#8 さあ、答え合わせをしよう!

まぶたに秋色、まつ毛は巻いて長さをプラス。アイラインはちょびっと大胆に、ハイライトで輝きを演出。今日は涙袋も濡れ感を出してもっともっとかわいい私に。
おろした髪を整えて毛先だけを遊ばせる。うなじに香水をたったひとふり、ふわりと香る甘めなピンクに自信を覗かせて。
さあ、今日の私を。

鏡をじい、と見てぱちぱちと自分の眉を見る。ああ、ちょっと左右で長さが違うなまだ時間はあるし書き直そうかなとアイブロウパウダーを手に取る。いつもより余裕のある朝はいつもより余裕のあるメイクでかわいい私になりたい!
鼻唄を歌いながらブラシを手に取ろうとした瞬間に両耳にはめていたイヤホンから聞こえていた今話題の新曲が消え、着信音が響く。わ、私のリリアンが!こんな朝から誰よとスマホを手に取る。

「い、石神くん?!」

スマホに表示されている名前に驚きスマホをベッドに投げつけてしまう。
な、なんで?どうして?こんな朝早くからメッセージではなく電話が?!いやいや落ち着け。どうせ業務連絡、今日は火曜だぞ教科書間違えんなよとか一限目は視聴覚室だからなとかそういう連絡に決まってる。ふふ、自分で言ってて悲しくなっちゃった。
電話くらいで動揺しちゃって、かわいいところもあるんだから。なんて余裕ぶりながらスマホをベッドから拾う。震える指で応答ボタンをぽちりと押してイヤホンを抜いてスマホを耳にあてた。

「おはよう石神くん、どうしたのこんな早い時間に珍しいねというか初めてかあはは!」

緊張しすぎてめちゃくちゃ喋る奴になっちゃった!は、はずかしい!今すぐ電話を切ってしまいたい!
うう、彼からの反応が怖い…とうるさい心臓のせいで足りなくなった酸素を補充するために浅く息を吸う。その息を吐き出すまで沈黙が続き、石神くんの様子がおかしいことに気がついた。電話をかけてきておきながら一言も言葉を出さない彼にあれ?と首をかしげて「石神くん、どうしたの?」と声をかけようとしたときだった。フッと彼が笑う声がして、電話越しに彼からのメッセージが届いた。

「俺、テメーが好きだわ。」

するりとスマホが手から逃げ出す。がしゃんとスマホが床に落ちる音と、床から聞こえる石神くんの声。ぱち、とまばたきをひとつ。言葉を頭で繰り返して目を見開きスマホを凝視。確かに聞こえた言葉は明らかに想定外で頭にまったく響かず何度か繰り返してようやく内容を理解することができた。
ずっと固まっていた指先がぴくりと動いた頃に「はあ、」と大きく息を吸って、止まっていた心臓をたたき起こす。ばくんばくんといきなり高鳴りはじめたそれは私の思考を奪っていく。
ま、待って落ち着いて私。まだ聞き間違えかもしれないしなんなら大事な言葉も聞いてない!そ、それに私もって返事しなきゃ、ああ、キャパオーバーでくらくらする。
床にぺたりと座り込んでスマホを拾う。耳にそれを当てて、石神くんの「スマホ割れでもしたか?聞こえてっか?」とあまりにも冷静な言葉に目眩がしそうだ。

「だ、大丈夫。びっくりしちゃっただけだから。」
「おー、じゃあ切るわ」
「待って?!」
「あ゛?んだよ」
「いやいやいやいや待って待って待って待って!」

えっ本当に私の夢だった?嘘、私どれだけ石神くんのこと好きなの?さすがに電話の内容捏造するのはまずいよ!
必死に石神くんを止めて言いたいことを頭でまとめる。ああ、まとまらない、まとまらないけどまとめなきゃ!

