一日遅れのハッピーホリデー!

「お腹いっぱい!もうなにも食べられない~」

先ほどまで食事をしていたレストランを出てすぐに、私をエスコートするべく隣に並んだスタンにそう笑いかける。するとタバコの煙とは違う、白い息を吐きながら彼が私に悪態をつくべく口を開いた。

「人のデザートまで食っといてよく言うぜ」
「スタンがタバコから帰ってこないのが悪いんでしょ?」

雪が降り積もる夜道を白い息を「はあ」と吐きながらゆっくり歩く。首もとにスタンから奪ったタバコくさいマフラーを着けているにも関わらず寒さが容赦なく顔面を叩いた。思わず身を震わせると隣からは「ハァー、さっみ」とあまりにも素直な気温に対して文句が溢れた。

今日はクリスマスを終えて年末を迎える準備を始める日。夜にも関わらず街中には明かりが溢れていてあちこちでクリスマス直後のセールが始まったことを知らせている。
そうやって世間が年末へ向かう中、一日遅れのホリデーを私たちは満喫していた。昼にはたくさんショッピングをしたし、今もレストランで普段は口にしない料理に舌鼓を打ったばかり。お酒もたくさん飲んで上機嫌、あとは私の家にふたりで帰るだけだった。

「悪いね、今年も当日に一緒にいてやれなくて」
「いいの、私の恋人は誇り高き軍人さんだもの」

国のために働く彼がクリスマスに休めるわけもなく、今年も例外ではなかった。寂しくないと言っては嘘になるけれど…ショッピングも食事も楽しかったし、デザートはふたつ食べられたし文句はない。なによりも私からマフラーを奪われて寒さに鼻を赤くするスタンが愛しいから差し引きゼロ、むしろ幸せでいっぱいだ。

「それにニューイヤーのカウントダウンは私と過ごしてくれるんでしょ?」
「今んとこはな」
「急に仕事になったらへそ曲げちゃうかも」
「善処すんよ」

アンタの不機嫌な顔は見たくないんでね、とぼやくスタンに口元が緩む。ニューイヤーの瞬間にキスがしたいという私の可愛い願いを叶えるためにスタンはクリスマスを犠牲に休暇を取ったと主張していたが、さて、どうなることやら。仕事になるのは仕方ないと思うし必ず埋め合わせをしてくれるから問題はない。ただ、こう言っておけばかなりの確率でスタンが私の元に帰ってくることを私は知っていた。本当に私の不機嫌な顔は見たくないんだろう。

「ふふ、楽しみにしてるね」

そう笑ってスタンのマフラーに口元を埋める。タバコの匂いが鼻につくが彼から防寒具を奪っておきながら文句は言えない。先ほどまで雪が降っていた道に足跡を残しながら歩いていると、いつもより背伸びしたヒールが雪に沈む。バランスを崩したと認識するよりも前にスタンに腰を支えられて事なきを得た私に、スタンが「危ねぇな」と苦言を呈した。本人よりも先に反射神経を発揮するスタンに「頼もしいナイトね、ありがとう」とお礼を口にしながら雪からヒールを引っこ抜く。

「転ぶなよ」
「あら、あなたのsweetieが転ばないにはどうすればいいのかしら?」
「はいはい。お手をどうぞ、可愛くておねだり上手なMy sweetie」

偶然とはいえ、レストランを出た時から今までずっとポケットに住み着いていたスタンの右手を引きずり出すのに成功。それをいいことに手を繋ぎたいと彼の顔を見る。すると甘く目を細めながら微笑んでスッと手を差し伸べるスタン。その手に左手を乗せるとひんやりとした彼の体温とは言えない氷のようなそれに「ひゃっ」と声を上げてしまう。

「冷たっ、やっぱいい、はなして」
「おいおいアンタが繋ぎたいつったんだろ、はなさねぇよ」

私の僅かな体温を奪おうとスタンはぎゅうと逃がさないように手を握ったあと、指を絡ませる。冷たい酷いと情けない声を上げる私の言葉なんて知らんぷりでそのままコートのポケットに連れ込まれてしまった。

「アンタ手ぬくいね」
「スタンの手が冷たすぎるのよ!」

手から伝わる冷温にむすりと眉間に皺を寄せていると「そんな顔すんなよ」とご機嫌な声が降ってきた。誰のせいよ、返事をしようとする私にピュウと風が顔面を叩いて邪魔をする。うう、耳がいたい。思わず冷たいスタンの手をぎゅううと握り返すとまた上機嫌に唇が鳴った。…別に甘えたかったわけではないけれど彼が嬉しそうならいいか。

