あさぎりゲンver

世間様は年越し間近の大晦日。
外には初詣をするために出かけているカップルや家族の群れ。友人たちは彼氏と過ごしたり福袋を狙いに行くからと遊んでくれない薄情者ばかり。
ついでを言うと、私の彼氏は大晦日の特番生放送で現在進行形でマジックを披露していた。謎でしょ?私もそう思う。

「は~い、次はトランプのマジックやっちゃうよ~」

なんてペラペラ軽薄な言葉と笑顔を浮かべてトランプを手に取った恋人…あさぎりゲンは現在、絶賛仕事納め中だ。
すごい、私今恋人の仕事納めを眺めてる。ふふ、ウケる。いやウケない。
彼が出ている番組をぼーっと見ながらひとりで年越しそばを口に運ぶ。ずるずるっと麺をすすりながら何度もこの部屋で練習していたマジックを全国に向けて発信している。うわ、なんだか不思議な感じ。
ゲンくんがマジックのお相手に選んだのは最近話題のアイドルさん。私なんかより背が高くって細くって顔の大きさなんて拳程度しかない。顔も抜群に可愛い。彼はただマジックをしているだけなのに、私は性格が悪いことに「ふーん、私はひとりなのにゲンくんはあの可愛いアイドルと年越しするんだ」なんて卑屈がこみ上げてくる。最悪だ、ゲンくんは仕事中だというのに。

「あとでいっぱい嫌味言ってやろ」

そんな呟きはテレビ越しの歓声に消える。画面を見なくったってわかる、ゲンくんはマジックを成功させて称賛を受けている真っ最中だ。
そうして耳につくのはアイドルのやけに甲高い「えーすごいですねー!どうやってるんですかぁ~?」なんて声だ。ぐう、くっそ私の何十倍も可愛い。きっとゲンくんも私なんかと過ごすより仕事でアイドルにすご~いって言われたほうが嬉しいんだろうな。
寒さのせいか卑屈に成り下がった私は半分残ったそばを机に置いたままこたつに潜り込む。この番組が終わったらゲンくんがうちに来る予定だったけどこのまま寝ちゃおっかな、なんて最低なことを考えながら。

「…やっぱりひとりの年越しは寂しいな」

なんてぼやいた言葉は誰にも届かない。ゲンくんがどんどん有名になってテレビに出られるようになるのはとっても嬉しいけど複雑な気持ちも正直ある。これが同担拒否の感情か…勉強になるなぁ。
馬鹿すぎることをもやもや考えているとテレビも終盤、年越しのカウントダウンが始まった。カウントダウンだけはきちんとするかぁと起き上がって伸びきった蕎麦を見る。もったいないしあとで食べておかないと。

テレビから流れる聞こえる数字にちらりと画面を見るとちょうどゲンくんがカメラに手を振っているところ。ふふ、たまに見せるそういう年相応の笑顔が好きだな。
帰ってきたらお仕事お疲れ様、あのアイドル可愛かった?と仕事納めの感想を聞いて、お蕎麦を作ってあげて…それから…。
帰ってきたらやることをぼんやり考えていたらいつの間にかカウントは1、あ、年が明けるんだなぁなんてぼんやり感動もなにもなく新年を迎えた瞬間だった。ピコンッとスマホが鳴ってメッセージを知らせる。私も友達がいないわけではない、きっと友人たちの「あけましておめでとう!」の嵐だろう。
のんびりスマホに腕を伸ばしてスマホをつかむ。画面を付けた瞬間に飛び込んできたのは、すべての予想を裏切った恋人からのメッセージだった。

「あけおめ名前ちゃん、すぐに帰るね。だって」

そのメッセージに荒んでいた心に沁みる。ああ、きっと私が寂しがっているのもアイドルに嫉妬しているのも彼には筒抜けなんだろうなぁ。

「そういうところがたまらなく好き」

そんな彼にすら届かない言葉をぐずぐずに蕩けた唇で吐き出す。絶対に本人には言ってやんないけど。
さて、彼が帰ってくるまであと二十分。天ぷらを温め直して、お風呂準備してそれからそれから。

「ゲンくん早く帰ってこないかな」

私たちの年越しはまだまだこれから!ゲンくんには初日の出まで付き合ってもらっちゃお!なんて、きっとゲンくんにも読めないことを考えながら「待ってるね」と文字を画面に走らせた。

公開日:2020年12月31日