千空ver

「あ゛?なんでテメー体操服着てんだよ」

そう言って眉間に皺を寄せながら体操服で教室に現れた私を怪訝そうに見る千空。体育のない日に体操服を着なくてはならなくなった理由。それが少しマヌケな理由だから言いたくないんだけどなぁ、と口を結んだが彼にそれを察してはもらえない。ふう、とため息ひとつ吐きながら疑問を投げ掛けてきている千空に朝の出来事を話すために重たい口を開いた。

「うーん、話せば長くなるんだけどね?」
「おー」
「転んだ」
「全然長くない上に高校生が朝から外ですっ転んでんじゃねぇ」

スマホをいじりながら適当に私の話を聞いていた千空がバッとこっちを見てそうツッコミを入れる。私だって転びたくて転んだんじゃないもん!と唇を尖らせながら席に座ってナナメ後ろに座っている千空に体を向ける。
あいにく外は大雨で、傘をさしていても足元が濡れてしまう天気だったわけだけれど自分のドジにより見事制服が使い物にならなくなってしまったのだ。

「朝からずぶ濡れどろどろで保健室駆け込んだのはじめて」
「何度もあってたまっかよ」

そりゃそうだとつい最近衣替えをして本来ならば袖があったはずの腕を擦る。まだ秋とは言え、雨に濡れた直後に半袖半ズボンは少しだけ肌に堪えてしまう。

「で?」
「で?ってなに?」
「…怪我は」
「えっ心配してくれるの?ありがとう大好き無傷だよ!」

そう言って膝や腕を見せると「そりゃなによりで」とそっぽを向いてしまった千空。ふふーん照れてるな。それにニヤリと笑いながら被害をもろに受けた鞄を開けて中身を広げると教科書やノートも水分を含んでしわしわになってしまっていた。

「ねぇこれ…」
「直せって?」
「無理…?」
「できなくはないが時間ねーぞ。あと五分で始業」
「千空って案外マジメに授業受けるよね…」

仕方ないかとため息ひとつ。今日の課題だったプリントも見事にぐしゃぐしゃでこれを提出したら嫌な顔をされてしまいそうだ。課題はやったという誠意だけは見せよう。
プリントを必死に伸ばしているとツツツと寒気が下から登って体を震わせる。鼻がむずりと疼いて両手で口元を覆うとすぐに「くしゅんっ」とくしゃみがひとつ。

「ほらよ」

そう千空から声がして飛んできたのは彼が先ほどまで羽織っていた白衣だった。

「いいの?」
「風邪ひかれるほうが迷惑だからな」
「素直じゃないな!」
「テメッ…返しやがれ!」

やだよ!と返事してすぐにそれを羽織るとじんわり、彼の温もりが残ってる。それに思わず温かい息が口から漏れた。

「千空だーい好き」
「…そーかよ」

バツ悪そうにそう返事した彼の口元が少し緩んでいる。そんな彼を見つめながら、雨の日のトラブルも悪くないな、なんて思うのだ。

公開日:2020年10月9日