手紙

Twitterでの企画に参加した際の作品です。
お題「手紙が届いた。差出人の名前はない。」から始まり、「また会えますようにと願うほかないのだ。」から終わる物語。
お相手は羽京さん。
ハッシュタグ「#同じお題で書いてみようdcst夢01」にて他の方の作品を読むことができます。
素敵な企画をありがとうございました。


手紙が届いた。差出人の名前はない。
そんな特徴がある手紙を出す人は、そもそも私にこんな手紙を出す人は世界にたった一人しかいない。郵便受けにぽつんと投函されていたその手紙の、住所と私の名前は慌てたような文字が踊っていてそれを見てふふっと笑ってしまった。

「羽京くん、また自分の名前書き忘れてる。」

こんな手紙、私じゃないと受け取らないよと胸を踊らせながらそれをスケジュール帳の間に大事に仕舞い込んで鞄を持ち直し大学に向かう私の足取りは、自分でも呆れるくらい軽かった。

…ことのはじまりは、小学生の頃。熱を出して休んでしまった私に、近所に住んでいたお兄ちゃんみたいな存在だった羽京くんがプリントを届けてくれた。そのプリントが入ったクリアファイルには先生が持たせたものではない小さな紙がはさんであって、それを読むと羽京くんからのものだということが判った。
そこに書かれた「はやく元気になってね」という文字は優しさが滲み出ていて、普段から彼の優しさを享受していたくせにようやく彼の魅力に気づかされた私は一瞬で恋に落ちた。熱に浮かされた私はすぐにお返事を書いて、でも本人に渡す勇気はなくて、宛名も差出人も書いていないそれを直接羽京くんの家のポストに放り込んだのだ。
これで終わっていればかわいい思い出で済んだ話だけれど、なんと羽京くんから数日後に返事が来たものだから私たちの宛名も差出人もない、可笑しな文通が始まった。
それも大人になるにつれて、宛名だけはきちんと書かなきゃ手紙が届かない関係になってしまったけれど、それでも文通だけは続いている。

知ってるよ、羽京くんがいつもの癖でなにも書いていない封筒を出そうとして、投函直前に慌てて宛名を書いてること。でもいつも自分の名前は書き忘れちゃう。切手はいっつもナナメにぺたり。そんなところも大好き。

「例の彼氏(仮)から手紙来たでしょ?」
「その(仮)はいつか取れるから!」

完全に喜びが顔に出てしまっていたらしい私に友人がそう声をかけてきた。にへらと笑いながら結婚式には来てね!と大口を叩く。しかし事実、私と羽京くんは恋人というわけではない。そして私からも彼へ気持ちを伝えたこともない。
なんなら最後に会ったのは確か、高校生の頃。つまり彼の中の私はまだ高校生なのだ。その頃には羽京くんはもうとっくに成人していて、私なんて彼からすればまだ子供。相手にされないに決まってる。いつになれば大人になったって言えるかな、言ってもらえるかな、ずっと子供扱いは嫌だなぁなんてぼんやり講義を消費する私は、まだまだ子供みたいだ。
最後の講義が終わり家に直帰、服を着替えることもせずに羽京くんからの手紙を取り出しつつベッドに飛び込んだ私を今朝変えたばかりのシーツが受け入れる。丁寧に糊付けされたそれをレターカッターで綺麗にあけると数枚の便箋が顔をのぞかせた。やった!今回はいつもより2枚も多い!

そっと便箋に目を落とすとそこにはいつもどおりの彼の綺麗とは言えないけれど優しい文字。書き出しはいつもそう、少しだけ堅苦しい文章。季節が変わった話や元気にしていますか?と私を気遣う定型文。そのいつも通りをたっぷり堪能したあとに、彼自身の言葉が始まる。
仕事の話、近況、最近見たもの感じたこと、そしてなにより彼が楽しかった話。その中で目に引っ掛かった「そういえばこの間、名前ちゃんからの手紙を同僚にからかわれたから思わず自慢しちゃったんだ。ごめんね。」というあまりにも茶目っ気溢れる一文に胸が高鳴る。羽京くん、私のこと同僚さんに話してくれてるんだ!
思わず足をじたばたさせて胸の鼓動を発散させる。ぎしぎしっとベッドが軋むがお構い無し。だって鼓動のほうがうるさい。やっと次を読み進められる頃には変えたばかりのシーツがぐちゃぐちゃになってしまっていた。

次に「そうだ、遅くなったけど大会優勝おめでとう!」の文字を追う。親にしか言ってなかったはずの弓道大会優勝という情報は親同士が仲良しのご近所関係には筒抜けらしい。「優勝者インタビューも見た。」と書かれているからうぐ、と息を飲んでしまった。あれ、噛みまくりの動揺しまくりだったのに!しかし、一気に沈んでしまった気持ちは次の「しばらく見ないうちに大人っぽくなったね、びっくりした。」という文章でかき消された。

「大人っぽくなった」

思わず口にしてしまった言葉が部屋に響いて消えていく。ゴロゴロ!と手紙に顔を埋めながらベッドを左右に転がる私のなんと滑稽なことか!でも嬉しい!一歩でも羽京くんに近づけたことがなによりも嬉しい!

「いつの間にか名前ちゃんも大人になって就職して、僕とのやりとりもなくなると思うと少しだけ寂しいな」

私が大人びて感傷に浸ってしまったらしい。そんな一文に唇を尖らせてしまう。私は私の名字が羽京くんと一緒になるまで手紙を書き続けるってとうの昔に胸に決めているというのに。なめないで。
さて、どこから否定してくれようか。とベッドから脱出して椅子に座る。机の引き出しからレターパックと切手を取り出し、羽京くんから大学の合格祝いに贈られてきた万年筆を握る。これと一緒に送られてきた女の子の喜ぶものがわからなかったという彼らしい謝罪と、君の書く文字が好きだからという初めて聞いた独白が綴られた手紙にはそれはもう舞い上がったものだ。

あなたに手紙を書くためだけに身につけた綺麗な文字で封筒に宛名と差出人を飾る。ビニールから取り出した便箋を広げて書き出しはいつもそう、手紙が届いてうれしい、元気そうでよかったという内容。
さて、これから本題だけれど。うーん、なにから書こうかなと悩み、ふと窓の外を眺めるとキラリ、と視界が星が流れるのを捉えた。わ、流れ星!思わずさっき流れ星が流れたの!と万年筆が紙を埋める。昔、一緒に星を見に行った日のことを彼は覚えているだろうか?あの頃は流れた星に「羽京くんとずっと一緒にいられますように!」なんて無邪気に願ったりしたなぁ。
…叶わなかったけど。
ああ、会いたいなと思わず手紙に書きかけてぴたりと止める。ダメだ、これだけは書いちゃダメ。また一緒に星を見に行きたいねと誤魔化した文章は少しだけ歪んでしまった。…書き直しだ。

本当は会いたい、テレビ越しなんかじゃなくて、大人になった私を見てほしい。けれどそれは絶対に書かない。これは私のちょっぴり背伸びした意地だ。彼から伝えられる仕事の話は私が知らない羽京くんをたくさん教えてくれる。それは彼が仕事を精一杯頑張っていて、楽しんでいる証拠だ。それを、私の一言が邪魔をしちゃいけないし、気に病ませるのはもっとヤダ。
それに、見たことはないけれど仕事をしている彼はきっと世界で一番かっこいいから!
だから今は、今すぐにでも落ちてきそうなお星さまにまた会えますようにと願うほかないのだ。

公開日:2020年7月16日