石神千空ver

「お蕎麦できたよ~」

そう自室にいる千空くんに声をかけると気だるそうな声が聞こえてきた。日付が変わる少し前、年越しそばに天ぷらを乗せながら千空くんが部屋から出てくるのを待つ。
するとのそのそと大晦日にまで白衣を着た千空くんが姿を現した。直前までエナジードリンクを飲んでいたのだろう、その缶を片手に登場した彼にふふっと声が漏れた。

「お蕎麦にエナドリはやばいよ、食べ合わせ最悪だと思う」
「俺のことどんだけ不摂生だと思ってんだ、やんねーわ」

そう言って缶を机にことんと置いて自分の席に座る千空くん。まったく、せっかく仕事を納めて年越し蕎麦を作りにきてあげたっていうのに生意気だ。

「今年はねぇ、かき揚げとかしわ天、海老天2つ!」
「夜中にんなに食えっか馬鹿」
「え、でも美味しいよ?」
「美味い美味くないじゃねえよ」

そう言いつつ目の前にお蕎麦を置いてやるとパッとお椀を見る。なんだ、なんやかんや言いながら喜んでるじゃん。良かった。

「食べよ食べよ」
「あ゛ぁ」

お箸を置いて二人で「いただきます」と口にする。年下の千空くんと年越しをするのは今日で何度目だろう。毎回私がお蕎麦を作って何気ない会話をして気づいたら変わっている日付。それが恒例の私たちの年越しだった。

「テメーは今年も彼氏できなかったな」
「そんなこと言って私に彼氏できたら寂しいくせに~」

痛いところを突いてくる千空くんを逆にからかうように軽口を叩く。そのまま海老天をお箸で掴んでぱくりと頬張った。サクッとした食感と衣が吸った出汁の味が舌に伝わる。うん、美味しくできてる。

「…料理上手くなったな、名前」
「ね、私もそう思う」
「初めて天ぷら揚げたときは地獄見たからな」
「油って燃えるんだーって初めて知ったよ」
「人んち燃やす気かと思ったわ」

また懐かしい話をするものだ、ちょっと火力上げ過ぎただけなのに。そんな笑い話を毎年美味しくなっていく蕎麦を口に運びながらする年末。とても有意義で温かくて、幸せだなぁなんて思うのだ。

「来年はうどんにしてもいいかもな」
「遥かなる高みを目指せということですか?」
「ククク、ちゃんと作れるようになるまで何年かかるかわかんねえな」
「5年以内で仕上げてみせよう」
「かかりすぎだろ」

ずずず、と出汁をすする千空くん。ぱくぱくっと勢い良く食べる姿に微笑ましくって頬が緩む。まだ高校生で、いくら細いと言っても男の子なんだなぁ。

「でも私はお蕎麦がいいかな」
「あ゛?テメーうどん好きだろ」
「うん、好きだよ。でもね」

お箸を置いて千空くんの目を見てにっこり笑う。あのね、千空くん。これでも私、君のこと結構大切にしてるんだよ。

「来年もその先もずーっとお傍にいられますように!なんてね」
「…馬鹿言ってんじゃねえよ、早く彼氏作って出てけ」

本当に可愛げがなくなって生意気になってしまった千空くん。そんな君も私は可愛いと思ってるよ、なんて言ったらまた憎まれ口を叩かれてしまいそうだ。

「そんなこと言わないで、ほらお蕎麦のびちゃうよ」
「テメーが変なこと言うからだろ」

今年も来年もその次も。
良かったらこれからもずーっと一緒に年越ししてね、千空くん。

公開日:2020年12月31日