#2 君にかわいいと言わせたい!

ネイルは控えめ、マスカラは増してアイラインはしっとり切れ長。ハイライトで自信をつけたら仕上げは夏色リップ。髪をまとめてうなじに香水をたったひとふりすれば、今日の私がはじまる。
大丈夫、今日の私も最高にかわいい!

「石神くん、おはよう」

いつもより早く学校についた理由は自分でも呆れるくらい明白で、鼓動は早くはやくと私を急かす。ちょっと待ってよ、まだ覚悟が、なんて怖じ気づく私を今日の控えめなメイクをした私がかわいいよ、と励ます。
笑顔が一番の魔法のアイテム。大丈夫、そう念じながらいつも私より早く席に座りふんぞり返りながらスマホをいじっている石神くんに朝の挨拶をした。
へ、変じゃなかったかな?無視されたらどうしよう。

「あ゛ー、おはよ」

返ってきた声は気だるそうで、普段なら怯んでしまうだろう。けれど私は返事をくれたことにどうしようもなく喜んでしまう。うう、ダメだ気の迷いじゃなかった。私は彼、石神千空くんに恋をしてしまった。

「昨日はありがとう!助かりました。」
「あんくらいなんでもねぇよ」

クククと笑う彼は再びスマホに視線を戻す。そりゃそうだ、昨日まで話したことすらないお隣さん。今日から映画みたいなロマンチックな方法で劇的に関係が変わるわけがない。
数秒話せただけで幸せです、と鞄を机にひっかけ席に座る。今日も暑かった、メイクは落ちてないだろうけど前髪が心配だなぁ。

「そーいやあの後新作リップとやらはゲットできたか?」

まさかすぎる言葉に心臓が大袈裟に跳ねた。それよりも会話が続いていたこと、私に会話を合わせてくれたことにどうしても舞い上がってしまう。

「えっなんで知ってるの?!」
「昨日買いに行くってルンルン愉快に階段駆け降りてすっ転んだの全部見てたからな」

は、恥ずかしい!でもあなたに恋して浮かれて走って帰ったから今日買いにいくよなんて言えない!

「実は買えてなくて」
「ワリ、長い間引き止めちまったからな」
「ち、違うちがう!えーと…その…そう!階段から落ちたときにちょっと足擦りむいちゃってリップ買ってる場合じゃないかなって!」

苦し紛れの嘘がヘタクソすぎて笑えてきた。なんなら人生で一番早く走って帰ったしたぶん昨日の私ならマラソン大会の覇者になれてた。
えへへと誤魔化すために笑っていると石神くんの表情が真剣なものに変わる。

「なんで昨日言わなかった、ヒビ直すより保健室のが先だろ!」

嘘、と胸が高鳴る。階段から落ちたマヌケな私をこんなに真剣に心配してくれるなんて。やばい、私がついた限りなく最低で適当な嘘を軽い物にしなくては、と全力で手を振って否定する。

「だ、大丈夫大丈夫!ほんとにちょっと赤くなってただけだし!私保健委員だし!」
「逆に保健委員が怪我すんな」
「たしかに!ごめん!」

自分を殴って胸ぐら掴んでやりたい。話せば話すほど失うものが多すぎる気がする。なに?保健委員だから大丈夫って?保健委員をなんだと思ってる?なんなら一度も手当てすらしたことないのに。
はぁ、と深いため息をついた石神くんにしまったと青ざめる。こんなバカと会話するだけで疲れるよね、頭痛いよねごめん。賢くてクールで優しい彼と、なにもない私じゃ住む世界が違うもの。

「なんでもなかったならいい。だから謝んな。」

別に悪いことしてねえだろ、と言ってそっぽを向いてしまった石神くん。同時にチャイムが鳴って数学教師が教室のドアをあけた。

どうしよう、顔が熱い。
ぶっきらぼうだけど優しい君が好き。確信してしまったこの感情とこれからどう付き合っていこう。
…きっとこの恋がこれ以上進展することはないけれど、せめて。

君にかわいいと言わせたい!

はじめてメイクをした日のことを今でも鮮明に覚えている。キラキラしてドキドキしてまったく違う自分になれる魔法。

覚悟してて、石神くん。
私の地道な努力で絶対にかわいいって言わせてみせます!

公開日:2020年6月20日