ホワイトデーのお話

「ほらよ」

放課後、律儀に教室で俺を待っていた恋人の目の前にコトンと皿に乗ったシュークリームを置いてやる。するといつもぱちくり忙しく動く瞳がキラキラと光を入れて大きく見開いた。長いまつげが揺れると、そのままピンクの唇が弧を描けば俺に疑問を投げつけてくる。

「えっ?えっ?!なんで?!美味しそう!」

シュークリームと俺を交互に見ながらすかさずスマホを取り出す。そしてシュークリームを連写でパシャパシャパシャ!と忙しなくカメラに捉えはじめた。

「テメー今日何日か知らねえのかよ」
「今日?」

何日だっけ?と首をかしげながらカレンダーを眺め始める。そして数秒後「あ!」と大きい声が教室に響いた。

「ホワイトデー?」
「マジで気づいてなかったのか」
「えっ?じゃあこれお返し?すっごく嬉しい~!ありがとう石神くん!」

パッと表情を明るくして俺を見上げる。頬を緩ませて俺に対してニコニコ笑っている頬をつまんでやりたかった。バレンタインにチョコを貰ってから一ヶ月、俺がどんだけ悩んだかも知らないで能天気なやつ。

「ククク、千空様特製シュークリームだからな。よく味わって食いやがれ」
「え、手作り?」

ピタリ、彼女の動きが止まった。今まで俺とシュークリームを交互に見ては写真を撮る手を止めなかったくせに今は呆然とシュークリームを見るばかり。その様子になにか地雷でも踏んだか?!と内心汗だらだらで、それでも引くに引けず「悪いかよ」とそっけなく返事をしてしまう。

「心配しなくても杠先生ご指導の下作ってっから腹は下さねえよ」

聞かれてもいないのにそう言い訳がましくペラペラと言葉を紡いで彼女の様子を伺ってしまう。じい、とシュークリームとにらめっこをしてゆっくりまぶたを上下させる。そして数秒なにか考えたあとにちら、とまた俺を見上げた。

「家宝にするね」
「いや食え馬鹿」

どうやらこいつは喜んでいるようだが、判りづらいわ馬鹿。こちとら初めてのホワイトデーな上に菓子を作ったのも初なもんで警戒心MAXなんだわ、と突きつけてやりたかったがさすがに情けないので飲み込んだ。そんな俺の内心なんてこいつは気づきはしない。今度は片手の親指と人差し指をクロスさせてシュークリームと並べた。そのまま写真をパシャリ、満足げで嬉しそうに笑っている。

「なんの意味があんだその指」
「ん~?指ハートだよ片手でできてネイルも映るの!かわいいでしょ」

そう言ってずいっと先ほど撮った写真を見せてくる。にこにこ底無しに嬉しそうな表情に思わず胸を撫で下ろした。まったく、慣れないことはするもんじゃねえな…と飛び出そうなため息は目の前の笑顔に消えていく。
いつも綺麗に色づいている頬は普段より赤に近い色に染まっている。大きな瞳が嬉しそうに細められれば彼女がこだわっている鮮やかなまぶたがやけに目についた。そのまま照れを隠すように片耳に髪をかき上げた姿にどきり、胸が鳴る。あ゛ー、クソ。こいつほんっと可愛いな。

「でもなんでシュークリーム?難しかったでしょ?」
「あ゛?テメー生クリーム好きだろ」
「う、うん…好きだけど…」
「隣でバカスカ食ってたら嫌でも気づくわ」

いつもパンやケーキ、あまつさえ大福にすら生クリーム入りのものを選ぶ。ちょっと出掛ければ生クリームを大量に使ったパフェやパンケーキ。コーヒーにまで生クリーム入り。そんな彼女の好物なんて火を見るより明らかだった。
正直コスメやらアクセやらはこいつにプレゼントするにはリスクが高過ぎっからな。地雷と言ってもいい。なんやかんや悩んだ結果、好きそうな菓子に着地したわけだ。

「バカスカ…」
「ククク、雨の日にわざわざ遠回りしてシュークリーム買いに行ってんだろ?嫌いなわけないわなァ?」

そう強気に勝利宣言をすると目をまんまるに開いた。そして瞬く間に頬を「かああ」と紅潮させる。は?どこに照れる要素があんだよと戸惑っているとしどろもどろ、震える声で答えが降ってきた。

「…それ、仲良くなる前に一回言っただけなのに覚えててくれたんだね」

その返事にびっくりして記憶を手繰る。確か、その会話をしたのは豪雨の日であいつはレインブーツに新品の傘を持ってご機嫌に登校してきた。…そうか、アレ付き合う前だったか。ここまで考えて、思いの外彼女が自分にするりと入り込んでいたことに気づいた。

「…テメーだってよく覚えてんな」

それが妙に照れくさくてそう意地悪く返事をする。そうしたらはく、と唇を少し動かしたあとに小さな声で俺への反論が聞こえた。

「あの頃からずっと好きだったんだもん、覚えてるよ。ぜんぶ。ぜーんぶ宝物」

ぎゅう、とスマホを胸に当てて大事そうに抱える。きっと先ほど撮った写真も彼女の「宝物」になるんだろう。そんな反応に身体中の血液が沸いた。逆流して胸を叩くそれは誤魔化しなんか効かない。バツ悪そうに頭をかきながら「あ゛ー…」と返事に困っているとクスクス笑い声が聞こえてきた。
クッソ、やっぱこいつはいつも俺の一枚上手。ホワイトデーすらカッコつけさせてはくれないらしい。

「いいから早く食え、生クリーム乾燥すっぞ」

そう言ってずいっとシュークリームを寄せるとパァッと表情を明るくする。いただきます!とお元気いっぱいの声がしてむんず、とソレを掴む。
そして「あーん」と口を思いっきり開いてシュークリームにかぶりついた。味は杠先生が保証してる。安心して見てられる光景だ。問題はこいつの好きな味かどうか、だが。

「しあわせ~」

語尾にハートがついていそうなほど甘い声。ふにゃりと蕩ける表情に口の端についた白い罠。思わずそれを指ですくってやると「えへへ」と子供のように笑う彼女様。
…色々悩んだが、こいつならなんでも喜んでたかもな。なんて少し自惚れながら指についたクリームを舐めとった。

公開日:2021年3月14日