とける体温を教えて

リクエスト内容:司さんと同い年か一つ下の女の子が冷凍庫を未来ちゃんと一緒に甲斐甲斐しく管理、司さん解凍後に安心して高熱を出して倒れた所を今度は司さんにお世話される話


ゆっくり重いまぶたを上げると、そこには見慣れない天井。ぼんやりする頭に熱くてだるい体がふわふわする。なにも考えられないままぼーっと天井を眺めていると、ガサリと隣で動く人影。そうして私の顔を覗き込んできた大きな影に、ぶわっと視界が歪んだ。

「目が覚めたかい?」

その声や覗きこむ顔にピクリと動く指先。小さく「あ、」と声を洩らすと大きくて優しい手がそっと私の頬を撫でた。どくんと心臓が跳ねればただでさえ熱い体が大袈裟に全身を脈打つ。

「うん…まだ熱が高いね」

そう困ったように呟くのは私の大好きな人。

「つか、さくん…」

そう絞り出すように出た彼の名前に、大きな影…司くんが優しく微笑むのが見えた。
その光景は私にとって夢のような現実で、ぼんやりと霞む視界にボロボロと流れる涙を止める術を私は知らない。頬に触れたままの手に触れるとそのまま彼の指が滑って指が絡まりあった。

「…司くん」
「…うん」
「司くん、」

ずっと眠っていた司くんが目覚めた日。
冷たい箱の中で、ピクリとも動かないで一年以上。コールドスリープとは名ばかりの、凍死したまま保存されていた彼の体。毎日毎日、未来ちゃんと冷凍庫のお世話をする日々。
不安で不安で仕方なくって、それでも未来ちゃんにはそんなところを見せたくなくって。ずっとずっと誰にも弱音を吐けないまま過ぎた季節はあまりにも残酷で。彼の…司くんのいない日々に心が軋んで治らない。

そんな毎日を送っていたから、今日、海からやってきた見覚えのある船に全身が粟立った。海を渡った仲間の帰還。千空くんが見せた不思議な形の装置は私たちの希望。
そして無事、石化を遂げた司くんが目覚めた瞬間にプッツリ、緊張の糸が切れて。そこから記憶がない。

再会の挨拶もままならないまま倒れたらしい私は何度も彼の名前を呼ぶ。ぎゅう、と握られた手のひらが熱い。私が彼の名前を呼ぶたびに司くんが相槌をくれて胸がぎゅう、と締め付けられた。…司くんだ。いつも通りとっても優しくて、強くて、暖かい。

「おかえりなさい、司くん」
「ただいま、名前」

生きてる。
本当に良かった、と安心すると全身の力が抜けた。ようやく涙が止まってくれたからふにゃり頬を緩めると司くんの頬も緩んだように見える。そして私の手を握っている反対側の手で私の涙の痕を拭った。
会いたかったとか心配したとか、たくさん。本当にたくさん言いたいことはあったはずなのに熱のせいなのか何も出てこない。それがなんだかおかしくて「ふふ、」と小さく笑って見せると少しだけ驚いた顔をしたあとに司くんがずいっと顔を寄せた。握ったままの私の手に頬を寄せてすり…とすり寄れば司くんの頬を私の手の甲が走る。

「急に君が…名前が倒れたものだから心配したよ」
「ごめんなさい…」
「謝らなくていい。いや、謝らないでくれ。未来から聞いたよ、ずっと気を張っていたんだろう?」

その言葉にぎくっと肩がぎこちなく震えた。…うう、未来ちゃんのお姉さんぶってたくせにバレてたなんて。カッコ悪いなぁ。

「未来に君をもっと大切にしろと怒られたよ」

妹にしっかり釘を刺されたんだろう司くんは珍しく苦笑いをしながらそんなことを言うもんだから可笑しくてクスクスと笑ってしまう。確かに周りから見てたら私は司くんに振り回されているように見えただろう。そして司くんもそれを自覚してるみたいだ。

でもね、司くん。石像の私を見つけ出してくれて。復活液だってとっても貴重なのに私に使ってくれて。新世界を作るって聞いたときはちょっぴり不安だったけどそれ以上にずっとずーっと守ってくれて。今だって未来ちゃんや千空くんと話もあるはずなのに、私の傍にいてくれる。こんなに幸せなことはない。…もう十分、大切にしてもらってる。
それがわかっているのに欲張りな私はもっと彼の優しさを欲して「そうだよ」と意地悪に返事をしてしまう。こんなワガママなことを言ってしまうのはきっと熱のせいだ。

「名前にはたくさん苦労をかけたね」
「…そうだよ。いきなり戦争とか新世界作るとか言い出したと思ったら大怪我して」
「す…すまない…」
「どれだけ私が心配したと思ってるの。どれだけ私が、」

