ポッキーの日の話

「ポッキーの日?」

私の言葉を聞き返すスタンの表情には怪訝が浮かんでいる。私が適当なことを言っていると思っているのだろう、まるで信じていないその表情に思わずムッと頬を膨らませた。
「ほんとだよ」と主張しながら先日購入したポッキーをちらつかせてスタンを説得するがやはりまるで効果はない。イチがたくさん並んでるからポッキーの日、と説明を加えるけれどやっぱり興味は引けなさそうな、曖昧な相槌が返るのみだ。

「もし本当だとしたら日本人ほんとそういうイベントに弱いよな」

それは否定できない。うぐ、と言葉に詰まるがそんな弱味のひとつやふたつ、スタンにポッキーの日を説明するのには不要だろう。誤魔化しちゃえとこほんと咳払いをひとつしたあとに意気揚々とポッキーの日について説明を口にした。

「今日はポッキーゲームする日なの!」

はい、嘘。
そんな秩序が乱れきった日があってたまるか、と自分の暴論を笑ってしまいそうになるが奥歯を噛み締めて表情が緩まないように堪えた。
スタンとポッキーゲームがしたい!その一心で、なにも知らない彼を騙そうとしている。とんでもない彼女でごめん!でもやりたいんだもん、なんならポッキー食べるかわいい姿を写真に納めさせてほしい!

「ポッキーゲーム?」
「ポッキーを両端からくわえてね、食べてくの。先に唇離したほうが負け」
「ヘェ」

興味なさそうな相槌と共にタバコに火をつけようとするスタン。その腕を「待って待って待って!」と制する。

「なに?」
「ポッキーゲーム…」
「やんないよ」

その言葉にガンッと頭を殴られたような衝撃が走る。なんでぇ…と崩れ落ちる私をケラケラ笑いながら頬をむにゅりと優しくつねった。

「ハニー、それ嘘だろ」
「なんっ…ほ、ほんとだよ!」

じい、と顔を凝視されてぱちりと目があう。数回まばたきをしたあと、なんだか後ろめたくってふいっと視線を外したのを彼が逃がしてくれるはずがない。

「ほら嘘じゃん」
「うっ…」
「ハニー?」

そう甘く呼ばれてはこちらが折れるしかなかった。ごめんなさい…と小さく呟いた私と勝ち誇ったスタン。か、勝てない…!そもそもこの綺麗な顔の前で嘘をつくこと自体が無謀なのだ。

「で、でね、ポッキーゲーム…」
「やんない」
「な、なんで…」
「嘘つく悪い子にはお仕置きが必要だろ?」

ぐうの音も出やしない!その言葉を聞いた私は床に顔を伏せて「うえぇ…」と呻く。ごめんなさい、次から嘘言わないから、と許しを乞う私を尻目にスタンはこれ見よがしにタバコに火をつけた。

「スタン…」
「だーめ」
「お願い…」

ポッキーをずいずいっと彼に押し付けながらのお願いも届かない。嘘なんてつくんじゃなかった!とぐるぐる熱くなる瞳が少しだけ濡れる。
ポッキーゲームを諦めきれない私はポッキーをくわえてふいふいっと揺らしてみるがスタンリーには効かない。
そして仕方ない、としょんぼりしながらもそもそとポッキーを普通に食べはじめた私をまた笑うのだ。

「ねぇ」
「なあに?」

ふいっとスタンリーの方向に顔をやるといきなり唇がスタンリーに食べられる。それにびっくりして心臓を鳴らすと、抗議する間もなくぺろりと唇を舐められた。

「満足した?」

そんなことをつぶやきながら「キスしたいならそう言いな」なんて私に突きつけるのだ。
そ、そういうのずるい!

「もうポッキーあげないから」
「いじわる言うなよハニー」

どっちがいじわるよ、なんて言葉はまた食まれた唇に飲み込まれて消えていった。
かくして私は、ポッキー味ではない、タバコ味のにがーいキスを受け入れることになったのだった。

公開日:2020年11月11日