#3 全部ぜんぶ、君のせい!

ネイルは控えめ、アイシャドウはピンクベージュを最小限。アイラインは気持ち程度に、チークは健康的なベビーピンク。夏色リップは封印して色がついていない薬用リップを乗せる。髪をまとめて前髪を流したら、今日の私が…
はじまるわけない、就活でもするのかな?!

なぜメイク大好きな私がこんな控えめに控えめを乗せて派手を引いたメイクをして学校に向かっているのか。それは数日前、隣の席に座っている石神千空くんに「絶対かわいいと言わせる」と心の中で宣言したせいだ。
ここ数日、それはもう自分でも呆れるくらいいろんなメイクを試したけれど隣人の反応はいつも同じもので。だから私はついにナチュラルメイクという禁じ手を行使している。正直もう帰りたい。
そもそも彼に「かわいい」という感情があるのか疑わしくなってきた昨日の私はなにを思ったのか
「最近四足歩行のロボット犬が牧羊犬してるんだってねかわいいよね!」
と謎すぎる話題を振り、ちゃっかり彼からかわいいという言葉を引き出していた。かわいいって感情あるじゃん!と家に帰って2時間は悩んだ。つまり、私はもはやロボットになるしかないのだ。

「石神くん、おはよう!」
「はよ」

最近、彼からの返事が早くて嬉しい。じゃない、いつもかなり厚めの化粧をしているからこんな薄化粧が恥ずかしい。さて、本日の彼の反応は?

「お前…」

そう言ってじぃっと私の顔を見つめる石神くん。
えっキタ?ハート掴めちゃった?正直ナチュラルメイクの反動で数日ハロウィンみたいなメイクしちゃいそうだけど正解だった?!

「今日の顔面、人体に存在する色ばっかじゃねえか、体調悪いのか?」

そっっっちかぁちくしょー!!
めちゃくちゃ元気だよとにっこり笑顔で伝え、化粧直しのためにトイレに駆け込んだ。
アイシャドウはキラキラ、アイラインはクールに跳ねてチークは鋭くセクシーに。夏色リップを乗せて髪の毛をおろしたらようやく今日の私がはじまった。

「お待たせしました…」
「見慣れた顔面で安心したわ」
「そりゃどうも…」

どうせ私は人体にはない色を顔面に乗せた顔面魔改造女ですよ、と心で悪態をつきながら席につく。もうやっぱりロボットになるしかないのかも。うーん、と頭を悩ませていると隣からトントンと机を叩く音。

「マジで調子悪いとかじゃねえのか?」

あー優しい本当に好き。

「違う違う、ほんとにめちゃくちゃ元気だよ。」

普段からアホ発言ばかりしているものだから静かだと心配されちゃうんだな、学びました。反省です。なんて一人虚しく笑っていたら石神くんがあ゛ー…、と少し迷っているような声を出した。

「…お前今日放課後空いてっか?」
「えっ?!め、めちゃくちゃ空いてる!タピりに行く?!」
「行かねーよ。放課後科学室来い、面白いもん見せてやる。」

まさか石神くんから放課後の予定を聞かれるなんて。退屈な授業を吹き飛ばす魔法、放課後の約束。まったく頭に入ってこない授業を聞き流し、ただただ時間を浪費する。もはや放課後のことしか考えられない悲しい生き物に成り下がった私はようやく最後の授業のチャイムを聞くことができた。

「先行ってるわ」
「う、うん!」

すごい付き合ってるみたーい!し、幸せー!どうせ実験だろうけど、科学部の実験に呼ばれることがこんなに幸せと感じる日がこようとは。恋とはまったく恐ろしいものである。

るんるんと廊下を抜け階段をゆっくり降りる。また落ちちゃ敵わない。無事階段をクリアしたら左に曲がって突き当たりの教室のドアを開ける。

「…あ、あれ?」
「ちょうど良かった、こっち来い」

いつも大勢の科学部員が白衣を着て各々の実験をしている場所には石神くんしかいない。テストも終わったし、部活を休みにする理由もない。あれ?と首をかしげていると石神くんが私に声をかけてくれた。

「部活なら休みにした」
「科学部の実験するんじゃないの?」
「ちげーよ、はやくこっち来て座れ」

言われるがままに石神くんの隣に座る。もはや私の特等席…と言いたいところだが、まだまだ道のりは遠い。

「で、面白いものって?」

ガチャ、と石神くんが出したものを見るとキラキラしている色とりどりの粉と空洞の開いた箱と…瓶?薬剤?うーん、粉はネイルとかに使うパウダーかな?

