手探りなふたりの何気ない一日 午前

リクエスト内容:コスメ好きと科学少年のお話続編。
付き合ってからの二人の一日の過ごし方のお話。

付き合い始めてから一か月経った二人のお話です。


寒い季節しか似合わない深いアイシャドウを乗せてぱちぱちぱちとまばたきをみっつ。上向きまつげに少しだけマスカラを乗せてぱっちりかわいいアイメイク。マットな肌には少し光るハイライトと控えめチーク。
るん、と鳴らした唇には冬色リップを大胆に。
前髪をちょっとだけ巻いて整えて鏡に映った自分を確認しては心が高鳴る。よし、今日もかわいい!

さぁ、今日も私をはじめよう!

「石神くんおはよう!」
「はよ。このクソ寒いのによくそんな元気でいられんな…」
「ふふーん、寒いから今日はカーディガンだよ!かわいくない?」

自分の席で縮こまって寒さに震えている石神くんに今朝おろしたばかりのカーディガンを見せる。紺色のそれをじろりと目だけで追いかけて「あ゛ー、」と言葉を探す石神くんににこにこ笑いかけながら自席に座るとこの季節特有の椅子の冷たさが太ももを襲った。
うう、冷たいなぁ。クッション持ってきちゃダメかな?いやもう校則なんて守る気ないんだけどね。

「似合ってんな、それ。かわいいかわいい。」
「ひえっ…」
「んだよ」
「い、いやちょっとびっくりしただけ。このカーディガンかわいいよね、一目惚れしちゃったんだ~」

いきなりの称賛に思わず可愛げもない言葉を上げてしまう。ここ最近、石神くんはよく「かわいい」や「似合ってる」を多用して会話をしてくれるようになった。きっとユズちゃんの入れ知恵だけれどそれでも、彼からの言葉が嬉しくて、まだ慣れることができない私がいる。
石神くんと付き合ってもう一ヶ月、だけれどまだまだカップルとしてはちょっぴり距離があるのが現実だ。というか私が恥ずかしがって逃げているのが確実にその原因を作ってるんだけど!仕方なくない?!だって石神くんすっごくかっこいいんだもん無理無理!

「いやカーディガンじゃなくてテメーが、な。わかれよ文脈で。」
「うえええ朝からどうしたのキャパオーバーなのでこれ以上はやめてくださーい!」

情けない声を上げながら石神くんに情を訴えると彼の喉がクククと鳴った。ああ、からかわれてる。私ばっかりドキドキしちゃってるんだろうな、そろそろ慣れたいなぁなんて当分叶いそうもない願望を胸でつぶやく。…慣れる日が来るんだろうか、それだけが心配だ。

「見た目褒められんのなんて慣れてんだろ」
「石神くんに言われるのは別なの!」

あつい両頬を両手で押さえると石神くんから「そうかよ」とそっけない返事。他の言葉が見つからなくって「うう、」と唸って黙ってしまう私はまだまだ石神くんの彼女になりきれない。
私からの彼への矢印が多すぎるのか、もしくは重すぎるのか。彼の行動ひとつひとつに勝手に振り回されっぱなしで困っちゃう。
そう頬を膨らませていると隣で身震いする石神くんの姿がちらりと視界に飛び込んでくる。冬用の制服の上から白衣を羽織っている彼が室内で寒がっているのを見て「午後の体育、男子は外だよー」とからかってやると「死ぬ」と短い返事が返ってきた。

「石神くんって寒がり?」
「そんなんじゃねーが普通に窓際キツイわ」
「白衣着てても寒いの大変だね、私のカーディガン貸そうか?」
「あ゛?さすがに着れねーだろ」
「え、着れるでしょ」
「テメー俺のことなんだと思ってんだよ」

さすがに素直に「骨と皮」と言うわけにはいかないので言葉を濁しつつカーディガンのボタンに手をかける。2サイズ大きめのものを買ったから余計に石神くんでも着れる自信があった。なんなら普段のサイズでも着れちゃうのでは?と思ったりはしたけれどさすがにそれは自尊心が傷つくので口にするのはよそう。

「…着ねぇからな」
「あったかいよ?」
「女子のカーディガンなんか借りれっかよ」

それならデカブツの上着剥ぐわ、と言われて教室の真ん中、ユズちゃんと会話をしている大樹くんをぐぎぎと見る。前々から思ってたけど私のライバル、大樹くんだよね?!幼馴染羨ましい距離が近いうぐぐ。
石神くんも石神くんだ、てっきり合理的だーとか言って女子のカーディガンだろうがなんだろうが羽織ると思ってた。このカーディガンすっごく可愛いのに。
…え、可愛いカーディガン着た石神くん見たいんですが?!

「可愛いカーディガン着た石神くんが見たい。」
「欲望口から漏れてんぞ」
「一瞬!一瞬だけでいいから!写真は我慢するから!」
「ぜってー嫌だ」

強情な!と思ったものの、嫌だと主張する彼に無理矢理カーディガンを着せる趣味はない。いや、正直片手で抑え込める気はするけどさすがにそれは可哀想だ。
観念してボタンを掛け直すと隣で安堵のため息が漏れるのが聞こえた。そ、そんなに嫌だったのか…腕力見せつけなくて良かった、嫌われるとこだった…。

「石神くん首元出てるから寒いのかな?私髪の毛長いからわかんないや」
「あ゛ー、それもあっかもな」
「………石神くんの頭ってどうなってるの?」
「悪口かよ」

違う、髪の毛!と慌てて訂正すると隣で口角を上げる石神くん。わかってて言ったな、意地悪だなぁと思いつつ、彼の髪に目をやる。綺麗な夏色グリーンはこの季節にはちょっと涼やかで、それでも鮮やかに目を惹く。毛先に向かって繰り広げられるグラデーションは私の興味をひいて仕方ない。そしてなによりも、重力に逆らってまっすぐ伸びるそれにぱちぱちと数回、まばたき。