「ほら、前見てみな」
「なあに?」

スタンに促されるままに顔を前方に向けるときらりと視界を奪うのは真っ青なイルミネーション。転ばないように地面を見ていたから気づかなかったそれに胸が踊った。ここら一帯がイルミネーションをしていることは知っていたが、まさかこんなにも派手な電飾を飾っているとは思わなくって唇からは感嘆が漏れる。

「わ、すごいね」
「見に行く?」
「うん!」

帰り道とは少し外れてしまうが、あんな光を見てしまったら近くでそれを浴びたいと思うのは仕方ないだろう。心なしか歩くスピードが上がった私にスタンがぴったりくっついて歩く。エスコートするようにきちんと片手は握ったままだ。
改めてイルミネーションの近くでまじまじとそれらを見ると思わず口元が弧を描いた。木々に彩られたブルーやグリーンの電飾に白い光が混ざっている。地面にはシャンパンゴールドが輝いて足元を照らしていた。
イルミネーションで飾られた道に一歩踏み入れると空から明かりが降り注いだ。空を見上げるとキラキラと光るのは星じゃない。空よりももっと近いところ、それこそ手を伸ばせば届いてしまいそうな場所で輝く人工的な星彩。

「綺麗、」

こぼれた一言に、幼子の行動を笑うかのように優しい声を上げたスタン。完全に心を奪われてしまった私はまだ顔に青を落としながら瞳を輝かせていた。イルミネーションではしゃぐような年齢じゃないのはわかっているが、久々に見上げる光に、私の体温を奪って熱を持った彼の大きな手に気分が高揚しているのを感じる。
上を向いたままちょっぴりスタンにくっついて視線は合わせない。何度も握り直される手のひらに、イルミネーションそっちのけで優しく私を見つめている視線。身勝手に光のみを見ている私に対してずいぶんと甘い対応だ。
そして、彼の視線に気づいた瞬間から心臓がドキドキ切なく鳴きはじめたものだから困っている。

「ねぇ」

そう呼び掛けて優しく名前を呼ぶ。今の私は寒さとはまったく別の熱に顔を真っ赤に染めている。そんな顔を見られたらまずいのに何度も「こっち見て」と甘い声がする。観念してちらりとスタンの顔を見るといきなり唇を奪われた。ちゅ、と控えめなリップ音がしてパチリ、目前に光が散る。

「なに照れてんの」

クスクスと私を笑ってもう一度ずいっと顔が近づいてくる。そっと瞳を閉じると「いい子じゃん」と耳元で声がして、唇に熱が咲いた。離れた唇が名残惜しくてお互いの吐息が離れないうちにスタンに抱きつくとスタンの左手が腰に回った。

「珍しいね、外でキスすんの嫌いなのに」
「…あなたと過ごすホリデーに浮かれてるのかもね」

違いないねと言い終わる前にまた唇を食まれる。真っ青なイルミネーションの下、シャンパンゴールドに照らされながら重なった唇は重なるたびに熱を帯びた。きっとあとで正気になってひとり頬を赤らめてしまうに違いないが、今は溺れていてもいいだろう。
そこから何度かキスをしてようやく離れた唇に、改めてスタンの顔を見ると青い光が彼を照らしている。いつも熱を持たない表情や顔色をしているが、青に照らされて余計に血色を持たないスタンの顔。瞳はこの光に今にも溶けてしまいそうで素直に綺麗だと思った。こう言ってしまうのはなんだが、いつも綺麗な顔に拍車をかけてる。くう、相変わらず整った顔をしていらっしゃる。

「そういやアンタにたくさんプレゼント用意してんだった。さみーし帰ろうぜ、プレゼントはツリーの下に置いてやっかんさ」

ぐぬぬとスタンの顔を見ている私を気に止めず、満足したのかそんな提案を口にするスタン。まったく、勝手な人だと思ったけれど寒いのは同感だった。
それにスタンからのプレゼントはそれなりに楽しみだし、私もスタンへのプレゼントをもうツリーの下に置いてある。お互いのプレゼントでいっぱいになったツリーはきっと見るだけで温かい気持ちになるに違いない。たとえそれが一日遅れのクリスマスだとしても、だ。

「ふふ、そう言うと思って世界で一番カッコいいサンタさんに食べてもらうクッキーとミルクを用意してあるの」
「ヘェ、そいつは楽しみだな」

サンタクロースに愛されるだなんてまるでおとぎ話ねと軽口を叩く私に「いい子にしてねぇとプレゼントはあげらんないね」と意地悪な返事をプレゼントするスタン。それは困るからお喋りは控えておこうと笑いながら、また雪に足跡をつけて世界でふたりきりのクリスマスにベルを鳴らしたのだった。

公開日:2020年12月26日