ホワイトデーのお話 おまけ

パウダーシュガーで飾ったパイ生地はまるで初雪が降り積もったみたい。サックリ鮮やかに焼き上げられた衣装をこれでもかと自慢するように顔を見せる生クリーム。そっと手にとるとふんわり、私の心までパイ生地みたいに軽くなって頬が緩む。
一口かじれば口に広がる甘くてとろける、幸せの味。

「美味しい~」
「そりゃなによりで」

そして目の前には大好きな人。
こんなに幸せでいいのかな、なんて惚けた頭がゆだってしまう。なんてったって、今の私は石神くんが作ったシュークリームを頬張っている世界で一番の幸せ者だ。
石神くんはまぬけな顔で顔を崩している私を少しだけ口の端を上げながら見ている。今の私は口元もべたべたで食い意地が張っててきっと「かわいくない」んだけど、彼にならそんな私を見せてもいい。そんな人。

「シュークリーム作るの難しかったんじゃないの?」
「あ゛ー、そこは問題ねえ。手芸部ウルトラ器用な杠様が懇切丁寧に教えてくださったからな」
「爆発とかしなかった?」
「テメー料理爆発させたことあんのかよ」
「………ナイショ」
「あんのか、マジか逆にすげえな」

私の小さな疑問は私の大きな問題点にすり変わってしまった。うぐぐ、ナイショって言ったのにバレちゃった。
なんだか居心地が悪くて逃げるようにまた一口シュークリームを頬張る。そしてもそ、と咀嚼したあと思いの丈を口にした。

「石神くんがお料理上手くて悔しい。私もがんばるね」
「料理も科学だからな」
「えっ、じゃあ一生勝てないじゃん!」

がーん!と頭を殴られたようなショックが私を襲う。彼の得意分野を持ち出されては私にできることなんてない。というか、既に完全敗北。シュークリームを作れる石神くんとケーキを四散させた過去を持ちキッチン出禁を食らった私では天と地ほどの差が生まれている。
ショックを受けている私に気づいたのか石神くんは呑気にクククと喉を鳴らした。勝者の余裕を見せつけられて反論すらできない。

「まずは爆発物作らねえとこからだろ、土俵にも立ててねぇよ」
「ぐぬ…」

相手にならない宣言に思わず唸る。事実が痛い。
そんな私をちらりと見た石神くんはすぐにそっぽを向いた。そして「まあ、」と話を切り出す。

「最近は科学の進歩でフリーズドライも冷凍食品もインスタントも神がかってるからな。料理できなくても気になんねえな」
「そ、そうだけど…」

あの石神くんが私を慰めてくれている。それはとっても嬉しいんだけど、やっぱり私も石神くんになにかしてあげたいって気持ちもあるわけで。そ、それに将来的に絶対必要なスキルだと思うし!

「あのね、私、石神くんにたくさんのもの貰ってるから。今日のシュークリームもそうだけど…」

毎日学校来るのが楽しかったり、明日も会えるのにバイバイがちょっと寂しかったり、一緒に帰れる日なんて舞い上がっちゃったり。
君を知るまで知らなかった感情を、手元でシュークリームを弄びながら吐露する。その手だって、ずーっとロングネイルが可愛いって思ってたのに料理をするようになってからショートネイルばっかり!でもそのおかげでショートも可愛いなって思えるようになったの。全部ぜんぶ、石神くんのおかげ。
あなたを知って、世界が広がるのがすごく嬉しい。毎日がキラキラしてて、私の宝物。

「たくさん…本当にたくさん、幸せだって思わせてもらってるから、お返しがしたいんだよ」

そう照れながら笑うと石神くんがムスッと唇を結んでいるのが見えた。えっ、なにかまずいこと言った?と指先がぴくり跳ねると石神くんが無遠慮に私のおでこをピンッと弾いた。

「いっ…」
「馬鹿か、テメーは。大馬鹿だろ」
「…馬鹿だけど?!」

頭の出来を責められると開き直るしかない。実際に最後の期末テストは大敗北、赤点ギリギリすり抜けセーフだ。あと一歩で春休みがなくなるところだった私に馬鹿と言うのは至極正しい。
そう開き直っていると石神くんが私を馬鹿にしたようにため息を吐いた。えっ、まだなにかあるんですか?受けて立ちますが!

「…俺もだ」
「…へ、」
「俺も、テメーにはたーっくさんいろんなモン貰ってんだわ。朝アホ面下げて俺の名前呼ぶとことか、授業中眠気に耐えてるとことか、消しゴム忘れてヘルプ求めてくるところとか…他にも上げたら日ぃ暮れるくらい。全部可愛いって思ってるわ」

言わせんな!と大声を出してそっぽを向いてしまった石神くん。それを目をまんまるにしてぱちくり見つめれば、私の視界が赤を捉えた。石神くんが照れて耳を真っ赤にしてる。
…石神くんも同じだったんだ。それって自惚れちゃっていいよね?

「えへへ」
「なに笑ってんだよ」
「嬉しくって。幸せすぎてとけちゃいそう」

生クリームより甘い君が好き。
なんて言ったら怒られちゃうかな?

公開日:2021年3月20日