普段はお断りしておりますが!

5話「君のそういうところ!」後、夏休みのお話


アイシャドウは濡れツヤ重視、アイラインは少し控えめに最強ツヤ肌で太陽すら魅了して新作夏色リップをひと塗り。髪は編み込みポニーテールに少し大人っぽいクリップをぱちん!前髪を流してヘアピンで顔にかからないように配慮を散りばめて香水に手を伸ばそうとするのを我慢!代わりに魅惑のノンホールピアスで色彩を足して。
さて、今日の私をはじめよう!

「いらっしゃいませ!」

いちだんと暑い7月下旬、バイト先である親戚が個人経営しているカフェでの一日が始まった。カフェエプロンがかわいいし、叔父さんは優しいしなんてったってお給料がいい。働き始めてからは早くも四か月が経とうとしていて、仕事にもだいぶ慣れてきた。といっても看板娘なんてものを背負わされて接客メインだから今日もオーダーをとって料理を運んでお客さんと会話するだけ。

今日はどんなお客さんがくるかな、なんてまだ見ぬ出会いに期待していたらその時はやってきた。

「あ゛ー、マジで働いてんじゃねえか」
「いらっ…えええええ?!」

カランとドアが開く音がしたのでお店の定型文、いらっしゃいませをお客さんに笑顔で届けようとした瞬間、私の瞳が捕らえたのは特徴的な頭にいやらしくニタニタ笑いながらポケットに手を突っ込んでいる男の子。そう、まぎれもなく。

「い、石神くん」
「杠から名字がここでバイトしてるって聞いて冷やかしに来た」

動揺しっぱなしの私を置き去りに適当に座んぞなんて言ってカフェの奥に消えてしまう石神くん。ちょっと待って、よく理解できていないんだけど、ユズちゃんがここに遊びに来る前に石神くんが来てしまった。ほらよくわからない。

はっと自分を取り戻してお客さんに出す水を準備、ああもうメイク崩れてないよね?前髪も大丈夫だよね?なんてバイト中にしたこともなかった心配を横に置いて石神くんが座ったテーブルに向かう。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」

水を置きながらの接客はいつも通りにできているはず、だけれど胸が変に高鳴っている。正直、まさかすぎる出来事にまだ理解が追い付いていないけれど久々の石神くんとの会話、緊張しないわけがない。

「真面目にやってんな」
「そりゃそうだよ、なによりエプロンかわいいからテンション上がるし。」
「お前らしいわ」
「あ、うちカフェだからエナドリないけど大丈夫?」
「俺が年中エナドリばっか飲んでると思ってんのかよ」

クククと笑ったあとにアイスコーヒーを注文する石神くんにかしこまりましたとにっこり笑顔を返して余裕ぶりつつテーブルから逃亡。アイスコーヒー飲むんだ!へー!エナドリしか飲まない人だと思ってた!なんて初めて知った彼の一面に小躍りしながら叔父さんにアイスコーヒーとオーダーを通す。
普段と違う私の様子にクラスメイト?と聞かれてしまってさあ大変だ。クラス一緒で隣の席なの、とだけ返したけれど変じゃなかったよね?なんて私の密かな心配を他所にお客さんが入店してきたので仕事モードに強制移行。

いらっしゃいませ、という私の声が店内に響く。う、普段なにも思わなかったけど石神くんもこの声聞いてると思うと妙に恥ずかしい。接客をこなしてオーダーをキッチンに届けるとトレーに乗せられたアイスコーヒーとチーズケーキが視界に入る。叔父さんからケーキはサービスな、と言われ石神くんのテーブルに運ぶ料理だということを察してしまった。
…これ本当に私が運ばないとダメかなぁ、正直うまく運べる気がしない。かと言ってそんなこと叔父さんに言えるわけもなく、しぶしぶトレーを手に持つ。手が震えるけれど転ばない限りはテーブルまで運べるはず。大丈夫、がんばれ私!

「ついでにちょっと休憩入ってもいいぞ。久々に会ったんだろ?」

そうニヤニヤしながら叔父さんが言うものだから、私という人間は顔に石神くんが好きと書いてしまっているんじゃないかと心配になった。…書いてないよね?