「千空先生監修ジェルネイルクッキングだ」
「さ、最高!」

詳しいことはよくわかんねーだろうしお前は好きな色混ぜるだけでいい、とパウダーを手渡ししてくれる。え、えぇ~嬉しい!と思わず笑みがこぼれてしまう。

「なんで箱の下でやるの?」
「あ゛ー…今回使うウレタンアクリレートはイソシアネート基と…」

うん、よくわからん、とりあえずニコニコしとこ。

「まぁ一言で言えば品質確保だな。紫外線当てたら硬くなんだろ、それ防止」
「なるほどね~」

本来はそれ専用の部屋でやるが、ガキのお遊びだからこれで十分と箱を叩く。石神くんがそう言うならそうなんだろう。

「どの色にすんだ?」

いたずらっぽく笑って私の顔をのぞきこむ彼。あー顔が良い好き~!と、好きを何度も噛みしめながらいつもの自分を必死に探す。

「じゃあ緑!」

どこか変じゃなかったかな、声は上ずってなかった?上手く笑えてる?
箱の下に置かれているシャーレの中に入った透明な液体にパウダーを薬さじで少しずつ混ぜていく。時々取り出して色味を確認して…
試行錯誤を繰り返し、立派なミディアム・シーグリーンの色を再現できたときの嬉しさと、それをずっと見守ってくれる石神くんの優しい目にまた胸が跳ねた。

「かっわいい~!この色中々ないんだよねぇ」
「良かったじゃねえか」
「塗って帰る!もう当分私の爪は緑で決定!この夏は最強緑で勝ちに行く」

全てのネイルをオフし、オイルを塗って爪を労る。油分をコットンで取り除いたあと、先ほど作ったジェルを爪に乗せる。透明なジェルとシーグリーンで爪を彩っていると石神くんが口を開いた。

「…元気出たか?」
「へっ?」
「いや…最近様子がおかしかったからな。」

そうばつが悪そうに口にしそっぽを向く彼。その姿を見て、私の小さなプライドがこんなにも彼に心配をかけてしまっていたのだと知った。…私もくだらないやつだなぁ。

「元気になった!ありがとう石神くん!」
「あ゛ー、ならいい。」

ありのままでいよう、好きなメイクで自然体。毎朝悩むのはやめよう、好きな色で好きな自分になろう。まずは派手すぎると諦めていたネイルから!
クリアにシーグリーンをグラデーション。境界線はナチュラルに爪先は大胆不敵!仕上げに星をちりばめて宇宙を固めたら完成。

「じゃーん、石神くんイメージネイル!」

顔の横でがおーっと両手を丸める。石がキラリと光って我ながら上手くできたぞ、ふふんと自信満々に石神くんに見せつける。緑を手に取ったときから構想していた手元の小さな宇宙を少しでも笑ってほしくって。
けれど目を見開いた石神くんは数秒動かずなにか考え込んでいるようで。え、もしかしてキモかった?ネイルはかわいいけど発想マイナスだった?ネイルはかわいいよね?
ようやくぴくりと動いた石神くんはとても優しい目をしていて、伸ばした手がそっと私の髪に触れ、そのまま頭を撫でる。そしてとんでもないことを口にした。

「あ゛ー…、あんま可愛いことすんな。」

それはここ数日ずっと渇望してきた言葉で、数分前に諦めた言葉。
いざ言われてしまうと心臓がこのまま止まってしまうんじゃないかと思うくらいに君を想って叫ぶし、私の指先は見事に硬直してしまっている。ようやく理解が追い付いた頃には私の顔は熱くってきっとどんなチークよりも鮮明な赤色に染まっていることだろう。
ああもう、本当は、

全部ぜんぶ君のせい!

私が毎日メイクを変えるのも、ロボットになりたいのも、元気がなかったのも、悩んでいたのも、今顔が熱いのも、

全部、君が好きだから!

公開日:2020年6月23日