「毎朝セットしてるの?男の子のヘアワックス詳しくないんだけど、自然でいいね」
「癖毛」
「…うそ」
「マジ」

そんな主張の激しい癖っ毛ある?!と驚いている私に喉を鳴らして私の反応を楽しんでいる石神くん。まじまじと彼の髪を見ると本当にワックスをつけている形跡はなかった。世の中にはこんな癖っ毛があるんだ…知らなかった…。

「たぶん髪質なんだろうなぁ、髪が太くてまっすぐだと逆立ちやすいとは聞くけど…」
「さすが詳しいな。あと静電気な。」
「そうそう、ちゃんとケアしてあげたら逆立たなくなるとは思うよ」

髪の形なんて興味ないと知りつつ、ヘアオイル使ってみる?とポーチを鞄から取り出す。そしてごそごそとヘアオイルを探して、一回分がパックになったものを発見した。一口にヘアオイルといってもピンキリでもちろん良し悪しは存在する。そして発見したヘアオイルは可でもなく不可でもない、至って普通のものだった。あの髪の強情さを見てしまうともうちょっといいオイル持ち歩いとくんだったなぁなんて少しだけ後悔がちらつく。

「そう言えばお風呂上がりとかってどうなるの?」
「そんときだけは重力が勝つ」
「ええ~…面白いね、見てみたいな」
「………また今度な」

機会があったら、と言葉を濁す石神くんに首をかしげる。写真とか送ってきてくれればいいのに、さすがにそれは嫌なのかな?それかお風呂上がりにビデオ通話とか?いろいろ手段はありそうなものだけど。

そんなことを考えながら手元でヘアオイルをいじる。私の手元には二種類のオイルが転がっていて、ひとつは傷んだ髪を修復するもの、もうひとつは髪の保湿を目的とするもの。さて、石神くんの髪にどっちが必要かだけど…。
じい、と石神くんの髪質を見極めようとするがやっぱり触ってみないとわからない。水分量とかもちょっと見てみたい。そうそわそわとしている私を石神くんが怪訝そうに見るのだ。

「どうかしたか?」
「い、いや…あのね」
「おう」
「か、髪触っていい…?」
「あ゛?」

決して、決して邪な気持ちなどない。私は髪質が知りたいだけ、と無罪を主張したい。しかし彼に触れる口実と言われてしまえば否定もできない。

「好きにしろよ」

そ、そんな据え膳でいいんですか?!
思わぬ返事にごくりと唾を飲み込む。い、石神くんの髪ってどうなってるのかなーとは初めて会ったときから思ってたけど、まさか触る日が来ようとは。

「し、失礼します…」
「緊張しすぎだろ」
「だ、だって!」

俺は無断で触ってんだろうが、なんてことを恥ずかしげもなく口にしながらさらりと私の流れていた髪に触れる。そしてそのままくるくると指先で遊び始めてしまった。それに胸を高鳴らせてしまうのだから、どうしようもない。うう、石神くんはなんで平気なのかな…私はこんなにドキドキしてるのに。

「名字の髪、綺麗だよな」
「毎日がんばってますから」
「ククク、そういうところ嫌いじゃねえよ」

そこは好きって言ってくれないのね、いやいいんだけど。そんなとこが好きだし、それにこれ以上は完全にキャパオーバーで、目がぐるぐるしちゃう。
きっと赤い顔と硬直してしまった私をまた笑って、髪の次は頬にそっと触れる石神くんの手。それが少しだけ冷たくて、あつあつな頬には心地いい。

「髪触らなくていいのかよ」
「さ、触る…」

ぱっと石神くんの指が離れて思わず「あっ」と名残惜しさが口から漏れた。そして石神くんは意地悪に口角をあげて、私の手が伸びるのをふんぞり返りながら待ち始めてしまう。
はあ、と大きく息を吸って覚悟を決める。恐る恐るゆっくり石神くんの髪を触るために手を伸ばす。ばくんばくんと全身が脈打つ感覚と震える手。大丈夫、大丈夫、髪の毛触るくらいなんともない。だって友達の髪質とかたくさん見てきたし?石神くんの髪を触るくらい、なんともない、ないってば!

あと数ミリで触れてしまう、そのタイミング。よりによってそのタイミングで最悪なことに始業のチャイムが鳴り響いた。
その音にびくぅ!と驚いて手を引っ込めてしまった。そんな私を本日一番の声量でゲラゲラと笑いだしてしまった彼に「笑わないでよぉ!」と抗議するしかない。全然始業時間のこと気にしてなかった、そっかもう授業始まっちゃうんだ…。
そう少しだけしょんぼりしながら大人しく座り直して前を向く。一時間目は確か現代文…と机から教科書、鞄から筆箱を取り出してため息。うう、石神くんの髪、触ってみたかったな…。
机に出しっぱなしのヘアオイルとじぃっとにらめっこしながら落ち込んでいると、隣人がコンコンッと机をノックした。なあに?と小声で彼を見ると、相変わらず口角を上げたままの石神くんが口をパクパクと動かす。

「またあとでな」

その唇の動きと彼の言葉にどうしようもなく胸は高鳴るし、顔は熱を持つし、石神くんへの恋心が募ってしまうのだ。本当に石神くんはずるいなぁ。
左手でわっかを作って口パクで「オッケー」を伝えると思わず私の口角も上がる。ああ、石神くんといると魔法みたいに毎日がキラキラして仕方ない。好きだな、大好き。
そして私は憂鬱な授業を倒すべく、姿勢を正してもう一度今日を始めたのだった。

公開日:2021年11月12日