アドベントカレンダーのお話

「アドベントカレンダーじゃん」

大きい紙袋を持って帰宅した私の荷物を見て、本日購入したものを言い当てるスタン。その言葉に「待ってました!」と言わんばかりに口角を上げて頬を緩ませながらニコニコと紙袋から立体を取り出した。

「じゃーん!」
「アンタほんとこーいうの好きだね」
「大好き!」

赤い本型のカレンダーをテーブルに置くとスタンリーがふーんと咥えたタバコを無意味に上下させながらそれを手に取った。クリスマスを連想させるデザインに1から24の数字が刻まれている。その周りにはミシン目がたくさん刻まれていて、カレンダーを振るとカラカラと幸せの音がする。

「今年はチョコレート?」
「そう!去年は惨敗したからね!」

去年の自分はお気に入りの化粧品ブランドが出したアドベントカレンダーを購入していたにも関わらず、十日もしないうちにその存在を忘却。大晦日に発見したそれを無心でペリペリと始末する私の姿をケラケラ笑いながらムービーに納めたスタン。今でもたまにそのムービーを見て笑っている彼に「今年の私は最後までやり遂げます」と大見得を切るため、例年通りにカレンダーを購入したわけだ。「食べ物なら忘れないでしょ!」と息巻く私に「どーだか」とそっけない返事が返る。スタンは今年も私がアドベントカレンダーを完遂できないと思っているらしい。

「そういや今日から十二月じゃんね」
「そだよ!」

スタンの隣にちょこんと座ってカレンダーの「1」を探す。ここ、と私よりも早く数字を見つけたスタンがタバコを灰皿に押し付けながら本日の窓を指差した。見つけてくれてありがとう!とルンルンに返事をしたあとにそこに爪を引っかける。ピリ、とキリトリ線を暴く振動が指に伝わって音になるそれに胸が踊った。
この瞬間がたまらなく好きだった。なにが入っているんだろうとわくわくして、中身はいつもキラキラしたプレゼント。クリスマスまでの限定の魔法に私は今年も魅了される。…今年こそはクリスマスまで魔法にかかったままでいられるといいけれど。

「スタンもクリスマスまでカレンダーやろうよ、キャンディとかもあるみたいだよ」
「タバコのアドベントカレンダーないん?」
「正気?」

ただでさえ毎日タバコとキスしているくせに、よくもまぁそんなことが言えたものだ。思わず彼の思考を否定してしまうがこれは仕方ない。もしこの場にゼノがいれば私と同じ意見を持っていたに違いない。

「じゃあアンタがタバコの箱に数字書いてってよ。それでカウントすっからさ」
「えっ?!書くかく!つまり一日一箱に抑えてくれるってことだよね?」
「やっぱ今のナシ」

私に見せていたタバコの箱をサッとポケットにし舞い込むスタン。慌てて手に取った油性ペンを片手に「ほら、箱出してダーリン」とぺしぺし彼の膝を叩いた。そもそも一日一箱でも多すぎるくらいだ。本当に病気になる前に本数を減らしてほしい。

「ほらハニー、アンタのカレンダーが待ってるぜ?」
「スタンがタバコ出すまで待たせる」
「アンタに慈悲はないのか」
「ないよ」

しぶしぶとタバコの箱を取り出したスタン。彼の手からぱっとそれを取り上げて「1」と数字を書く。そしてスタンにそれを投げ渡した。その数字を忌々しそうに眺めてスタンがぼやく。

「満足?」
「ストックにも数字書いていかなきゃ」
「最悪じゃん」

信じられないと言わんばかりに声を上げたスタン。それを無視して無慈悲にタバコがストックしてある引き出しに向かおうと立ち上がる。が、それを阻止しようとスタンが私の手首をぱしりと掴んだ。

「タバコのカレンダーならやるんでしょ?」
「よく考えてくれハニー。楽しい楽しいクリスマスまでタバコの本数を強制的に減らされるダーリンについて、なにか思うことがあんだろ?」
「本数減らしてて偉い」
「慈悲をくれよ…」

ぐいぐいっと甘える子どものように掴んだ手首を引かれて「う…」と決心が揺るぐ。だ、ダメダメ!そもそも一日一箱でも多いんだってば!
息をのんでもう一度「ダメ」と伝えようとするが綺麗な顔を困ったように歪めながらひどく甘い声で私の名前を呼ぶ。何度も懇願する唇に、透き通った瞳は私の顔を映していた。するりと指を捕らえられてそれに頬擦りされれば、私の主張なんていとも容易く熔けて消える。
ぐう、自分の顔が良いこともその顔に私が弱いことも完全に理解した上での犯行だ!たちが悪い!

「………来年からは本数減らしてね…」
「よっしゃりょーかいりょーかい愛してんぜハニー!」

ぱっと表情を明るくして一気に上機嫌になるスタン。ほら、たちが悪い。
去年もこんな話をした気がする、と少し重くなった頭を抱えながらため息をつくと「ほらハニー」と誤魔化すようにチョコレートが詰まったカレンダーを手渡された。今日の分が中途半端に開いているそれを眺めて思わず「ふふっ」と笑ってしまう。
あんなに楽しみにしていたカレンダーよりスタンのタバコ問題を優先させたことがなんだか可笑しくって頬が緩む。そしてなにも解決していない問題を頭の隅に追いやって再びカレンダーに指を引っかけた。ピリリッと最後まで窓をあけるとそこにはころんと小さなチョコレートがふたつ。赤くてキラキラした包装が可愛らしくって思わずスタンに「見てみて!」と手元を見せるとスタンの頬が緩むのが見えた。

「スタンに一個あげるね」
「俺はタバコがあっからいんねーよ」

そう断ったスタンの手のひらにちょこんとチョコレートをのせる。タバコじゃなくてこっち、とそれを指差すと「そりゃどーも」と苦笑いが返ってきた。

「げ、ミルクチョコじゃん」
「このブランドのチョコ美味しいんだよ!」

ヘーェ、と興味なさそうにスタンが相槌してペリッとチョコの包装を破く。中からは艶やかな、彼の口に放り込まれるのを心待ちにしたチョコレートが一粒。それをよく見もしないで間髪入れずに口に投げ込んだ。

「なんて情緒のない…」

アドベントカレンダーを楽しもうという気持ちはないのか、と彼に問おうとした瞬間だった。ぐいっと肩を引き寄せられてスタンの大きい手のひらが顎を掴む。そのまま顔をスタンに向けさせられて、すぐに唇が塞がれた。んんっと抵抗する前に甘い舌が唇をこじ開けて、まだ溶けきっていないチョコレートを口内へ押し込む。
いきなりのキスに驚き、反射的にごくんっと口に押し込まれたチョコレートを飲み込んでしまった。…どうやらスタンははじめからチョコレートを飲み込む気なんかなかったようだ。

「どう?おいし?」
「うえぇ…タバコの味が混ざってる…変な味がする…」
「ははっ、悪い悪い!」

ケラケラ笑いながら先ほど数字を書いた箱からタバコを一本取り出した。そして甘いやら苦いやら色んな味がする口に悶えている私を横目に火をつけた。
今度は絶対に禁煙させてやる…と煙を吐き出すスタンを睨みながらもうひとつのチョコレートの銀紙を剥ぐ。そして不味い味を上書きするために、決意と共に口にチョコレートを放り込んだ。

公開日:2020年12月1日