#1 凸凹カカオフィズ

家の近く、大学からの帰り道にある小さな公園。公園といっても噴水とベンチがまばらにあるだけのちょっとした休憩スポット。休日にはペットの散歩や家族連れで少しだけ賑わうような場所。
今日も講義を終えた私はのんびりその公園の並木道を抜けようとしていた。課題がない日の帰り道はやけに足が軽くって自分の単純さを思い知る。平日だからか人通りも少なくて快適。だからちょっぴり上機嫌に、帰ったら映画でも見て時間を潰そうと企んでいた私は早く帰ろうなんてほんのちょっと歩幅を広げた。

そんな私の歩行を止めたのはベンチに座り込んで不機嫌にスマホをいじっている少年だった。美少年と呼んでも見劣りしない顔の整った少年だけれど今は眉間に皺を寄せてぶすっと唇を歪めている。明らかに「不機嫌です」という表情をして足を組んでベンチにどかりと君臨している彼は私のご近所さんだった。

「スタンリーどうしたの?ガールフレンドにフラれでもした?」

そうケラケラと軽口を叩いて彼…スタンリーに話かけると、スタンリーはピタッとスマホを弄る指を止めた。そして顔を上げて「げぇ…」と私の顔を見るなり嫌そう~な声を上げる。そしてハァーと深いため息。傷つくなぁまったく。

「俺がフラれるわけねえじゃん」
「じゃあまた閉め出されたの?」
「…ん。家に鍵忘れた」

そうバツ悪そうにぼっそり呟いたスタンリー。想定通りの答えに思わず「また?」とクスクス笑うとむっすり唇を閉ざしてしまった。

私が住むマンションのご近所さん、現在ハイスクールに通う年下の男の子。朝に弱いらしくってよく急いで家を飛び出しては鍵を忘れて両親が帰宅するまで閉め出しを食らっている。幼馴染のゼノに用事がある日はいつもこの公園の同じベンチで途方に暮れている姿をよく見かける。
初めて知り合ったのは私が大学に通うためにこの近くに引っ越してきてから数ヶ月後。そのときスタンリーはミドルスクールに通っていたっけ。あの日も鍵を忘れてベンチで時間を潰してた。やけにカッコいい男の子がいるなぁなんて思ったことを今も鮮明に覚えてる。

「アンタ帰ってくんの早いじゃん。サボり?」
「まぁね」

別にサボったわけではないし、今日の講義をちゃんと受け終わってはいるけれどそう答えておく。そして今日のスケジュールを全部捨てて「よっ」とスタンリーの隣に座ると「お節介」と呆れたように吐き捨てられた。
スタンリーが心配なわけでもお節介を焼きたいわけでもない。ただ、年下の彼が可愛くってお喋りしたいだけ。けどそんなことを言ったら威嚇されて二度と口をきいてくれなさそうだ。

「…今日はオトコ連れてねぇんだな」
「げえ、見てたの?」

スタンリーがいきなり突き付けてきたのは連日私が連れていた同じ大学の友人の存在。そこに触れられたくなかったのは、健全なお付き合いをしていないから。それを見抜いていたのかスタンリーが「slut」なんて悪態を吐いた。そんな暴言に対して反論も否定もできない。ボーイフレンドでもない男とセックスして解散がすっかり板についていた私には耳が痛くって仕方なかった。

「セフレ?」
「まぁね。フレンドでもないかも」

そう笑い飛ばすと「ふーん…」とつまらなそうに相づち。年下の男の子になんて話してんだろ、と話題を変えようと口を開く前にまたスタンリーの質問が飛んできた。

「本命?」
「全然」
「てか本命いんの?」
「いないけど…」

興味もないくせにズケズケと私の恋愛事情を暴いていく。ま、この年頃の子は人の恋愛がやけに気になるものだ。スタンリーもその例外ではないらしい。好きでもない、恋人でもない男に抱かれている私の話に興味津々みたいだ。

「…んなにセックスしてーの?」
「え」

スタンリーが口ごもりながら、ごにょ…ととんでもないことを問う。それに思わず呆けた声を上げてしまった。女の子をとっかえひっかえできるだろうスタンリーにそんなことを言われたら胸にグサッと鋭いナイフが突き刺さるに決まってる。ぐう、高校生にそんなことを言われたらさすがに胸が抉られるなぁ。

「…まぁ、気持ちいいしね」

嘘をついても仕方ない、と素直に答えるとスタンリーが隣でピクッと体を震わせた。気まず…と思いつつ彼の表情をちらっと盗み見ると眉間に皺を寄せて唇を尖らせている。そんな曇ったように見える表情に軽蔑されてる…と率直に感じればまたメンタルに直接響く。これでもスタンリーを可愛がっていたし嫌われたくはなかったんだけど、まぁセフレを家に連れ込んでいたのがバレてた時点で手遅れか。
当分見かけても話しかけるのはやめよ…と私の気分が落ちると沈黙が流れる。なにか話題を変えたい。なにか。そう必死に頭を動かしてひとつ、ずっと聞きたかった質問があることを思い出した。

