おひとりさまのメリークリスマス

「美味し~!!」

口いっぱいにパフェの生クリームを頬張りながらあまりにも単純な感想を上げた私に、目の前に座っている科学少年は眉間の皺を若干緩めて目尻を下げた。片手は頬杖をついたままスマホをいじっているクラスメイト…石神千空くんはぶっきらぼうに「良かったな」と口にしてコーヒーカップを手に取った。

「石神くん食べないの?美味しいよ?」
「見てるだけで腹いっぱいだわ」
「うわ、コスパ良」

通常の二倍もの大きさのスペシャルパフェにまたスプーンを入れてアイスクリームをすくい取る。それを口に運び入れて「ん~!」と言葉にならない感嘆を上げた。

「テメーよく食うんだな」
「女子はスイーツ専用胃袋持ってるの」
「なんだそりゃ」

聞いたことねぇわ、とツッコミを入れながらクククと喉を鳴らした石神くん。そんな彼を見ながら、「案外石神くんって笑うんだな」なんて感想を抱く。と、いうのもこんなに朗らかに会話をしている私たちだが会話をしたのはなんと本日初である。彼については、杠の幼馴染ということと科学少年ということと…すごく頭が良いということしか知らない。そんな私たちがどうして隣町のカフェに来ているのか。改めて考えると面白い状況だ。

「杠上手くいったかねぇ」
「あ゛ー…どうだろうな」

そう、私たちがこんな状況に陥っている原因は杠と大樹くんである。このふたりがクリスマスにも関わらず石神くんを巻き込んで帰路につこうとしていたところにたまたま通りかかった私。石神くんが咄嗟に私の手首を掴んで「今からこいつと予定があっからふたりで帰れ!」と叫んだときは相当びっくりしたものだ。
けれど私も空気が読めないわけじゃない。その場を見れば誰だって杠と大樹くんをふたりにしてやろうとするだろう。適当に「石神くんお借りしまーす」と笑ってその場から競歩で逃げてくればあとはもう舞台が整ってしまっていた。
こうして、「悪い、巻き込んだ」と謝る彼に対してケラケラ笑いながら「え、面白!ほんとにどっか行っちゃう?」と石神くんを連れ出したのだった。今思えばずいぶんとその場に身を任せた発言だったなぁ。

「石神くんがパフェに付き合ってくれると思わなかった」
「あ゛?食いたかったんだろ?」
「やさしい~!」

今日は終業式で、今年最後の学校があった日。ついでにクリスマス当日。私の提案で街にカップルが溢れる道をふたりそれなりに楽しく抜けてクリスマス限定のパフェを食べに来たわけだ。
カップル専用と言わんばかりのそのメニューを注文して「一緒に食べよ」と言ったけれど石神くんの手が伸びてくることがない。生クリームとアイスゾーンを食べ終えてプリンにスプーンを入れた私を温かく見守るだけだった。

「ほんとにいいの?食べちゃうよ?」
「むしろよくひとりで食えんな」
「あはは、石神くんあんまり食べなさそうだもんね。エナドリばっかり飲んでちゃダメだよ」

二人分のパフェをぱくぱく食べ進める私。飾りをすべて食べきって中間層のストロベリームースやクリームに「おいしい~」と頬を緩ませる。私の食べる姿が面白いのか頬杖をつきながらじぃ、と私から視線を外さない石神くん。大食いな私に引いているのか、ありもしない女子への幻想を打ち砕かれている最中かはわからないがあまりじろじろ見られると食べづらい。

「テメー美味そうに物食うよな」
「…そうかな?」

ただ食い意地がはってるだけだよ~と間延びした返事をしながらコーンフレークと生クリームをしゃくしゃくと少し混ぜて口に運ぶ。食べ進めるとチョコレートムースが顔を出して思わず破顔してしまう。

「見てて面白れぇ」
「見せ物じゃないですー!」

動物園で笹を食べているパンダと同列にされても困ると主張するとその返事が想定外だったのかツボに入ったのか石神くんがいきなりゲラゲラ声を上げて笑い始める。その姿を見て、石神千空くんというクラスメイトを私自身が「すごい人」だと遠ざけていたことを思い知らされた。なんだ、普通の男の子じゃん。なんで今まで喋ったことなかったんだろ。

