#4 夏の魔法がとけてしまった

眉は軽めにナチュラルに、アイシャドウは目尻に大胆に乗せてアイラインは控えめ。ハイライトで夏を味方につけたら夏色リップはセクシーに。前髪を上げてヘアピンで彩れば今日の私がはじまる。
うん、今日の私も最高にかわいい!

「髪どれにする?やっぱりアップのほうがかわいいと私は思うけど」

今日は夏休み前日の終業式。夏休みなにする?なんて浮かれた話題で持ちきりな教室の一角で私は今日という日に全てをかけている友人の髪をアレンジする一大任務を遂行していた。と、いうのも今日はこの町で花火大会があるから彼氏にかわいいところを見せたいと泣きつかれことから始まり、朝から友人の髪にアイロンを当てている。
くるんと悪戯に巻いた髪を編み込みサイドでまとめ上げてスタイリング材を吹き付ける。簪はさすがに学校が終わってから自分でさしな、とお気に入りの簪を手渡すと友人から笑顔がこぼれた。絶対成功させるからねという言葉にがんばれとガッツポーズを送って一息ついたころ、隣人に挨拶をしていないことに気づいた。

「石神くんおはよう!騒がしくてごめんね」
「はよ。朝から大変なこって」
「今日花火大会だからねぇ、女の子は気合いが入ってますよ」

いつもより少しだけ背伸びしたメイクをした女の子が多くてうれしくなってしまう。みんな彼氏や好きな人と花火大会に行くんだなぁ。

「名字も気合い入ってんのか?」
「私が気合い入ってるのはいつものことだから…あと友人たちはみんな彼氏と花火だから私は今日直帰でペディキュアしながら映画祭りでーす!」

みんな幸せになれよ!と笑って広げていたコスメたちをポーチに集合させる。ガチャガチャとポジションを定めていたら隣の石神くんがクククと笑った。

「一緒に行くかぁ?花火大会」
「へっ?!」

ガシャーン!と大きな音がしてびくりと肩を震わせてしまった。それは手から逃げ出したポーチが床に叩きつけられコスメが散乱する音で、再びコスメの殺人現場を作り出してしまった。いや、もう、もはやそんなのどうでもいい。ごめんあとで拾うから!

「わ、私と石神くんが?!」
「あ゛ー…正しくは、デカブツと杠に連れてかれっから助けてくれ。」
「ちょっと待ってなんでそこに石神くんが入ってんの?あの二人くっつく気ある?」
「俺が聞きてえよ」

冷静になれた、ありがとうぽやぽや似た者夫婦。

「ちょっと自分、ユズちゃんに説教いいっすか」
「おー、言ってやれ言ってやれ」

のほほんと座って友人たちと談笑しているユズちゃんの背後に立つ。ガッと両肩を掴んでなんでそうなった?と耳元で問うと小さな悲鳴が聞こえてきた。

「なんで花火大会に石神くん誘ってんだ大樹くんと二人で行きなはれやなにやってんのマジで」
「人数多いほうが楽しいかなって」
「おバカ!今日のスケジュールは?!」
「おっ名前ちゃんも一緒に行く?十八時まで科学室で時間潰してから神社行こうかなって」
「ば、バカ野郎!浴衣とメイクは?頭はどうすんだ?!」

頭の上にハテナをたくさん浮かべたユズちゃんを見て、必ずこの子に最高の魔法をかけてやると誓った私は学校が終わったら一緒にうちまで来て、とだけユズちゃんに伝え本気で痛い頭を抱えながら席に戻る。

「十八時に公園集合でお願いします…あの天然はめちゃくちゃかわいくして連れていくので任せてください…」
「おー、そいつは楽しみだわ」
「私も楽しみ、ユズちゃんのこと一回いじくり回したかったし。」

…あれ?めちゃくちゃ自然に石神くんと花火大会行く話になってない?ゆ、ユズちゃんと大樹くんのことに必死になってたから気づかなかったけど私もしかして石神くんと

「花火も楽しみにしとけ」
「んえっ、う、うん!楽しみ!」

私、明日死んでも良い。

ユズちゃんにどんなメイクをするか、浴衣は何色か、ヘアメイクはなにが可愛いか悩んでいたらいつの間にか終業式が終わり夏休みが始まったと周囲が騒ぎ出す。一方私はユズちゃんの手をとり、石神くんにじゃあ十八時に!と告げ急いで帰路につく。

「かわいくするから任せて」
「う、うん…なんかいざそう言われると照れますなぁ」
「大樹くんに絶対かわいいって言わせよう」

眉は適度に整え直して切れ長に、アイシャドウ控えめベビーピンク、アイラインは瞳を主役にするサポート役。綺麗な肌に少しだけハイライトを入れたら丸く大胆にチークを入れる。唇はキラキラ春色グロス。髪を巻いてまとめたらバタフライクリップを遊ばせる。帯を巻いたらかわいい女の子の出来上がり。

「わ、私じゃないみたい。」
「かわいすぎる正直私がデートしたい。大樹くん羨ましい、今度私ともデートして。」

くっそぉこんなにかわいい女の子と歩けるなんて大樹くんの幸せ者め!!かわいいって言わなきゃぶっとばしてやるんだから。
さて、と呟いて自分の髪を編み込んでまとめあげる。ロープ編みなんて久々だなぁ、簪はどうしよう。無難にユズちゃんとお揃いで蝶でいいかな?と数ある簪の中から紫の蝶を選ぼうとするとユズちゃんにこっちがいいよと惑星や星のチャームのついた宇宙モチーフ簪を手渡される。

「あざとすぎない?」
「それくらいしないと気づかないよ」

確かに。つい最近までの自分の右往左往を思い出して苦笑いしてしまう。…あれ?私石神くんのこと好きって誰かに言ったっけ?

