それって、とても素敵なことかも

5話「君のそういうところ!」後、夏休みのお話


アイシャドウは寒色、冷たいブルー。アイラインは跳ねて切れ長に、肌はツヤ肌ラメは控えめ。ダークレッドを唇に乗せていつもより大人びた香水をうなじにひと振り。白トップスに黒スキニーを纏い肩にデニムジャケットを羽織れば今日の私が始まる。
うん、今日の私は最高にクール!

「名前ちゃんは千空くんに告白しないの?」

白い丸テーブルの上に置いたオレンジジュースの氷がからんと溶ける音とユズちゃんの声。今はいわゆるお泊まり女子会中で、私はユズちゃんの手を取り爪に彩りを足していたところ。恋バナでもしとく?と笑っていたら突然ユズちゃんからとんでもない発言が飛び出した。

「びっくりした、急になに言い出すかねこの子は」
「上手くいくと思うけどな。花火大会のとき大変だったんだから」

あんなに動揺した千空くん初めて見たもん。と付け加えられポリッシュネイルのハケが滑る。やばい!と綿棒を手に取り除光液でなんとか修正したけれどちょっとこれまでと同じようにネイルをしてあげられそうにない。そういえば石神くん、ユズちゃんに話してキレられたって言ってたっけな。

「あ、というか花火大会!ユズちゃんは大樹くんとなにかありましたか?!」
「なにもなかったです!」
「ちくしょう大樹くんに今から電話していいか?!」

あんなにかわいいユズちゃんになにもしないとか本当に男かよ!と吐き捨ててオレンジジュースを飲む。氷が溶けて若干味が薄くなってしまっているそれは舌に残ることなく喉を通りすぎていった。

「わ、私のことはどうでもいいでしょ?」
「良くない、はやく幸せになってほしい。願ってる。というか手くらい繋いでると思っ…悔しくなってきた…」

この場に大樹くんがいたら蹴り飛ばしてたところです…とユズちゃんの手を握りながら伝えるとユズちゃんは苦笑い。おかげでこんなにかわいい子のこと待たせてんじゃないよ、という感情以外沸いてこなくなってしまった。

「それより名前ちゃんが千空くんのこと好きになったきっかけ知りたいな!」

ユズちゃんが話を切り替えるたびに私に多大な被害が及んでいる気がするな。しかしながらユズちゃんと大樹くんのことは根掘り葉掘り聞いておきながら自分が話さないのは平等ではない。
うーん、と少し悩んで言葉を探す。きっかけは、忘れもしない新作リップ発売日。

「階段から落ちた私を助けてくれたんだよね」
「ワオ、珍しい」
「結構派手に転んだのに誰も助けてくれなくて、惨めだなって思ってたら石神くんが声かけてくれたの」

人を助けられる人ってすごく素敵だと思う、なんて口にしながらユズちゃんのネイルを再開する。

「ずっと怖い人だと思ってたのに、すごく優しくて、笑ってくれて。私のこと顔で判断しない男の子自体初めてで。
それを知った日からずっと心臓がうるさい。」

夏色より春色が似合うかわいいユズちゃんにとびきりの春を飾る。私には少しだけ似合わないコーラルピンクもユズちゃんの爪を彩るたびに誇らしげだ。春色似合う女ずっと優勝してんな羨ましい。

「やっぱり告白しちゃえばいいのに。」
「石神くん恋って感情知らなそう」
「ワオ、否定できなくて悔しい」

でしょ?!と笑うとだね、と苦笑いが返ってくる。ユズちゃんどんな顔してもかわいいな。ずるい。

「そもそも私と石神くんがデートしてるとこ想像できないんだよね、どこ行くの?どこが正解?てか恋人同士って普段なにしてるの?」

恋愛初心者の私には難しすぎるよ。そう笑い捨ててピンセットでネイル用のドライフラワーを乗せていく。真っ赤なそれが爪に咲くと気分が上がる。ユズちゃんも同じ気持ちだといいな。

「私もよくわからないけどね」
「うん。」
「約束なんかなくても科学室に行けて、毎日一緒に帰ったり、用がなくても連絡とったり、研究してる千空くんの隣でネイルしたり…ってことじゃないのかなぁ」

デートとかは私もよくわかんないや、ごめん!と照れ笑い。彼女の言う恋人は、当たり前を彩ること、隣にいつも彼がいること、彼の隣にいられること。
それって、それって!

「それって、とても素敵なことかも」

隣の席にいられるだけで、毎日挨拶できるだけで幸せだった私に青天の霹靂。まるで頭を殴られたような衝撃に、心臓がうるさく高鳴る。
石神くんとそうなれたら、なんて。

「ユズちゃんのせいで欲が出ちゃったんだけど…」
「欲張っていいでしょ、女の子ですからね」

そう笑うユズちゃんの前髪に手を伸ばし、さらりと横に流してあげる。それを言うなら、ユズちゃんももっと欲張っていいし、自信を持っていい。

「はやく大樹くんと付き合っちゃえばいいのに。毎日ベストカップル賞あげちゃう。」
「なにそれ」

今日はこれからなにしようか?映画でも見る?それとも好きな人の話をもっと咲かせる?夜はまだまだ長いよと笑うと覚悟してるよなんて笑顔が返ってくる。

そんな夏の内緒話。

公開日:2020年7月8日