俺に恋なんてしないでよ

「スタン!墜落したって本当?」

忙しなく長い髪を揺らし、乱暴にドアを開けた名前は間髪いれずに先ほど文字通り「墜落した」俺に詰め寄った。ゼノが余計なことを言ったのかと煙を吐き出しながら明らかに心配してますって苦しそうに顔を歪めている名前を見る。あーあ、美人が台無しだ。

「無傷だよ」
「だからって!」
「なんも心配すんな」

ぽんぽんと頭を撫でてやると少しだけ表情に安堵が混じり、蒼白だった顔色はようやく通常の色を取り戻しつつある。彼女は平和や自身が脅かされることに怯えているのではなく、あろうことか俺の安否を心配していつもいつも整った顔に苦悩を浮かべている。笑ってほしいんだけどね、と思いつつ震えている名前の頬にキスを。まったく、ゼノも人が悪い。毎回こいつがこうなることはわかってるだろうに。

「墜落したけど人体に無害な…あー…なんつったっけパイロ…」
「パイロフォリック!非致死性兵器!」
「常識みたいに言ってっけど普通忘れっからね。」

まったく、どうなってんだこの新世界の研究者様たちの脳内は。何千年も石化してたんだ、ちょっとは知識が欠落していたっていいだろう。その知識に助けられている部分も否定できねえからありがたい話ではあるけどね。

「昨日も狼の血を浴びて帰ってきたし」
「おっと抵抗しないと喉噛みつかれて死体すら残らねえぜ?」
「そういう意味じゃない!」

しまった、今の名前にはジョークも通じない。いや元々ジョークが通じるタイプではなかったか。心配そうに揺れる大きな瞳が俺を捕らえて離さない。見つめられるとどうしても居心地が悪くてタバコに火をつけ居場所を求めてしてしまう。

「…今から敵の科学者暗殺しに行くんでしょう」
「ああ、長けりゃ数日留守になる。」
「そう…」

行かないでとは言わない本当はすがりついてしまいたいくせに、危ないことはしないで欲しいと叫んでしまいたいくせに。俺のことは信じていると口にしていながら、最悪の状況をいつも脳内で繰り返す彼女が不憫だ。あーあ、余計な心配まで抱えちまってかわいそうに。そして少しだけ考え込んだあとに名前は決まってこう俺に言う。

「スタン、必ず帰ってくるって約束して。お願い。」

大きな瞳が揺れて沈む。答えはわかっているくせに何度でも抗う名前の精一杯の抵抗を煙を吐き出しながらいつも通りのキスで交わし、こう告げる。

「…悪いね」

その約束だけはできない。
…約束しちまうほうが酷だろうが。

俺だって好きな女に口約束で安心を与えられるならそうしたかったさ。でも死ぬつもりはないよ、と何度伝えたって無意味でなんなら余計に彼女の不安を煽ってしまう。

「ま、帰ってきたら笑って出迎えてくれ。」
「それ、フラグにしか聞こえないのだけれど。」
「本気でお前には笑っててほしいんだけどな。」

そう言って目線を落としたままの名前の顎をくいっと上げてもう一度、深い深いキスをした。笑って、と微笑むと辛うじて口角が上がった薄ら笑いが返ってきた。

「ははっ、なんだその顔」
「笑えるわけないでしょ!」
「悪い悪い。」

なあ、

俺に恋なんてしないでよ

俺は軍人で、いつでも死と隣り合わせだ。特に毎日タバコを吸い命を浪費する俺にどんな約束が守れるかわかったもんじゃない。名前に俺はなにも返せない。いつもいつも苦しめてしまうならいっそ。

…なんて、彼女の唇の温もりを知ってしまった俺が言えるわけねえな。

公開日:2020年6月29日