「名前ちゃんわかりやすすぎるよ」

そう言って私の指先の宇宙を指差す。私の恋心はキラリと光を集めていた。まったく私も詰めが甘いなぁ。一番お気に入りの浴衣を着てお揃いの下駄をはいて待ち合わせ場所に向かう。からんと下駄が鳴って足取りは軽くなっていく。大丈夫、こんな私もきっとかわいい。ユズちゃんも同じ気持ちだといいな、とぱちりと目を合わせると瞼に乗せたベビーピンクが揺れた。

「今日はがんばろうね」

ほら、やっぱり魔法にかかった女の子は最強だ。

女の子に魔法がかかったところで男の子に勇気がなければそれは成り立たない。そんな現実と惨状を二十秒体験し思わず大樹くんの横腹に一発お見舞いしてやるとやっとユズちゃんに対しての「かわいい」を引き出すことができた。やれやれ。

「化けたもんだな」
「ユズちゃんかわいいよね」
「テメーのことだバカ」

えっ、と短く息を吐いて石神くんを見ると少しだけ目線を反らしながらあ゛ー、とばつ悪そうに「似合ってる」なんて。無我夢中で忘れていたけれど私、今から石神くんと花火を見に行くんだ。はっと気づいてしまったからには胸がばくばく頭はくらくら。
そろそろ移動しようかというユズちゃんの声に相槌をするとしゃらんと簪が揺れた。自然に私の隣に並ぼうとするユズちゃんの背中を押して大樹くんの隣に連れていく。幸せそうな二人の背中に微笑んで、しばらく二人を観察する。

「ねぇ見てみて石神くん、大樹くん浴衣のユズちゃんの歩幅に合わせて歩いてるよいいよいいよ満点!やればできんじゃん!それだよ見たかったのは!ほら手とか繋いじゃえ!」

人混みに差し掛かった頃に喧騒も増し、石神くんに二人の背中実況を伝えようとすると聞こえねぇよなんて言ってぐいっと距離を縮められる。いつもより近すぎる彼に動揺する頃には石神くんは私の肩をぐいっと抱いて

「このまま抜けんぞ」

と耳元で囁いた。まるでドラマのワンシーン、私の手首を優しく掴んで人混みに溶けていく。二人の背中が見えなくなったときにはもう、石神くんと二人きり。なんてずるい女、ユズちゃんと大樹くんを二人にしたいなんて口にしてわざと拐われてしまった。

「助かったわ、あいつらいっつも俺はさんで会話しやがるからよ」
「手繋げって大樹くん脅してくりゃよかった。」

そんな軽口も震えてる。今日は町のお祭りで、花火が上がる。私は浴衣を着ていて目一杯おしゃれして彼の隣に並んでる。もうこれは誰がなんと言おうがデートだ。甘すぎるその状況に顔に熱が集まる。暗くなってきた空のおかげできっと君には見えてない。

「なんか不思議、一ヶ月前まで会話もしたことなかったのに二人で花火見ちゃうなんて」
「文句ならあのバカ夫婦に言ってくれ」
「ううん、嬉しいの」

想像もできなかったこの状況ににへりと笑う。この一ヶ月いろんなことにドキドキして、とても新鮮で楽しかった。日常がキラキラしてて初めてネイルを塗った日を繰り返しているようで。
君を知って、変わっていく日々すら愛しい。

「あ゛ー、あいつら上手くやってっかな。奥手と奥手だかんな」
「大丈夫!ユズちゃんには魔法かけてきたから!」

今のユズちゃんは最強だよ!と笑うと石神くんが魔法?と顔をしかめた。あれ?変なこと言ったかなぁ。

「メイクは魔法なの、まったく違う自分になれる魔法。どんなコンプレックスも笑顔にできるの」
「それは魔法じゃねえだろ」
「え…?」

人混みに消えてくれれば良かったのに、いつもより近すぎる距離のせいで聞きたくなかった一言が胸に届いてしまった。今まで言われ慣れた言葉、今まで笑い流してきた言葉。そうだそうだ、魔法って言ったらみんなそう答えるんだった。魔法なんかあるわけないって。
やだな、笑い流しちゃいなよ。だって今日はせっかく石神くんと二人っきりで花火を見るんだから。こんなチャンス、もう二度とない。ほら、笑って。

「…魔法だよ、ユズちゃんもがんばるって言ってくれたし、私だって。」
「誰だってそうなれるわけじゃねえ。」

ニコニコして切り抜けて、一緒に花火を見て手なんか握っちゃったりして。帰り道に楽しかったねって笑って、よかったら連絡先教えてよって。そんな普通のデートになるんだろうなってちょっとだけ夢を見ていたし、実際にしてみたかった。
でも、でもね。
メイクは魔法だ、キラキラしてドキドキして、まったく違う自分になれる。誰だって、誰だってかわいくなれる、自信が持てる、最高の!

「あなたにだけは、否定されたくなかった」

ぼろりと溢れて零れた言葉と涙のせいで、

夏の魔法がとけてしまった

ごめんと届きそうにもない謝罪を呟いて彼に背を向けて逃げ出した。からんと鳴った下駄がむなしく地面を蹴る。大好きを隠して誤魔化して、あなたに笑っていればきっと二人で花火を見れたんだろうな。
…でも、そんなの私じゃない。

あのね、あなたに直してもらったパウダーは宝物。あなたと作ったネイルはいつも私に自信をくれる。あなたと話したこと、あなたに言われた言葉全部大事に胸にしまってあって本当にあなたが好きだった。
ごめんねユズちゃん、がんばるって約束したのにがんばるどころか逃げてきちゃった。
ああ、もう、最悪だ。

明日から夏休みがはじまる。

公開日:2020年6月26日