終わらないで、夏

「千空見てみて!じゃーん!」

もうすぐ夏が終わる残暑の真っ最中、からんからんと聞き覚えのない音と共に目の前に現れたのはドヤ顔をした彼女様。これ見よがしに名前が掲げたそれは、貝殻を使った風鈴だった。
元々の生活でもなかなか見かけない…いや、夏休みの工作とかでたまーに見かけっか?ただ、俺にとって馴染みのないものだ。

「子どもたちと貝殻集めて作ったの。」
「よく作り方覚えてたな」

自分では思いつきもしなかったそれに、ふふんともう一度ドヤ顔。そういや今日の子どもの教育担当はこいつだったか。名前らしい授業に思わず頬が緩む。
本来はペットボトルを使う釣鐘にあたる部分には補強した紙を使っていて、貝同士をぶつけることで音を奏でている。ほーん、考えたな。

「いいじゃねえか。」

それを手に取り音を鳴らすとまたドヤ顔をしていてもっと褒めてと言わんばかりに笑っているかわいい名前が視界にうつる。思わずそんな名前に笑うとにひひと歯を見せて俺の顔を覗きこんだ。

「それ千空にあげるね。」
「そりゃおありがてえが、名前が持ってろよ。」
「そうしてもいいんだけど、いつもお世話になってる人にプレゼントする流れになっちゃって。」
「母の日かよ」

なんだそりゃ!と笑うとそうだよねぇ…と唇を尖らせた名前は貝をつつきながら授業の話を俺に説明してくれる。昨日貝の風鈴を作ろうと思い付いたこと、海辺でまだ暑いねと言いながら子どもたちと貝を拾ったこと。未来ちゃんが綺麗な貝殻を見つけてね、と嬉しそうに報告する彼女に胸が熱い。思ったよりいいお姉さんやってんじゃねぇか、手伝ってやりゃ良かったな。

「で、今スイカが全員に渡すって今必死に風鈴作ってるんだよね…」
「何人いると思ってんだ、止めろよ」
「あとモテモテ羽京くんに風鈴渡すために今子どもたちの長打の列が」
「止めろよ!」

止められなかったから逃げてきた、と諦めを含んだ瞳。その話を聞いてしまったら、名前からの風鈴を受け取らざるを得ない。風鈴のひとつやふたつ、羽京に比べたらかわいいモンだろう。
からんと鳴るそれは名前の手で作られた小さな夏だ。…大切にしよう。

「もう終わっちゃうけど、夏の思い出になったらいいよね。」

そう少し寂しそうに呟く名前の横顔にハッとする。
…そういや作業だなんだでこいつと二人で話すのも随分久々な気がする。今年も恋人らしいことをなにもしてやれていないのに、夏が終わろうとしている。ああ、不甲斐ねえな。

「花火とかできりゃいいんだけどな。」
「火薬と金属がもったいないよ!」
「ククク、テメーのそういうとこ嫌いじゃねえ。」

が、それが強がりなのは痛いほどわかってる。なんやかんやでこいつには我慢させてばかりだ。

「…よし。」
「どうかした?」
「ガラスの風鈴作るぞ。」

そう言って頭を撫でると名前は表情をぱっと明るくさせるが、それは一瞬でキッと緩んだ頬を引き締めて「ダメだよ、ガラスも金属も貴重なんだから。」と一言。こいつをこんな風にしちまった責任をひしひしと感じて余計に情けない。いつも頑張っている大切な彼女に素直にプレゼントがしたいだけなんだがな。

「おら、カセキんとこ行くぞ」
「ダメだって、材料がもったいないよ。」
「いーんだよ、今年もなにもしてやれなかったからな。」

ガラスも金属もまた集めりゃいいが夏はもう終わっちまうぞと頬をつねってやると少しだけ瞳が潤む。相変わらず夏が好きな彼女の、今年の思い出になれたらと思ったがどうやら既に成功らしい。

「いいの?」
「あ゛ぁ。」
「ほんとに?」

何度も確認する名前の髪をさらりと撫でて、貝殻の風鈴を掲げて「こいつのお礼しなきゃなんねえしな」と笑ってやる。そうしたらいきなり飛びついてくるもんだから、慌てて抱きとめて、抱きしめてやる。背中に回る彼女の手が熱くて、ああ俺の体温も上がっちまってるのが名前にバレてんだろうなとくだらない見栄がちらついた。

「千空大好き!」

ぎゅう、と抱き着かれているから顔は見れないものの声色からして喜びいっぱいの表情をしているんだろう。まだ提案した段階なのにこんなに喜ばれるなんてなぁ。
さて、設計図を早く書いてカセキに押し付けるか。きっとキラキラした顔で風鈴ができるとこを眺めるんだろう、こいつならきっとそうだ。まだできてもいない風鈴を嬉しそうに窓際に飾る彼女を想像して、柄にもなくもう少しだけ夏が続けばいいなんて思った。

公開日:2020年8月26日