司くんの手をぎゅううっと握る。そして弱々しく「寂しかったと思ってるの」と呟くと司くんが少しだけ目が見開いたあと、ぐしゃりと顔が歪んだ。
司くんのいない世界はどうしても寒くてくすんで見えた。何度も「司くんがいたら」なんて考えた。そのたびに冷凍庫のある部屋に閉じ籠ったりして何度もあなたの名前を呼んだ。大丈夫って自分に言い聞かせて、それでもずっとどこかにあなたが引っかかる日々。未来ちゃんに「大丈夫だよ」と笑うたびにボロボロと剥がれていく心の鱗ではあの子を人魚姫にもしてあげられない。
あなたがいないとダメだと知って、余計に息苦しくってどうしようもなく寂しかった。

「司くんがいない間、いろんなことがあったの」
「うん…君の熱が下がったら全部聞かせて欲しいな」
「今じゃだめ?」
「熱が上がってきている。無理は良くないよ」

そう言ってぴとりおでこに手のひらが当てられる。熱を測るように数秒、私のおでこに触れたあとそのまま頭を撫でた。そんなことされたら余計に熱が上がっちゃいそう、なんてぼんやり考えながら彼の手を受け入れていると「そうだ」と司くんがなにかを思い出したように呟く。

「千空から薬を貰っていたんだ」
「やっぱり千空くんはすごいなぁ…」

薬を飲むために身を捩って起き上がろうとするけれど体に力が入らない。司くんの言うとおり今日は休んだほうが良さそう…と脱力していると司くんが上半身を抱き起こしてくれた。ただ起き上がっていることにすらふらふらしてしまって体が揺れる。それを司くんが支えてくれながら「ほら」と私の手に包み紙を手渡してくれた。ゆっくり紙を開くと白い粉が姿を現す。…け、結構量が多いなぁ。

「ふふ、君は粉薬が苦手だからね」
「に、苦くありませんように…」

粉薬は錠剤やカプセル剤に比べてどうしても苦味が口に残るし、飲み込むのも一苦労…な、気がする。うぐ…と怖じ気づいていると司くんからコップに入った水を渡される。逃げられない…なんて薬とにらめっこしていると司くんの手が私の頭を撫でた。

「大丈夫だよ」
「うん…」

子どもに言い聞かせるような口振りに思わず小さくこくり頷いてしまう。思いきって粉薬を一気に口内に放りんで間髪入れずに水を流し入れた。ごくっと大袈裟な音が喉から聞こえて思わずはぁ…とため息が飛び出てしまう。

「にがい…」

物凄く苦い。舌に残った苦味を消すために水を思いっきり口に含む。いつの時代も体に良いものは苦いらしい。この味にだけは慣れない…と唇を尖らせているとベッドの脇に座り込んだ司くんの腕が私の体を包み込んだ。

「うん…いい子だね」

偉いえらい、と抱き締められてただでさえふわふわしている体に余計熱が走った。司くんの大きな体にドキドキする。ちょっとだけ、と彼に寄りかかるとそれだけ司くんの腕に力が入った。

「困ったな、もう離したくない」
「…私も離れたくないな」

彼の胸に耳を寄せるととくんとくんと心音が聞こえる。彼の体が温かくって安心する。ちらりと彼の瞳を見上げるとぱっちり目があって顔に熱が走った。
そういえば石化が解けてからいろいろ忙しくって司くんとこんな風に触れあうことも少なかったし、彼を一人占めすることもできなかった。だから今、司くんに抱き締められて二人っきりでいられることが嬉しくてたまらない。もう離れたくない、このままでいたい。そう願いながら私も司くんの背中に腕を回す。そして筋肉質な体に抱きついた。

「名前」

彼が私の名前を唇でなぞる。なあに、とまた司くんの顔を見上げるとちゅっと音を立てながらおでこに彼の唇が落ちた。

「つ、つ、司くん…?!」

少しだけフリーズしたあと、びっくりしすぎて声がひっくり返る。いきなりのキスに胸はばっくんばっくん脈打つし頭はぐらぐら、思考はぐちゃぐちゃ。ぐるぐる目を回していると司くんがクス…と小さく笑ってそんな私を至近距離で眺める。そして私を抱き締める力を緩めてそのままベッドにゆっくり沈めた。下から見上げる司くんがなんだかいつもよりかっこよく見えてドキドキしているとまた彼が目尻を下げて微笑む。

「うん…今日はもう眠るといい。おしゃべりはあとでゆっくりしよう」

そんなことを言いながら布団を私の体にかけてくれる。司くんが心配してくれてるのにまだ喋り足りなくって「でも…」と子どものように駄々をこねると司くんの人差し指が唇にピト…と当てられた。それに「む…」と唇を閉じると彼が満足そうに笑う。そうして子どもを諭すように「しぃーっ」と私のお喋りを食い止めた。
それがなんだか恥ずかしくって顔を隠すように思わず顔の半分、鼻先まで布団をかぶる。うう、なんで熱なんか出しちゃったんだろう…とどうしようもない後悔をしていると彼の手がまたおでこで体温を確かめようとする。…もう下がってないかなぁ。もっと司くんとお喋りしたい。そんな願いも虚しく、司くんが困ったように笑うものだからまだまだ平熱には程遠いらしい。