「あ、あの、要件をまとめて簡潔にもう一度お願いします…。」
「テメーが好きだって話」
「だ、だよね?!で?!」
「終わり」
「終わりぃ?!」

そんな馬鹿な話があるか!私の知ってる告白とあまりにも大きくかけ離れすぎている!いやでも石神くんだからなぁ…そうだった、石神くんだもんねぇ!

「あ、あの、まず石神くんってムードって言葉知ってる…?」
「気分、情調、雰囲気」
「私より詳しい…」

ダメだ、言葉の意味は完璧に理解しているけれど彼にそれを求めた私が間違いだったようだ。うう、と電話越しに頭を抱える私に石神くんがめんどくさそうに「あ゛ー…」と次の言葉を探している。えっこれって私がおかしいのかな?もう「わかったありがとう、じゃあまた学校で」って電話を切れば良かったの?その場合どんな顔して学校行けばいいの?というか私の気持ちはどうなるの?

「…直接聞きてえなら学校来い。科学室にいっから。」
「今すぐ行く。」

電話を切って慌てて鞄を手に取る。火曜の時間割なんか知らない!と適当に机に散らばっていた教科書を詰めて肩にかけて時計をちらりと横目で確認。時計の針はまだ六時三十分を過ぎた頃で石神くんもう学校にいるの?とこんな時に限って彼への謎が深まってしまった。
ああもう、まだ眉も直せてないしなんなら朝ごはんも食べれてない。けれど逸る心が「早く早く」と急かすものだから前髪だけチェックして玄関を飛び出した。

いつもの角を曲がって少し走ると学校が見えてくる。大きく息を吐いて鞄を肩に掛けなおして走るスピードを上げた。寝起きから一時間しか経っていない体を全力で動かしているものだからいつもより息が上がっていて苦しい。けれど不思議なくらい足が軽くってまだまだ走れてしまいそう。
なんなら走らなくてもきっと石神くんは何時間でも私を待ってくれるだろう。けれど、けれど!
早く彼に会いたい、おはようって言いたい、話がしたい。私も石神くんが好きだって伝えたい、だって両想いなんだよ。こんなに嬉しいことって、思いつかないしきっと今後二度とない。
階段を駆け上がって左に曲がると科学室が見えてくる。こんな時間に生徒はおらず、先生も運よく見かけることがなかった。朝から廊下を全力疾走はさすがに捕まって怒られてしまいそうだ。ぜえぜえと息を吐きながら勢いよく科学室の扉に手をかけてガラリと開けるといつもの場所に石神くんがいた。

「はえぇよ十分も経ってねえじゃねえか」

ぜえ、と肩で息をして科学室の入り口から一歩も動けずにいる私にずかずかと石神くんが近寄ってくる。待って、という言葉も途切れとぎれで息を整えるので精一杯。しまった、全力で走り過ぎた。科学室に来る前にお手洗いで息整えてメイクも直せば良かった!
まだ息切れしている私の目の前に立ってクククと喉を鳴らす石神くん。その瞳はとても優しくて、いろんな状況が重なりすぎて本当にこのまま心臓が止まってしまいそうだ。

「ま、待ってちょっとメイク直させて…」
「あ゛?いつもと変わんねーよ。」
「いやほんと…全力疾走のあとだから…」
「ククク、確かに前髪ぐちゃぐちゃで鼻テカってっしリボン曲がってるけどな。」

ああ!それってただのだらしない女じゃん!石神くんから指摘されるなんて相当みっともないのだろう、やっぱりお手洗いに寄ってくれば良かった!どこから直そうと混乱しているとそんな私を見て石神くんがまた笑う。

