バレンタインのお話

8話後、付き合ってからのお話。


瞼はとろけるチョコレートカラー。アイラインは控えめ、まつげをぐいーっと前向きに。涙袋をぼんやり描けばキラキラ、ベビーピンクをほんの少し。チークは美少女!桜色でまあるく色づけて、リップはパッキリローズピンクで勇気全乗せ!
ぱちぱちと数回鏡に向かってまばたきをすれば今日のメイクは完璧、完成!
よし!今日の私はとってもかわいい!ネイルも可愛いチョコレートモチーフだし、なにも恐れることはない。大丈夫、だって今日は、今日こそは!

と、意気込んでいた朝の自分に全力で謝らなくちゃいけない状況になるなんて、誰が予想できただろうか。
今日はバレンタインデー。学校中が浮かれて色めき立っている。もちろん、私もお付き合いしている石神千空くんに渡すためのチョコレートを持って登校してきているわけだけど…。

気づいたら渡せないままもう放課後。
えっ待って今日一日あっという間じゃなかった?おかしいおかしい!なんて頭を抱えている。本当は朝一番にハッピーバレンタインなんて言って軽くチョコを渡す予定だった。けれど彼の顔を見た瞬間に頭が真っ白になってしまって、ずるずると時間を過ごしてしまったわけだ。
というか、恋人同士のバレンタインってタイミングが難しくない?付き合ってるのにわざわざ彼を呼び出すのも可笑しいし、机に入れておくのはもっと可笑しい。と、なると自然に渡すのが一番なんだけど…。

「そろそろ帰っか」
「そうだね」

自然ってなんだ?そもそもどうしてバレンタインにチョコを?そしてチョコを渡すだけなのにどうしてこんなにも緊張している?もうなにもわからない。
そうこうしているうちに科学部の活動も今日はおしまい。石神くんはなんでもないように科学アイテムを片付けしはじめて私はひとり、こうやってぐるぐるチョコを渡すタイミングを伺っている。
うう、なんと不甲斐ない…。

鞄にいれっぱなしのチョコを、鞄ごとぎゅうと胸に抱いてぐぬぬ、と唸る。付き合ってるんだし、貰ってはもらえる。それなのに「好きな人にチョコを渡す」という経験をしたことがない私にとってたとえそれが確定イベントだとしても…こう、緊張して頭が茹だってしまう。

「おい、どうしたボサッとしてねーで帰んぞ」

いつの間にか片付けを終えて鞄を肩にかけた石神くんに声をかけられる。私が唸っているうちに科学室には私と石神くんのふたりきり。ウッ、もしかして科学部のみなさん私に気をつかってくださったのでは?普段はこんなに手際よく撤退しないよね?!
ぐ、と息を飲み込んだ。そして大きく息を吸って、石神くんの袖を掴む。

「あ、あのさ、石神くん」
「なんだよ」
「あの…」

ごそ、と抱き締めていた鞄を漁る。今しかない、と鞄の中にあるチョコを…あれ?
パッと石神くんの袖を掴む手を離して両手でごそごそごそっとチョコを探す。待って待って待って、絶対持ってきたのに見当たらない!「あれ?!」とパニックになりながらチョコを探す姿は彼に相当間抜けに映っただろう。ククク、と彼の喉が鳴ればもうヤケだと机の上に鞄をひっくり返す。
そうしてやっと見つけたピンクのリボンをバッと手にとってずいっと石神くんに押し付けた。み、見つかって良かった!

「あ、あああああの、きょ、今日バレンタインだから…!」
「どんだけ奥にしまいこんでんだよ」

またククク、と喉を鳴らした石神くんはそれを受け取って口角をニィ、と上げた。一方私は返す言葉がないやら目がぐるぐる回っているやらで大惨事だ。

「おありがた~くいただくわ」
「とんでもないです…」
「なんで敬語だよ」

怪訝そうに私の挙動を指摘する石神くん。それに対して伏し目がちに「あのね、」と話を切り出した。

「私の好きなブランドのチョコだから気に入ってもらえると嬉しいな」
「ずいぶん出すの勿体ぶってやがったから手作りかと思ったぜ」
「いやあ、手作りは重いかなって」

それに私料理壊滅的にできないし。絶対に石神くんにはバレたくないけど。
それに手作りしようかなって意気込んでた私は二週間前に死んだのだ。歯がかけるくらい硬いクッキーを生み出した日に、それはもう綺麗に灰になった。
ユズちゃんにお菓子作りを教わるかどうかも悩んだけど…ユズちゃんはユズちゃんで今日は決戦の日。邪魔したくはなかったし、それに石神くんに渡すチョコを探すのも楽しかった。
だから、手作りじゃなくて既製品。

けれどこつん、チョコの箱で頭を軽く小突かれる。痛くはないけれど「うぐ…」と小さく抗議をすると石神くんがむに、と私の頬を摘まんだ。

「どこの世界に好きな女の手作りを重いっつー馬鹿がいんだよ」

呆れたようにまっすぐ私の目を見ながらそう告げる石神くん。それにし、しまった!と目を回す。まさか石神くんが手作り志望とは思わなかった、食えたらなんでもいいとかどうでもいいとか言うと思ってたのに!

「て、手作りのほうが良かった…?」
「いやテメーどうせ料理できねえだろ」
「そそそそんなことない、ですよ、結構上手いかもしれないじゃん!」
「手に火傷こさえといてなーに見栄はってやがる」

ば、バレてる!
確かにお菓子作りの練習をしてたときにちょっと火傷したりしちゃったけど、まさかバレてしまっているとは。まったく、石神くんには敵わない。

「…練習する」
「あ゛?」
「料理練習する、それでバレンタインのリベンジする!」

ぐっと拳を握ってそう宣言。私にはユズちゃんもカフェを経営している叔父さんもいるわけだし、先生には困らない。それに努力なら誰にも負けないつもりだ。

「…楽しみにしとく」

そう言って照れくさそうに顔を反らした石神くんのために、とびきり美味しいチョコレートを。

「意気込むのはいいけど怪我すんなよ」
「…だ、大丈夫。石神くんは胃薬の準備だけしといて」
「どんっだけ料理できねーんだよ!」

火をつけたのは石神くんなんだから、ちゃんと責任とってよね。

公開日:2021年2月14日