ目のデメリットはただ単にアンタの体力。んで下手すっと歩いた先で野営することになんね。」
「ふーん…」
「俺だけ探索してもいいが…いや、それはナシだな。ほっとけないしね。」

どうする?と面白いくらい選択のしようがない二択だ。スタンリーもそれがわかっているから私が耐えられそうな選択を、私に選ばせようとしている。遭難なんてしたことなかったけれどこんな心情なのかしら、と当事者にしてはあまりに冷静な自分に呆れてしまう。

「サン、私たちの居場所を知らせる。」
「…ヘェ、面白いこと言うね。どうやって?」
「だってたくさん火薬があるじゃない?」

弾薬を指差してそう笑うと「使いモンになる?」と数個弾薬を渡してくる。弾薬を分解すると黒色火薬が姿を現したので状態をチェック。…うん、少しだけ濡れているが使える部分も残ってる。

「使えるわね。これだけの火薬があれば地形変えれるわよ。」
「で?肝心の火は?」

やれやれ、と私の行動を見守るスタンリー。やだな、私はあなたを信用しているのにあなたは私のことを信用していないのね?まぁ仕方ないか、幼なじみがあのゼノなのだ。私なんて凡人研究者にしか見えないだろう。

「実はね。」
「うん」
「あなたのマッチ、防水なの」
「はぁ?!」

ポケットからマッチを取り出すとマッチもタバコ同様に濡れてしまっている。しかし、ゼノと私の相談して作り上げたこの科学の結晶はこういう事態のために、せめて野営を張る際の火種になるように防水加工を施していた。まさかこんなにも早く役に立つとは…と自分の運に感心しているとわなわなと手を震わせてマッチを見つめるスタンリー。そして少しだけ怒りを含めた声で私を糾弾した。

「タバコも防水にしてくれよ!ケースとかさぁ!アンタらならできんじゃん!」
「そんな状況でタバコ吸うわけないよねって結論になったのよ…」
「マッチ…マッチだけあったってさぁ…」

早く見つけてもらいましょう、ね?と声をかけてするりとマッチを奪い取る。箱の側面を確認して状態をチェックするが、良かった、側面の赤リンも使えそうだ。

「塩素酸カリウムも溶けてない、さすがゼノねエレガントだわ。」
「全然エレガントじゃないね。とっとと爆発させて帰ろうぜ」

機嫌が一気に悪くなってしまったスタンリーに苦笑いしつつ弾薬ふたつ分の火薬を河原に盛る。さて火を点けるか、と手をかけるとスタンリーがマッチを取り上げて俺がやんよと口にした。

「気をつけてね。」
「誰に口きいてんの?」

スタンリーがマッチを擦ると無事点火。それを複雑そうに眺めたあと、火薬に放り込む。バンッ!と気持ちのいい音が響いて黒煙が上がる。それを見てスタンリーがため息をひとつついた。

「ハァ…タバコさえありゃな…」

面白いくらいタバコの話しかしない彼を思わず笑ってしまう。元気出してと彼の手を取り唇を落とすと、ぐいっと引き寄せられがぶり、と唇を食まれた。
早く助けが来ないと全部食べられてしまいそうだ、なんてぼんやり考えつつその唇を受け入れる。私の軍人さんはタバコがないとダメな弱点があるみたい。
帰ったら一番にタバコを作って彼を労わないと、本当に食べられちゃうかも。なんてぼんやり考えながら彼の唇に呑まれてしまった。

救助が来たのはその二十分後、そして帰宅後ゼノからタバコを渡されたスタンリーはそれを上機嫌に吸い、ようやく普段の彼に戻ったようだった。
私からのタバコはいらないね、とシャワーを浴びに行こうとする私の肩を叩いて「ご褒美もらってないぜ?」とあまりにもかわいいおねだりをされてしまったので、シャワー後ありったけのタバコを作って彼の部屋に赴いたのだった。

公開日:2020年9月22日