「名前、氷を持ってこようか?体を冷やしたほうがいい」

その提案に大きく分かりやすくふるふる首を振る。それを見た司くんがまた困ったように笑った。そして「どうして?」と私の強情な反応に優しく答えを欲しがった。

「少しでも長く一緒にいたい」

氷を取りに行く時間すら惜しい。たった数分でもあなたに触れていたい。そう訴えかけると今にも「やれやれ」と言いそうな、呆れたような、でもちょっぴり嬉しそうな司くん。そしてそんな我が儘に「すぐに戻るから」と言い聞かせた。そんな彼に負けて小さくこくんと頷いた。

ずっと眠っていたリーダーの生還。彼を慕っていた人たちが会話するために彼を探しているに決まってる。だから医務室…私の傍から離れてほしくなかった、なんて言ったらどんな反応をするのかな。
部屋を出ていく司くんの背中が遠くて、ああ、これはきっと数時間は戻ってこないだろうなぁなんてネガティブを呪いながら再び天井に視線を移す。仕方ないよね、司くんは「みんなの獅子王司」なんだから。強くて優しくてカッコいい。そんなところが大好きで、ちょっとだけ煩わしい。少しの時間だけでも一人占めできただけでも良しとするしかない。

はぁ、と小さく息を吐いて「もう寝ちゃお」と瞳を閉じる。まぶたの裏は真っ暗なくせに熱のせいかぐるぐる回って見える。静かにじっとしているといよいよ自分の体が不調を訴えているのを感じた。ぐう…こんな熱出すのいつぶりだろう?なんでもないような発熱なのに、以前とは違う…ストーンワールドでの体調不良は少しだけ不安になる。司くん早く帰ってこないかな、と考えても仕方ない。けれど寝よう寝ようと考えても寝れないもので、体はしんどいはずなのにまったく眠れる気配がない。
ぐぬ…と自分の体に嫌気がさしていたらなにかが頬を撫でる感触。その体温にうなされるように「司くん…?」と彼の名前を口にすると「起こしてしまったかな」なんて声が聞こえた。その声にパッと目を開くと真っ先に飛び込んできたのは私の顔を覗き込む司くんの顔。

「早かったね」
「すぐ戻るって約束しただろう?」
「で、でも…」

ごにょ…と言い淀んでしまった私を尻目に彼が先ほど貰ってきてくれた氷がじゃらんと鳴った。その氷を布で巻いておでこに乗せてくれる。火照った体に冷たい氷が気持ちよくって思わず目を細めるとそのまま頭をよしよしと撫でられてしまう。今日はたくさん撫でてくれて嬉しいなぁとその手のひらを受け入れていると司くんが「名前」と名前を呼ぶ。

「今日はずっと名前の傍にいるよ」

私が言いそびれた言葉は司くんに伝わってしまっていたらしい。その優しい言葉にじわ、と目頭が熱くなって今にも涙がこぼれそうになる。今日はなんだか泣いてばかりだ。

「いいの?」
「もちろん」

頬を緩ませて笑った司くんはそのままもう一度私の手を握る。そしてするりと指を絡ませた。司くんの声も表情も、彼の指も温かくて今までの不安が嘘のようにほどけていく。熱を出してしまったことを後悔していたけれど、彼を独占できるならそれも悪くないなんて。

「ふふ、うれしい」

思わずにへら、と笑うとそれに返事するように手をぎゅっと強く握りしめる。その熱に私もお返し。指に力が入らないけどこの気持ちは伝わってるといいな。

「俺の手、熱くないかい?」

そう心配そうに司くんが訊ねる。もう熱が上がりきった体は熱が下がるまで冷やしたほうがいい。わかってはいるけど離したくなくて小さく首を横に振った。

「ずっと、」

絞り出した声が震えた。

「司くんの手、ずっと冷たかったから…」

温かい手がいい、とぼっそり呟く。何度か触れた凍った手をもう忘れてしまいたい。だからあなたの体温で上書きしてほしい。そんな願いに司くんが目を見開いたあと、私の片手を挟むように両手で包み込んだ。

「…あったかい」
「うん…俺の手で良ければいくらでも」
「司くんの手がいいの」

安心したらうと、と瞳が微睡む。薬が効いてきたのか司くんがいるからなのか抗えない眠気に瞳をぱちぱちさせて抵抗していると柔らかい司くんの声が落ちた。

「名前が目覚めるまで傍にいるよ」

だからおやすみ、と言われてしまえば体の力が抜ける。そしてそのまま意識がゆっくり落ちるのを感じた。…司くんがいてくれるなら、なにも怖くない。手に感じる体温はきっと言った通りに私の目が覚めるまでそこにいてくれる。そう深く息を吐くとようやくゆっくり眠れる、そんな気がした。

公開日:2021年5月5日