「そういえば彼女ってどんな子?」
「は?」
「え、いや、彼女。いるでしょ?」
「いねーけど?」

私の質問に首を傾げているのは誰がどう見ても美少年。今も公園を歩いている人たちの目を惹いているような、学校では絶対にモテモテの男の子。どんな女の子でも目を合わせただけで落とせてしまいそうな、そんな魅力がある子だと私は踏んでいた。
そんなスタンリーが。フリー。
彼を奪い合って学校でいがみ合いとか起きたりしないんだろうか…?と愕然としてしまう。

「嘘でしょ?スタンリーなら誰でも付き合えるでしょ」
「…うっせ」
「えっ、落とせない子いるの?!どんな子~?!」

ずいずいっと身を乗り出してスタンリーの本命について不躾にも聞いてしまう。だってこの顔面を持ってしても落ちない女がこの世にいるなんて思えない。年下になんてことを聞いてるのか、と冷静な自分は黙らせて今は好奇心を全面に押し出した。
絶世の美女か恋愛に興味がない変わり者か。とにかくその事実を暴きたくて仕方ない。うずうずとスタンリーからの言葉を待っていると呆れたように大きなため息が聞こえてきた。

「ぜってー言わね」
「えー!教えてよ~!」

くいくいっとスタンリーの手を引く。お願い、と懇願するも口を結んでしまったスタンリーは口元を隠すように手のひらで顔を半分隠してしまう。どうやら意思は固いらしい。

「…じゃあ歴代の彼女」
「いねーって!」
「うっそだぁ、周りがほっとかないでしょ?あ、もしかして彼女はいらない派?それでもちょっとはつまみ食いしてるでしょ?」
「だー!うっせえなぁ!ヴァージンだよヴァージン!セックスどころか女のハダカすら見たことねえよ!」

ぐるると喉を鳴らさんばかりに私に噛みつくスタンリー。一方私は信じられない言葉の羅列にびっくりしすぎて声が出ない。
…正直、スタンリーは女の子をとっかえひっかえしていると思ってたしやることはやっていると思ってた。というかそれができるだけのポテンシャルがある。なのに彼から飛び出た言葉は見事な「童貞宣言」だ。

思わずじい…と彼の顔を眺める。長いまつげがクールな瞳を飾ってる。鼻筋の通った、形の良い骨格。鮮やかに色づいた唇はセクシーで目が離せない。これがヴァージン?年上のお姉さんに高く売れるんじゃない?と下世話なことをどうしても考えてしまう。
…やっぱりスタンリーが落とせない女の子の存在が気になって仕方ない。顔が良い上に運動神経抜群、確か州の狙撃大会で優勝した経歴も有り。こんなにハイスペックな男の子をフるなんて世の中には変な女もいたものだ。

「じゃあ本命の子に一途なんだ、意外~」
「もうアンタ黙ってくんない…?」

疲れたと言わんばかりに顔を歪めるスタンリーは深く息を吐き出した。そんな表情すら絵になるものだからこっちが困ってしまう。年下に劣情を抱くわけじゃないけど、スタンリーは十分その魅力を持ち合わせていた。

「その子のどこが好きなの?」
「………雰囲気?」

話さないと解放してもらえないと悟ったのか少し悩んだあとに私のことをじーっと見ながらそんなあやふやなことを呟いた。

「喋ってるとことか可愛い、あと笑ってるとこも」
「ベタ惚れじゃん」
「…でもびっくりするくらい脈ねーの。俺のこと眼中にない」

そう肩をあからさまに落としたスタンリー。諦めを含んだ声と、しょんぼりと落ち込んだ表情は捨て犬のようでそれに胸を撃ち抜かれる。…もったいない。こんなカッコいい子、中々いないのに。

「慰めてあげよっか?」

そんな彼に思わずお姉さんぶって冗談っぽくそんなことを言ってしまう。彼の頭に手を伸ばしてわしわしと撫でてやれば素直に私の手のひらを受け入れた。

「…どうやって?」
「あはは、考えてないや。なにかしてほしいことある?」

なんでも付き合うよと笑ってやるとスタンリーの瞳が大きく見開かれた。少しだけピタリと動きを止めたあと、ごく、と大袈裟に喉を上下させる。そして頭を撫でていた私の手を掴んだかと思えばすぐに指を絡めて、それをぎゅっと握った。

「…じゃあ抱かせて」

冗談。すぐに浮かんだのはその言葉。
なのに私を見つめるスタンリーのいつもクールな瞳が潤んでいる。まばたきをして目の前の光景を受け止めれば、彼の顔や耳が赤いことに気がついた。
本気で言ってる。そう感じ取れば、人の理性なんて簡単に溶けてなくなることを知った。年上のお姉さんという理性の皮を一枚剥いでしまえば私もただの女に成り下がる。目の前のイケメンとセックスできる喜びで体が疼けば自分がどうしようもない人間だと突き付ける。

「いいよ。忘れさせてあげる」

そう笑って握り返した彼の手のひらがやけに熱くて、ぐるっと欲を掻き乱されればもう戻れない。

公開日:2021年5月23日