「うう、見ないでよ…」
「…そんなトコも含めて、俺はテメーが好きなんだよ。」

ぽんぽんと頭を撫でて、ついでにぐしゃりと髪を乱す。「あ!」と彼を咎めると悪びれもせずにそんな私を見て微笑む。こんな表情の石神くんを見たことがなくってようやく落ち着いた息がまた上がってしまいそうだ。
今まで隠してきたかわいくない私。そんな私を好きだと言ってくれる彼。息切れしてて、前髪も制服もぐちゃぐちゃで汗で鼻もテカってるそんなかわいくない私に好きだと言う。
私が貫いてきた「かわいい私」に隠れた本当の私を何度も見つけておきながらそれでも私が、だなんて本当に変わった人だ。…ああ、やっぱり石神くんが好きだなぁ。
思わずあはは!と声を上げて笑ってしまって、そんな私を不審そうにジト目で眺める石神くん。ひとしきり笑ったあとに自然に溢れた涙を拭ってこの熱い感情を伝えるためにゆっくり唇を動かした。

「そんなの、石神くんくらいだよ」
「何がだよ。」
「不器用だけど優しくて、ちゃんと私を見てくれる。
そんな石神くんが、私も好き。」

あの日、階段から落ちて彼に手を差し伸べられた日。やっぱり私はどんなコスメよりも素敵な恋に落ちたのだ。
だって今まで目にしたどんなコスメよりもキラキラしていて胸がときめきっぱなし。クリスマス限定コフレだってこの恋には勝てはしない。あなたにこんなことを言ったらきっと笑われてしまうけど、それはそれで私たちらしくってとても良い。
恋を口にした私を驚いたように目をまんまるく見開いて穴が開くほど見つめる石神くん。まるで想定外だったといわんばかりの表情に「ん?」と違和感。…あれ?嫌な予感がするぞ。

「あ゛?」
「へ?」
「完全に想定外だわ。」
「逆に返事が想定外ってなんのために告白してきたの」
「恋愛感情なんてクソめんどくせえからな。とっとと言って楽になっちまったほうが合理的だろうが。」

…ああ、本当にずるい人だな。それで返事も聞かずに自分は逃げちゃうつもりだったんだ。今まではそれに振り回されてたけど、もう逃がしてあげないからね!
頭を掻きながら「あ゛ー…」と考えをまとめようとしている彼に思わず苦笑いをひとつ。少し俯き加減に頭を抱えている彼の顔を覗き込むと、なんと少しだけ彼の耳と頬が赤くってこちらまでカアアと顔に熱が集まる。
お互い照れてしまって言葉が出ずに沈黙が少し続いた頃、ようやく石神くんが口元を気まずそうに隠しながら質問を投げかけた。

「…いつからだよ。」

その質問にぱちくりと数回まばたきして、こみ上げてくる感情に思わず「ふふっ」と笑ってしまう。今まで私のことずいぶん振り回してきたんだから、全部ぜーんぶ聞いてよね。

さあ、答え合わせをしよう!

きっかけはあの日、君が差し伸べてくれた手。
だけどね、私を心配して声を荒げてくれたこと、一緒にネイルを作ってくれたこと。浴衣を褒めてくれたこと、わがままで話を聞かない私を追いかけてくれたこと、夏休みなのに会いに来てくれたこと。また来年があるって教えてくれたこと、かわいくない私を肯定してくれたこと。なにより、私の「かわいい」を「私らしい」と言ってくれることが嬉しくって、君を知るたび君を好きになる。隣の席で毎日何気ない会話ができること、すべてが愛おしくって全部ひっくるめて君が好き。
全部ぜんぶ石神くんの目を見ながら伝えて、少しぶっきらぼうに「そうかよ」と返事が返ってきて泣いてしまいそうだ。これでも結構長い間片思いしてたんだからね。君はいつから私のこと好きなのか知らないけど…聞いたら昨日からとか言われちゃいそうだな。

「ちなみに石神くんはいつから私を…?」
「今朝」
「今朝?!」

合理的思考なのもいい加減にしてほしいくらいのスピード告白じゃん!と今度は私が頭を抱えてしまう。そんな、コンビニ行こくらいの気持ちで告白してきてない?さすがに嘘でしょ…いやでも石神くんだからなぁ…。

「…結構前からテメーのこと好きだったみたいなんだけどよ。」
「えっそうなの?!」
「自覚したのが今朝ってだけだ。心配すんな。」
「よ、良かった…」

とりあえず胸をほっと撫でおろす。しかしそのスピード感と彼の反応にまた不安がこみ上げてくる。だって私、まだ大事なこと聞けてない!

