ゼロ距離1フィート4インチ おまけ

男女の身長差とは難しいもので、差がなさすぎるとロマンチックなムードを作ることが難しくなる。例えばお姫様抱っこは身長差があれば容易く、見栄えもいい。しかし、身長差がないとそれは一気に困難な行為となってしまう。高いヒールも我慢して彼の身長を抜いてしまわないよう努力する女性もいる。キスだって少し顎をくいっと持ち上げられて上から唇が落ちてくるキスに憧れる。
しかし、身長差がありすぎるとそれはそれでとてつもない弊害が発生する。そう、例えば昨晩の恋人とのキス。夜遅くに彼の部屋で二人きり、キスをねだるのに立ったままタバコを吸う彼の顔を見上げるのにも一苦労。背伸びしたって彼の胸まで届かない私の等身に「かわいいじゃん」と微笑んで屈んでキスするのもそこそこに早々にベッドに丸め込まれてしまった。そしてそこから先も、身長差がありすぎる私たちにとって一苦労の連続が待っている。彼を受け入れながらキスすらできない事実に、どうしたものか。と日々頭を悩ませている。

「つまり?」
「私からスタンにキスしてみたい」
「結論から言って欲しかったな、僕も幼なじみの情事が聞きたいわけじゃないんでね」

目の前で眉間に皺を寄せて私を見るゼノは迷惑そうに薬品を振りながら私の言葉に苦言を呈する。つらつらと悩みを口にしたが、その実相談はたった一言だった私に盛大なため息をひとつ。

「身長伸ばす方法ない?」
「人の身長が伸びるタイミングは二度、そして君はその両方を終えている。」
「つまり?」
「諦めろ」

なんて諦めの早い!ゼノ先生の膨大な知識でどうにかならないものかとわざわざ恋人との情事まで口にして困っていることをアピールしたというのに!もっと真剣に考えてほしいものだ。

「ゼノ、私本当に困ってるの」
「知っているよ、君はスタンと恋仲になってからずっと首を痛めてるからね」
「この前なんてスタンとキスしようと顔を上げたら首からゴキッて音がして物凄く笑われたし…」
「フッ…クッ………お気の毒に…フフッ…」
「いっそ笑ってくれたほうがマシよ!」

声を上げずに笑いだしてしまったゼノに今度は私が苦言。あの時はたくさんキスがしたかったのに軽く済まされて自分の身長を本気で呪ったんだから、と口にしようとしたがさすがに恥が勝ったのでぐ、と言葉を飲み込んだ。まだまだ彼との身長差で悩んでいることは尽きない。

「スタンと腕組んで歩いてたら捕らえられた宇宙人、だなんて揶揄られるし…」
「酷い表現をするやつがいたものだな」
「言い出しっぺあなたよ?!」

忘れたとは言わせない!と声を上げると「悪かったよ!」と謝罪が飛んでくる。まったく!あの発言のせいでみんなからもそう揶揄られるようになっちゃったんだから!しかもスタンまで否定せずに笑ってたし!

「はぁ…わかった、真剣な悩みだろうから少しは相談に乗ろう。」
「愛してるわゼノ!」
「さて、君たちの身長差だが…」

指をクロスさせて少し黙りこんでしまったゼノ。相変わらず指が柔らかくいらっしゃる。本当にこんなポーズをしながら計算や考え事ができるのかしら?と彼を眺めていると、重く閉ざされていた小さな口が開いた。

「約1フィート4インチ±1インチ」
「なにが?」
「君たちの身長差だよ」
「さすがにそれは嘘よ!」
「あらゆる物と記憶を比較して出した結論だ、ほぼ正確と言っていいだろう」

ハッキリと断言する我が王国の科学者様にうぐ、と返す言葉を探したが見つからない。ゼノがそう言うならそうなんだろうさ、と頭の中でスタンが返事をするものだから折れてしまった。

「…数値化するとえぐいわね」
「4インチのヒールを履いても1フィート。そして算出されていた所謂キスしやすい身長差というものが約5インチ」
「つまり?」
「諦めろってことさ。」

わざわざ身長差を計算したのは私を諦めさせるための説得材料だったというわけだ。ううん、いかに無謀な相談か叩きつけるだけ叩きつけて自分は実験に戻ろうとしているなんて。

「…心配しなくても、スタンは君を愛しているよ。幼なじみの僕が言うんだ、間違いない」
「うっ…ゼノにそう言われると変な感じがするわね…」

別に愛されていないだとか、彼の愛し方に不満があるだとかそういう話ではない。ただ、ただ…。

「もっと、普通にスキンシップがとれたら素敵なのになって…」
「盛大に惚気を聞かされた気分だ、もうその口を閉じてここから出ていってくれ」
「あら、実験のお手伝いはいらない?」
「今はいい。必要なら無線で呼ぶ。」
「夜はやめてね?前みたいにスタンと」
「その話はやめてくれ!僕が悪かった!」

ドアを長い指でピシッと指差して私に退出を促す。邪魔だ、と言わんばかりに私を睨むゼノに仕方ないなと口にして立ち上がる。座ったままのゼノの頬に「相談に乗ってくれてありがとう」と唇を落とし、研究室から出た私の背後から

「まったく、世話が焼けるカップルだ…」

と嫌みったらしい言葉が聞こえた。

公開日:2020年8月11日