午前十時過ぎ、まだお客さんが少ない時間帯なこともあってすんなり一番奥のテーブルにたどり着いてしまった私はお待たせしましたという言葉と共にアイスコーヒーとチーズケーキを石神くんの前に置く。私ができるかぎりの笑顔を添えて。よくできましたって自分を褒めてあげたい、今日は駅前のプリンを買って食べても許される。

「ケーキはサービスね、ここのケーキ美味しいよ」
「あ゛ー、おありがたくいただくわ。」
「ね、休憩入ったからここ座っていい?」

石神くんの前を指さすとおー、と短い返事が返ってきた。そういえば、石神くんと向かい合って座るのって初めてかも。いつも隣の席にいる彼がなんだか遠く感じる、なんて。いやいやいや、顔がずっと見れるのはすごい、なんというか、緊張しちゃうなぁ。
ノートパソコンを開いてなにか作業をしている彼の表情は学校にいるときよりも大人びて見える。科学に携わっている彼はやっぱり他のどんな人よりも素敵でかっこいい。

「うちの学校バイト禁止じゃなかったか?」
「ここ叔父さんのお店だから許可されたの。なんなら担任も私に彼氏の悪口言いに来たりするよ。」
「あの教員生徒に男の愚痴言ってんのかよ」

やべーな、とパソコンから顔を上げて笑う石神くん。うう、笑顔がまぶしい好き…。

「相談聞いてるかぎり先生のほうが悪くてね、返事に困る。」
「てかテメー、バイト先でも相談役してんのか」

学校でもなんやかんや話聞いてばっかじゃねえかとコーヒーを飲みながら私に指摘する石神くん。確かに言われてみれば学校でもバイトでも話を聞いて受け止めることが多いかも。自分でも気づかなかったことを、人に、特に石神くんに言われるのはなんだか少しだけ嬉しいな。

「人の話、聞くの好きだからいいの。」
「あ゛ー、だからお前俺の話もニコニコ最後まで聞いてやがんのか」
「石神くんの話は知らないことばっかりで、時々難しいこともあるけど聞いてて楽しいよ」

そう笑い飛ばして石神くんの顔を見る。真夏なのだから少しくらい焼けてもいいはずなのに彼の肌の色はちっとも変わらない。きっとずっと部屋で研究やらなんやらに唆るぜこれは、なんて呟いて没頭して。

…そんな彼がここにいる理由が聞きたくて、聞けなくて。冷やかし?それにしては、とても穏やかに見えてしまってそんな自分が浅ましくて嫌になる。

「石神くんもなにか相談あったら聞くよー」

なんて誤魔化したら、彼からあ゛?と短く返事が返ってきた。まって、私今とんでもないこと言わなかった?隣の席の天才で頭がよくて友人にも恵まれてて顔もいい彼に、私が聞ける相談なんてなにひとつない!黙りこんでしまった石神くんを見て余計に焦ってしまう。そりゃそうだ、私になに言ったって理解できないのは彼が一番よく知っている。

それよりも恋の相談とかされたら私に致命傷すぎる!訂正しようと喉に引っ掛かった相談なんてないよねという言葉を吐き出す前に石神くんが口を開いた。

「じゃあ、連絡先を教えてくれ」

普段はお断りしておりますが!

石神くんならいいよ!とポケットからスマホを取り出す。指が震えてしまうのを必死に動かしてメッセージアプリを開く。コードを見せると一瞬で石神千空という文字がスマホに表示されて、彼からピコンとスタンプが!

「普段断ってるっつーことはナンパされまくってるってことかよ」
「えっ違う違う連絡先聞かれるだけ!全部断ってるし!」

そう手を振って否定をすると俺とは交換してんじゃねえか、と意地悪く笑う石神くん。返す言葉がなくってスマホで顔を少しだけ隠しながらピコンとスタンプで返事をする。どうしよう、絶対今顔が赤い。こんな状態じゃバイトに戻れない。
しばらく「喋れよ」「やだ」なんて会話をアプリでしたあとにいきなり石神くんが笑いだす。

「ククク、やっぱりお前おもしれぇわ」

君は本当にいつもずるい。

公開日:2020年7月4日