「待って!今さら彼女はいらないとか言わないよね?!」
「あ゛ー…考えてなかったわ」
「や、やだよ!ここまで来たら絶対絶対に彼女になってやるんだから!もうただのお隣さんには戻らないからね!」

想定通りの答えに必死にNOを突き付ける。石神くんの邪魔にはなりたくないけれど、ここまできて両想いでしたじゃあ解散は正直きつすぎる!

「逆にお前は俺が彼氏でいいのかよ」
「石神くん以外嫌」
「清々しいほどに即答じゃねえか」

当たり前でしょ、ずっと好きだったんだもん。なんて素直に石神くんに伝えると石神くんが頬を赤くしてバツが悪そうに「あ゛ぁ、わかったわかった!」と観念したように声を上げる。
改めて向かい合った私たちの間に少しだけ漂うのは朝の澄んだ空気。耳に少しだけ引っかかるのはまばらに登校してきている生徒の朝の挨拶だけ。じい、と彼の瞳が私を映して、私の瞳は彼を映す。彼の目を見てまばたきを三回した頃に、石神くんがやっと口をひらいた。

「…俺と付き合ってくれ。」
「はい!」

思わず石神くんに抱き着きそうになる体を始業二十分前を告げるチャイムが咎める。その音で我に戻ってしまってぴたりと動きを止めた私の髪を石神くんがさらりと撫でた。…石神くんって私の髪好きだよなぁ。

「ほら準備しねえと授業はじまんぞ」

リボンを指さしてそう言う石神くんと、リボンが曲がったままの私。しまった、眉も左右非対称だし鼻の治安も悪い!と慌てて鞄からコスメポーチを取り出すとチャックが開きっぱなしだったポーチからリップがカランと床に落ちた。
ああもう私のドジ、と慌てて拾おうとすると同じく私のリップを拾ってくれようとした石神くんの手がぴたりと当たる。

「ごめんなさい!」
「あ゛?謝ることねえだろ」
「だ、だって…」

目を伏せて「まだ恥ずかしい」と伝えようとすると落ちたリップが奇しくもあの日買い逃したリップなことに気づいてしまった。
ああ、こんな偶然がやっぱり映画みたいで、石神くんと私はこうなる運命だったのだ!なんて。

「あのね、石神くん。実はこのリップね、」

もう一人で舞い上がって一人で落ち込むことはない。
優しく微笑んで私の髪を撫でる君が、全部受け止めてくれるはずだから。

そして無事付き合えたはいいもののお互い恋愛初心者でなんやかんや苦労するのはまた別のお話。


あとがき

はじめに、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。
紆余曲折ありましたが、ようやくこの二人をくっつけることができました。

実のところ、このお話が終わってしまうのがなんだか寂しくてどうしても筆が執れずにいたのですが皆さまからの温かいお言葉や感想、好きという気持ちをたくさんいただいて完結させることができました。
ちぐはぐな二人です、普通に生活をしていたら会話もないような、ああそんな人いたなくらいの認識で卒業しちゃってもおかしくないような二人です。
そんな二人の距離が少しずつ縮まっていく様子を私なりに書けていたらいいなぁと思います。

そして、このまま終わってしまうのはとっても寂しいので恋人同士になったあとの、これからのお話も少しづつではございますが書いていけたらいいな、なんて思っております。
まだまだ恋愛初心者の二人です。
きっと付き合う前よりも甘く、それでいてまだ少し距離のある恋人同士を私なりに書いていきたいと考えております。

最後になりましたが、これからもこの作品は続いていきますのでこれからもこの二人を応援していただけると嬉しいです。
本当にお付き合いくださり、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

2020.11.07 佐伯

公開日:2020年9月11日