「石神くんって声上げて笑ったりするんだね」
「あ゛?」
「あ、悪い意味じゃないの。ただ、新鮮だなーって」

チョコレートムースを一口分すくいとって口に運ぶ。あっという間に溶けてしまったそれに「んー!おいしい!」と素直な感想と感嘆が飛び出てきて仕方ない。

「石神くんかっこいいし笑ってたほうがいいよ」

自分の口角をにい、と上げて石神くんに笑顔を強要すると「なんだそりゃ」と流されてしまった。眉間に皺を寄せているより、よっぽどいいと思ったんだけどな。
笑って笑ってと口角を上げたまま自分の頬に人差し指を当ててそのまま数秒停止。すると観念した石神くんが無理に口角を「にこー…」っと上げてそれに答えてくれた。のは、いいんだけど…。

「怖…」
「テメーがやれっつったんだろ」
「だ、だって…」

口元のみの笑顔はロボットみたいで、顔全体が引きつっていてアンバランス。かっこいいというよりは不気味な笑顔にため息。少し残念だけど、無理に笑うものでもないかともう残り少ないパフェにまたスプーンを突き刺した。

「また笑ってくれたら嬉しいな」
「テメー次第だな」
「私芸人かなんかだと思われてる?」

クリスマスらしい話題のひとつもなく、こんなくだらない話で時間が過ぎていく。想定外の居心地がいい空間に石神くんをカフェに誘って良かったな、なんて自分の功績を称えた。
コーヒーには砂糖をひとつ、ミルクはなし。くだらない話も全部きちんと聞いてくれて、たまーに雑学じみた話をしてくれる。スマホを確認するのが癖らしくて、数分に一度は画面をつけては消す。今まで空っぽだった石神くんのプロフィールが埋まっていくようで、嬉しくって仕方ない。
そんな有意義な時間はあっという間で、パフェの最後の一口。それをあーん!と頬張ってごちそうさまでした!と手を合わせると石神くんから呆れたような声が上がった。

「マジでよく食うな」
「まだ入るよ!ラーメン行く?」
「あ゛ぁ?いいけど胃どうなってんだよ、そっちのが気になるわ」

得意げにふふんと鼻を鳴らすと石神くんがじとーっと私の顔を見る。石神くんの研究対象に選ばれちゃった?照れる!とからかってやろうかどうしようか企んでいると石神くんが喉を鳴らした。そしてスッと石神くんのスマホの画面を私に見せてくれる。
なあに?と画面を覗きこむとそこには画面いっぱいにイルミネーションの写真。それに首を傾げていると石神くんが口を開いた。

「ラーメン前の腹ごなしに見に行くぞ。この街でやってんだと」
「へー!」
「しかもプロジェクションマッピングのイルミネーションだ、唆るぜこれは!」
「ぷろ………?」
「ククク、見ながら説明してやっから早く準備しやがれ!」

ワクワク顔を隠さない石神くんが早くはやくと私を急かす。それに思わずクスクス笑って「ちょっと待ってね」とコートを羽織ってマフラーを巻く。楽しそうに今から見に行くイルミネーションについて説明をする石神くんがなんだか少し可愛くて仕方ない。

「ふふっ、なんかクリスマスデートみたいだね」
「あ゛ー…」
「あ、ごめんめんどくさいこと言っちゃった。気にしないで」

思ったことを口にしたけれど、クリスマスにお一人様同士が適当に時間を潰しただけの私達だ。デートなんかじゃないし、石神くんにそのつもりはない。プロジェクションマッピングが見たいからついでに私を誘った、程度。なのに私がデートみたいなんて茶化してしまって台無しだ。お互いそんなつもりは一切ないのに。

「…あ゛ぁ、デートだ。行くぞ」

一切ないのに、笑いながらそう私を連れ出すのはずるい。
目を細めて頬を緩め、口元はいたずらに弧を描く。そんな彼特有の笑顔に少し、本当にほんの少しだけ胸がどきんと跳ねた。う、わ、駄目。好きになっちゃったらどうしよう。
今までまったく意識していなかったのに、石神くんのせいだ。石神くんがデートなんて言うから、なんてドキドキ鳴り始めた心音に言い訳をしながらマフラーに顔を埋めて赤い顔を隠した。

公開日:2020年12月25日